景品の為になら
「はい、桐崎君」
「渡されても着ないっての」
紫音が逃げ出してから数分後、蓮奈が白いワンピースを渡してきた。
「そうだよ、舞翔くんはこっち」
そう言って水萌が九月に着るようなものではない、モコモコの着いたセーターを持ってくる。
「そうじゃないだろ、蓮奈さん脱いで」
「なるほど」
レンがそう言うと蓮奈が制服を脱ぎ始めた。
いや、そうじゃないだろ。
「まず脱ぐな。それからお前ら俺に何を求めてる」
「桐崎君の照れ顔?」
「舞翔くんの可愛い姿?」
「オレは普通に面白そうだから?」
「よし、そこになおれ。本当なら紫音に言いつけるところだけど、あいつは裏切ったから罰を受ける立場なんだよな」
前に水萌が発案した俺を照れさせるという謎の大会の後、紫音がやってきて事情を聞くと、全員普通に怒られた。
あれは隣で見てて結構怖かった。
母さんに通ずるものがある。
「しおくん怒ると怖いからね」
「逆に舞翔くんは怒れないよね」
「なんだかんだで甘いからな」
「これは喧嘩売られてんのかな? いいぞ、買ってやる」
そうは言ったものの、実際『怒る』とはどうすればいいのか。
水萌達が何か嫌な思いをしてる時は怒れてると思うけど、自分のことで怒るなんてした記憶がない。
はてさてどうしたものか。
「そういえば蓮奈って、アニメ勢だっけ?」
「ん? そうだね。原作買うのもあるけど、声優さんが好きだからアニメで追うことの方が多いかな。でもなんで?」
「いやな、蓮奈が最近見てるって言ってたアニメの原作を俺は持ってるんだよ」
「ま、待て、貴様まさか……」
「確かアニメだと一巻が終わった辺りだったっけ?」
「やめろぉぉぉぉぉ」
蓮奈が叫びながら耳を塞ぐ。
やっぱり俺は怒るよりも相手の嫌がることで報復した方がしょうに合ってるようだ。
「それならやることはわかるな?」
「くっ、背に腹はかえられぬ。どうせしおくんの誕生日の時には見れるんだ」
「紫音には見せる約束したけど君らには見せないから」
「な、なんで!」
「凝りもせずに俺を辱めようとしたから」
蓮奈が何かを迷うような表情で白のワンピースと俺を交互に見る。
ネタバレと俺の女装を秤にかけてるみたいだけど、そんなのかける必要あるのか。
「あ、私天才」
「ちなみに蓮奈の誕生日に女装することはないからな?」
「なぜわかった!?」
「わかりやすいから。それで蓮奈の誕生日は?」
「話の流れから相手の誕生日聞くなんてさすがジゴロ。四月だからまだまだなんだよね」
なんだかさりげなくディスられたような気がするけど、まあ気のせいということにしておく。
「プレゼント考えとく」
「ほんと?」
「むしろあげないと思われてたの?」
「そこは疑ってない。桐崎君って馬鹿が付くほどの真面目だから」
「バカにしてんの?」
「超褒めてるけど?」
まあそういうことにしておく。
蓮奈は渋々といった表情でワンピースをクローゼットに戻している。
「よくできました」
「もっと褒めてくれていいよ」
「図に乗るな」
「そう言いつつ?」
蓮奈が頭を出してきたので叩いてやろうかと思ったけど、多分蓮奈は最初から俺に服を着せるつもりはなかっただろうから頭を撫でる。
「ほんとそういうとこだぞ」
「何が?」
「天然ってこと。私じゃなかったら惚れてるぞ?」
「そういうネタ好きな」
「別にネタじゃないし。まあいいけど」
蓮奈は満足したのか頭を引っ込めた。
ということで次の問題児に向かい合う。
「仲良しさん終わった?」
「イチャイチャと言わなかった理由は?」
「舞翔くんのご機嫌取り?」
「何言われても着ないっての。それと、早く片付けないと今日の晩ご飯は分けてあげないからな?」
「えー」
「えーじゃないの。時間かけるごとに明日も明後日も分けないからね?」
「お片付けしてくる」
水萌はそう言ってセーターをしまいに行った。
「舞翔くんには私の着てもらえばいいもんね」
「あの子諦めてないよ?」
「知ってた。ていうか水萌の服ってパーカーでも着れないだろ」
「おっきいの買っておくね」
「そういうことじゃないの」
水萌が楽しそうに戻ってくるので、軽くデコピンをした。
痛がる様子はなかったけど、おでこをさすっていたので頭を撫でておいた。
そして残りの一人に視線を向ける。
「レンはまだ続ける?」
「じゃあ一応。サキとしてはいいの?」
「何が?」
「蓮奈さんって普通に可愛いわけだけど、そんな可愛い女の子の脱ぎたて制服着れる機会なんて二度とないかもよ?」
「言い方が犯罪なんだよ。それと蓮奈はもう少し嫌がれ」
レンは多分俺から怒られたい、というか、蓮奈と水萌にしたように説得されたいだけなんだろうけど、もう少し言い方をなんとかできないのか。
それと言われた蓮奈は制服のボタンに手をかけるな。
「私は別に桐崎君ならいいかなって」
「俺が死ぬからやめとけ」
「あ、あれだよね? 私の体臭がキツイとかそういうのじゃないよね?」
蓮奈が慌てながら聞いてくる。
「……あのね、蓮奈はいい匂いなの。これは蓮奈に限らずだけど、そんないい匂いの蓮奈が着てた制服なんて着たらのぼせるでしょ?」
「な、なんで呆れながらそんな恥ずかしいことが言えるのさ……」
「サキだから?」
「舞翔くんだからだね」
