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美味しくなるスパイス

舞翔まいとくん、あーん」


「なんで俺が作ったお弁当を食べさせられなきゃいかんの?」


 俺の後ろでより蓮奈れなのオタトークが激しくなっていく中、いきなり水萌みなもが俺の作ったお弁当の中から卵焼きを取って俺に差し出してきた。


「なんでって、私が舞翔くんに食べさせたいから?」


「そんな『何言ってんのこいつ?』みたいな顔しないでくれるかな。そういうのレンを通して──」


「あーん」


「お前が対抗してどうする。止めろ」


 自分でする分には大丈夫だけど、人からされるのは恥ずかしいのでレンに彼女として止めて欲しかったのに、レンも一緒になって卵焼きを俺に差し出してきた。


 なんか楽しそうなのが腹立つ。


「サキ、どっちの卵焼きを食べる?」


「うわ、女にされて一番困るやつ。それって自分が上っていう優越感に浸りたいんだろうけど、男の方は場の空気で選ぶから本心じゃないよ? むしろ選ばれた方は嫌われてるまである」


 完全な偏見ではあるけど「どっちを選ぶの?」みたいな質問をされても困る。


 そんなの後腐れがない方を選ぶに決まっているのだから。


 今回の場合はレン(彼女)のを選ぶのが妥当だ。


 妥当だが……


「あえて水萌のを選ぶんだよな」


「やば、オレって目の前で何回浮気されればいいの?」


「レンが俺をからかった分?」


 水萌から差し出された卵焼きを飲み込んでから返事をする。


 今回のは明らかにレンが悪い。


 悪ノリしたのだからそんな悲しそうな顔をしても俺は騙されない。


 騙されないけど、レンの方も食べる。


「今更なんだよ」


「なに、自分で差し出しといていざ食べられたら怒るの?」


「水萌を選んだくせに」


「拗ねるな拗ねるな、白米が足りなくなる」


 レンが拗ねる姿を見ると白米が進むのは俺だけだろうか。


 いや、きっと全人類がそうだ。


 ちなみに俺は既に白米が無くなった。


「れなたそ、今お兄様が下ネタ言ってなかった?」


「言ってたね。まあ彼女だからセーフ?」


「いやいや、ここ学校だよ?」


「それを言うなら学校で女子二人(片方は彼女)から自分の作ったお弁当を食べさせてもらうとかいいの?」


「まあ教室じゃないしセーフ? それにうち達的にはラブコメ成分補給できて良きじゃない?」


「それはある」


 なんか後ろで意味のわからないことを話してる人達がいるけど、ちょっと意味がわからないから無視をしておく。


 でも、依と蓮奈が仲良くなれて良かった。


「おかず余ったから俺からもやっていい?」


「なんか在庫処分みたいでやだ」


「俺からの『あーん』は受け取れないってか」


「パワハラ上司に言われて一番嫌なことじゃん」


「その上司が男ならパワハラじゃなくてセクハラにならん?」


 レンの言いたいことはわかるけど、『あーん』を男の上司からされるのは一種のセクハラに感じる。


 さすがにする人はいないだろうけど。


「もしもされそうになったら視線で射殺すまではしていいからな?」


「手を出すのは?」


「それだとレンの方が悪くなるだろ。そういうのはやってきた相手にだけ伝わる脅しをして周りを味方に付けるのが一番なんだよ」


「あれか、セクハラを浮気の証拠として脅すみたいな」


「ちょっと違うけど、多分そう」


 多分違うだろうけど、俺も別に知らないのでそういうことにしておく。


「舞翔くん、まだ?」


「水萌は在庫処分なんて酷いこと思わなくて偉い」


「え、だって舞翔くんが食べさせてくれるんだよ? それなら在庫処分だったとしても嬉しいじゃん?」


「それは俺も同意見だけど、この子はご飯につられて知らない人について行かないか不安だよ」


 水萌は警戒心が強すぎるから大丈夫だろうけど、最初から俺への信頼度がマックスに近かったことから少しだけ不安になってしまう。


「舞翔くんだから嬉しいんだもん」


「ありがと、たくさんお食べ」


 照れ隠しとして水萌の作ってくれたお弁当を水萌に食べさせる。


「舞翔くんに食べさせてもらうと私が味見した時よりも美味しく感じるのなんでなんだろうね?」


「それは俺も思う。愛情は一番のスパイスってやつかね」


 好きな人と一緒に居るだけで嬉しくなるみたいな、そういう効果が『あーん』にはあるのかもしれない。


 もしそうなると、料理を美味しくする一番簡単な方法は好きな相手から食べさせてもらうことになる。


 多分その状況を作るのが難しいだろうけど。


「『あーん』されると美味しくなるってことはさ、間接的に同じ箸を使うと美味しく感じるってことにならない?」


「なるほど。つまり一番のスパイスとは好きな相手のだえ──」


