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一ヶ月のご褒美

「無限にも思えた九月が終わった……」


「そして九月一日がまた始まるのだった……」


「いやだぁぁぁぁぁ、私は九月から抜け出すんだぁぁぁぁぁ」


 ちょっとしたエンドレスネタだったのだけど、蓮奈れなには冗談では済まなかったようだ。


 蓮奈が学校に復帰してから一ヶ月、特に何事もなく終わった。


 詳しく見ていけば色々あったのだろうけど、蓮奈が不登校になるようなことは文化祭ぐらいなので多分大丈夫だ。


 蓮奈が全てを話していれば。


「これからも行ける?」


「行かなくてもいいなら行きたくはない」


「それは俺達もそうだから大丈夫」


「じゃあ一緒に悪い子になっちゃう?」


 蓮奈からの甘い誘惑に惑わされそうになるけど、蓮奈の目がマジすぎて現実に戻される。


「とりあえずはだいじょぶそう?」


「とりあえずはね。登下校は桐崎きりさき君達が一緒に居てくれるし、お昼休みも一緒してくれてるからね」


「休み時間も来ていいんだよ?」


「ふっ、私みたいな陰キャは一瞬でも席から離れると席を奪われて授業が始まるまで帰れなくなるんだよ……」


 蓮奈がどこか遠くを見ながら悲しそうに言う。


 だけどそれは俺も同意見だ。


 俺はそれに加えて知らない誰かに自分の席を使われるのが嫌だというのがあるけど。


「まあ蓮奈が大丈夫ならこれからも頑張ろ。俺も蓮奈と学校で会えるのは嬉しいから」


「何度でも言おう。そういうとこだぞ」


 ベッドで悶える魚ごっこをしていた蓮奈がベッドから下りて俺にデコピンをする。


「一ヶ月って三十日だよな? 休みがだいたい十日ぐらいで、サキのバイトで来れない日を抜いたらだいたい十日ぐらい? つまり十回はこの恒例のイチャつきを見せられてたんだな」


「そう考えると少ないね。まあ実際は朝と帰りの時もイチャイチャして、休みの日もしてるから結局三十回は見てると思うけど」


「お姉ちゃんが楽しそうで僕も嬉しい。そのおかげ? で叔父さんと叔母さんから毎日こんなに貰っちゃうんだけど」


 レンと水萌みなもはちょっと何を言ってるのかわからないから無視をするとして、紫音しおんの言う通り、俺達が来ると毎回結構な量のパンやお菓子を貰う。


 在庫処分も兼ねていると言われはするけど、それでも数十個単位は多すぎる。


 まあほとんどを水萌が食べてくれるから残すことはないのだけど。


「それだけ愛されてるってことだよな」


「子供としては複雑だけどね」


「そういえば『ロータス・フラワー』って蓮奈の名前から取ってるんでしょ?」


「よくわかったね」


 紫音がバイトをしている蓮奈の両親がやっているパン屋さん。


 その名前が『ロータス・フラワー』と言って、意味が『はすの花』という意味だ。


 なんで『蓮』なのかと不思議に思っていたけど、『蓮奈』の名前から取ったのなら納得がいく。


「うちも同じ理由で店の名前決めたみたいだし」


「そういえば桐崎君のお母さんもお店やってるんだっけ? しかも結構な有名店」


「そうみたい。正直あんま興味ないから詳しく聞いてないけど」


 結局母さんの仕事について聞いてから一度も仕事の話はしていない。


 というか最近はまた忙しくなってきたようで家に帰ることが減ってきた。


「うちのバカみたいな店名に比べたら全然いいだろ」


「すごいね、僕以外みんな親がお店やってるんだ」


 確かに水萌とレンの親である悠仁ゆうじさんも自分のお店を持っているので、これも類は友を呼ぶというやつなのか。


「しおくんのお父さんは公務員だっけ?」


「うん、安定した職に就きたいからだって言ってた」


「兄弟でそんなに違うんだね。うちのお父さんは『バクチ打ってこそだろ』って感じでお店始めたみたいだし」


 それでこうして食べていけてるのだからすごいことだ。


 蓮奈はなんだか呆れてるけど。


「お父さんは結構運がいいみたいなんだよね。私には引き継がれなかったけど……」


「蓮奈、悲しげな顔するな。お前が言うと違う意味に取られる」


「あ、ごめん。確かにリアルラックが無くて不登校にはなったけど、今のはソシャゲのガチャ運の方だから」


 蓮奈はそう言って最近ハマっているらしいソシャゲを見せる。


「今のピックアップ私の最推しなんだよね」


「最高レア度?」


「それがなんと『R』なんよ。物欲センサーとはすごいもので、『SR』と『UR』は既に出てるというね」


 蓮奈がため息混じりにスマホの画面を見る。


 それは極端すぎる例だけど、俺も欲しいキャラを狙ってガチャを回すとそれよりもレア度の高いキャラが先に出ることは多々ある。


『ソシャゲあるある』というやつだと思う。


「ということで、水萌ちゃん」


「なーに?」


「回して」


「回す?」


「ここ引くの」


「こう?」


 蓮奈が自分のスマホを水萌に向けてガチャの引き方を教えている。


 これがソシャゲあるあるの一つ『誰かに引かせると当たるの法則』だ。


 ここで間違えてはいけないのは、引かせる相手が意味を理解してると駄目なのだ。


 大切なのは『無欲』と『我欲』。


 水萌の場合は『無欲』で引ける。


「はい、さすが水萌ちゃん」


「UR被りだろ?」


「そう。嬉しいんだけどね。ということで次は恋火れんかちゃん」


「オレもかよ」


 蓮奈がレンに画面を向けると、レンがめんどくさそうにガチャを引く。


 レンの場合『我欲』で引いてくれる。


「はい、恋火ちゃん好き」


 蓮奈のスマホの画面には蓮奈の最推しであるキャラが映し出される。


「当たるなって思ってくれると当たるんだよな」


「それ。だからしおくんは一番引かせたら駄目なタイプなんだよね」


「確かに」


 紫音は強い言葉を使ったりはするけど、相手のことを考えすぎるタイプなのでガチャでも相手の喜ぶ姿を望んでしまう。


 だから物欲が出てしまって当たりにくい。


「僕じゃ役立たずってことだよね……」


「紫音が優しすぎるのが悪い」


「うん。恋火ちゃんみたいに私の絶望する姿を想像するぐらいじゃないと」


「オレをなんだと思ってる」


 レンにジト目で睨まれる。


 なぜか俺だけが。


 それはそうと。


「レンは可愛いとして、蓮奈が学校復帰してから一ヶ月経ったよな?」


「ん、さっきも言ったよ?」


「じゃあこれ」


 俺は鞄を漁ってラッピングされた箱を取り出して蓮奈に渡す。


「レンのジト目で思い出した」