 依が何か余計なことを言おうとした気がしたから視線を向けたら固まりながら黙った。


 冷や汗をかいているように見えるけど、何か恐ろしいものでも見たのだろうか。


「なるほどな、あれが視線で射殺すか」


「お姉ちゃんと依ちゃんが悪いのはわかるけど、僕も一緒に睨まないでよ。ほんとに怖い……」


 紫音しおんが依の背中に隠れながら言う。


 別に俺は紫音が怯えるようなことはしてないはずなんだけど、どうやら自分で思っていた以上にキレているようだ。


「やばい、ゾクゾクした」


「蓮奈、性癖バレるから黙ってな」


「今更感があるからお気遣いなく」


 蓮奈が頬をほのかに赤く染めながら俺の顔を見る。


 いや、今は普通の顔だけど?


「余韻に浸ってるだけなので続けていいよ」


「蓮奈がやばいってことが余計にわかっただけだな。じゃあ続きでレンも」


「オレが食べさせてやろうか?」


「レンが作ったお弁当を?」


 レンが頷いて答える。


 これはいいことを聞いたかもしれない。


「レン、あーん」


「いや別に恥ずかしいからとかじゃなくてな?」


「あーん」


「オレがせっかく作ったのにオレが食べるんじゃサキも嫌かなって思って──」


「あーん」


「やばい、こいつ水萌みたいなことしてやがる」


 俺はもう引く気はない。


 レンがこのだし巻きを食べるまで箸を下ろすつもりはない。


「だから別に恥ずかしいとかじゃ……」


「あーん」


「サキが壊れ──」


「恥ずかしくないって言い張るならさっさと食えや!」


 腕を上げてるのだって疲れるのだから早く食べて欲しい。


 だから俺がレンの口に箸を近づけると、レンが顔を少し引く。


「そろそろ俺が傷つくけどいい?」


「ちなみにそうなると何する?」


「人目を気にせずレンに甘える」


「食べりゃあいいんだろ!」


 レンがそう言って一瞬固まってからだし巻きを奪うように食べる。


 なんだか久しぶりに耳まで赤いレンを見た気がする。


 いやぁ、可愛い。


「お兄様って元から人目を気にせず甘えてない?」


「きっと二人っきりの時はもっとなんだよ」


「え、甘えてるまーくん見たい」


 なんか後ろのおかしな会話に健全枠の一人が紛れ込んでしまった気がする。


 救い出そうにも、興味津々な顔をしすぎて何も言えない。


「正直甘えてる余裕ないんだけどな」


「倦怠期?」


「話が飛びすぎだろ。そもそもレンが毎回色んな『可愛い』を見せてくれるから飽きることなんてありえないし」


「ここまでサラッと惚気られるとウザさも感じないものなんだね」


 依はそう言うけど、依の顔はすごい呆れてるように見える。


「それでなんで余裕ないの?」


「だってもうすぐテストじゃん」


「あれ、れんれんとイチャイチャしすぎて今回やばいの?」


「それは付き合う前から変わってないから。やばいのは俺じゃなくて前と同じで水萌な」


「付き合う前から付き合ってる時と同じことをしてるってことに疑問を持とうよ。どんだけラノベの主人公とヒロインしてんのさ」


 そんなことを言われても友達との付き合い方を知らなかった俺が、可愛いことしかしないレンと出会ってしまったのだから仕方ない。


 つまり俺は悪くない。


「なんか開き直った気がする。まあでも、水萌氏が赤点取って追試とかになったらうちが一人寂しくなることなくていいかも」


「お前学年一位だろ」


 依は水萌を学年一位に見せる為だけに学年一位を取った変態だ。


 そんな依が赤点で追試なんて相当なことがなければありえない。


「別に赤点取るわけじゃないよ。テストの日に学校来れるかわからないだけ」


「家庭の事情ってやつ?」


「そそ。複雑な家庭なもので。お兄様にはうちと会えなくて寂しい思いさせちゃうけど、ごめんね」


「ほんとに」


「お兄様、そういうとこなんだよ……」


 依がため息をつきながら呆れたような顔になる。


 最近蓮奈にもよく言われるけど、俺が何をしたと言うのか。


「まあとにかく、うちはこれからも度々学校を休みます」


「何かあったら言ってよ?」


「もち。お兄様はどんな事情も解決できるという噂を聞いたからね」


「誰がそんなデマを……」


 俺がため息混じりに言うと、依が周りを見るので周りの子達を見ると全員から目を逸らされた。


 どうやら嘘つき集団には後でお説教をしなくてはいけないようだ。


 そうしてお説教の内容を考えているうちに昼休みは終わった。


 そして水萌はなんとかテストをクリアしたが、依はテストの日も休んでしまったので追試が確定したのだった。

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