「なんでだよ」


「今日の朝ジト目向けてきたから?」


 蓮奈が一ヶ月学校に行けたらプレゼントを渡すことは話していて、今日の朝に再度これでいいかを確認したら無言でジト目を向けられた。


「色々と思うことがあんだよ」


「よくわからん。それで蓮奈はなんで固まってらっしゃる?」


 なぜか蓮奈がプレゼントの箱を見ながら固まって動かない。


 事前にあげることは言っていたから驚くこともないと思うのに。


「蓮奈お姉ちゃん、学校のことでいっぱいいっぱいで忘れてたんだと思うよ。九月の最初の方は楽しみにしてたし」


「ならいいんだけど、固まらないで受け取って欲しいんだけど?」


 今の俺の状況を客観的に見ると『プレゼントを渡したのに受け取って貰えない残念な人』になる。


 そう考えるとくるものがある。


「蓮奈お姉ちゃん。早く受け取らないと僕が貰っちゃうよ?」


「そ、それは駄目!」


 紫音の言葉を聞いた蓮奈が慌てた様子で手を伸ばしてきた。


 そして俺の手ごとプレゼントを包み込む。


「はわっ! ごめんにゃさい……」


「蓮奈が可愛いのはみんな知ってるから。それより」


「あぅ、ありがとです」


 蓮奈が顔を真っ赤にしながら箱を受け取る。


「一応二種類入ってて、片方が期待しないで欲しいもので、もう片方が完全な俺の趣味みたいなやつ」


「後ろが気になりすぎてやばいんだけど、開けていい?」


 俺は頷いて答える。


 すると蓮奈が丁寧に箱を開けていく。


「なるほど、期待が高まるね」


 蓮奈がそう言って期待しないで欲しい方のクッキーを取り出す。


「レンに聞いたら消え物がいいって言うから、試しに」


「食べていい?」


「いいけど、感想は言わんでいいからな?」


 これはご褒美であって、気持ちを押し付けてるだけなんだから味の感想は求めてない。


 というかされたら困る。


「……」


「感想はいらないとは言ったけど、無言は無言できついな」


「じゃあ言っていい?」


「いいよ。優しめで」


「今まで食べた何よりも美味しい!」


 蓮奈が犯罪級の笑顔を向けながらそう言う。


 現に水萌とレンはハートを撃ち抜かれて倒れた。


 従兄弟の紫音も頬を赤くしている。


 そして俺も……


「顔赤いよ?」


「うるさい」


「なぜに照れる?」


「うるさい黙れ。それより俺の趣味の方はいらなければ捨てていいから」


「ははっ、何をおかしなことを言うのか。一生大事にしてやるわ」


 蓮奈はクッキーの袋を箱に戻して、箱からもう一つのプレゼントである白いシュシュを取り出す。


「これはあれだろ? 私のポニーテールが見たいってことだろ?」


 蓮奈がニマニマしながら俺に顔を近づける。


 ちょっと今はマジでやめて欲しい。


「蓮奈のっていうか、普通にポニーテールが好きなだけ」


「桐崎君も完全にオタクになったよね。私もだけどオタクの人ってポニーテール大好きなんだよね」


 なんで好きか聞かれたら困るけど、俺は確かにポニーテールが好きだ。


 水萌は髪を切ったし、レンは髪が短いからできないけど、蓮奈なら髪が長いからできるのではないかとプレゼントしてみた。


 本当に俺の趣味というか、願望というか。


「焦らそ。いつか見せてあげる」


「うん。今は見ない方がいいと思うからいいよ」


「あれ? 思ってた反応と違う」


 蓮奈が不思議そうな顔をする。


 だって今見たらなんか色々と耐えられそうにないから。


「そういえばよりちゃんさんって人は?」


「依もポニーテールはできると思うけど、最近たまにしか学校来てないんだよね」


 依は夏休み明けから学校をよく休むようになった。


 話を聞くと「ちょっと家の用事が忙しいのよさ」とため息混じりに言っていた。


 少し引っかかったけど、家庭の事情に深入りはできないから詳しくは聞いていない。


「そうなんだ。じゃあタイミング次第じゃいい反応が見れると」


「そうかもな。それで?」


「それでとは?」


「一ヶ月経ったよな?」


「今か? 今がその時なのか?」


 蓮奈がシュシュを真剣な表情で見つめながら何か言っている。


「約束したよな?」


「……とくん」


「なんて?」


「みゃ、みゃいとくん!」


「うん、可愛いから許す」


 蓮奈が顔を真っ赤にしてポカポカと俺を叩いてきた。


 それを含めて可愛い。というか尊い。


 その後は拗ねたレンが俺の腕に抱きついて、それを見た蓮奈が「尊いなやっぱり」と真面目な表情で言っていた。

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