なぜか蓮奈がのぼせたように顔を真っ赤にさせ、レンと水萌が呆れたような顔になっている。
多分俺もそんな顔だ。
「というわけで、レンのも却下」
「残念。オレのは着せてあげられないからせめて蓮奈さんのをって思ったんだけど」
「レンを抱きしめとけば同じ感覚味わえるでしょ」
「天才の発想」
レンはそう言うと俺の足の中に座ってきた。
レンは最近こういうあからさまな甘え方をするようになった。
とても愛らしい。
「そういえばさ、オレって大会の景品貰ってなくね?」
「あれは紫音に怒られて無しになったろ」
「紫音はいないよ?」
「そういう問題じゃないでしょ」
夏休み明けに開催された俺を照れさせる大会。
あれの優勝賞品は俺になんでもしてもらえる権利が貰えるというもの。
だけどあの後気まずい雰囲気になったのと、紫音のお説教で景品は無しになって行われていない。
「レンは何かして欲しいことあるの?」
「添い寝?」
「冗談抜きで」
「んー、あるにはある。だけどそれはサキに気づいて欲しいかな」
「うわ、一番めん……難しいやつ」
「めんどくさい女はさっさと去りますねー」
レンが拗ねたように離れて行く。
本気で拗ねてるわけではないだろうけど、後で誠心誠意の土下座はしておく。
「考えとけよ。タイムリミットは文化祭ってことで」
「おけ、多分わからないだろうけど頑張って考える」
「もしもわからなかったら……な?」
レンがすごいいい笑顔を向けてくる。
これはわからなかったら相当にいじめられる。
あの大会以上に。
「それはそれで……いや、よくないか」
「それはそうと、文化祭の話し出したから蓮奈さんが痙攣始めたけど?」
「れなー、大丈夫だからねー」
床に倒れて震えている蓮奈を抱きかかえて背中をさする。
この年で介護みたいなことをするとは思わなかった。
「そういえば蓮奈には俺がしたいことしていいんだっけ?」
「いくら蓮奈さんの体が魅力的だからって彼女の前で何する気だよ」
「別に今は何もしないよ」
「つまり二人っきりになってから……」
楽しそうにしてるレンはほっといて、今は蓮奈だ。
「蓮奈、文化祭やだ?」
震えが収まってきた蓮奈が頷いて答える。
「嫌な理由はメイド服を着るのが大半?」
またも頷いて答える。
「そっか、俺は蓮奈のメイド服姿見たいけど」
蓮奈が固まる。
「絶対可愛いでしょ?」
「……可愛くないもん」
蓮奈が弱々しい声で言う。
「は? 可愛いから」
「逆ギレすんなよ。蓮奈さん困ってんだろ」
レンに呆れられたけど、これは仕方ない。
あまりにも蓮奈が意味のわからないことを言うものだから。
「蓮奈は可愛いから。あ、メイド服を着たところが可愛くないとかいう話だった? 俺は見たことないけどそれも可愛いから。蓮奈は何着ても可愛いから」
「そ、そんなに『可愛い』って言わなくてもいい」
「だって蓮奈が変なこと言うから」
「……ばか」
耳まで真っ赤にした蓮奈がそっぽを向く。
うん、可愛い。
「ということで、文化祭の日は蓮奈のとこ行くから」
「や、え……にゃ?」
「猫はレンのだから違う鳴き声にしてね」
「え、ごめん。じゃあ……チュー?」
猫と聞いたから関係性のあるネズミをチョイスしたんだろうけど、蓮奈は小動物感が強いからすごい合っている。
どちらかと言うとハムスター系だけど。
「いや、そうじゃなくて!」
「仕方ないじゃん、蓮奈は先に照れたんだから」
「私が逆の立場なら同じこと言うから何も言えない……」
「じゃあ決まり。蓮奈の勤務時間ずっと居座ってやろうかな」
「……そういうとこだよ」
蓮奈が呆れたように微笑む。
何がおかしいのか。
蓮奈がメイドになってる間ずっとメイド喫茶に居れば、蓮奈が休憩の時間になってからも一緒に居られるから文化祭の間はずっと一緒だ。
つまり俺得。
「混んだら追い出されるかもよ?」
「その時は考える」
変装して違う人のフリをするのもいいかもしれない。
その為なら女装だってしてもいい。
「ほんとに……。ありがとう」
「何が? 俺は俺がしたいことをするだけだよ?」
「本気で思ってるんだろうね。だから余計にありがとう」
「わけがわからん」
とりあえず蓮奈が落ち着いたようなので解放する。
そして蓮奈のメイド服姿を見る約束もできた。
「楽しみにしてる」
「私も少しだけ気が楽になった」
「良かった」
「じゃあ次は私!」
水萌が「待ちに待った!」と言いたそうな顔で俺の腕を掴んできた。
「私には何を──」
俺は水萌を抱きかかえて足の間に座らせる。
そして後ろから抱きしめる。
「落ち着く」
「あれ? いきなりのことすぎて恥ずかしくならない?」
「最近してくれなかったから」
「そういえば?」
夏休み前ぐらいは毎日のようにしていたけど、最近は全然してなかった。
さっきレンがやっていて、久しぶりに水萌を座らせたくなった。
「たまに座ってよ」
「恥ずかしいからやだ」
「じゃあ無理やりやっていい?」
「それならいいよ。恋火ちゃんは嫉妬しちゃうだろうけど」
「別にしないよ。上書きはするかもだけど」
レンが真顔でそう言う。
そして俺が満足して水萌を解放すると、すかさずレンが俺の足の間に座ってきた。
するとレンが自分から俺の腕を抱きしめるような形で持っていく。
なんだか可愛いを通り越して微笑ましかった。
水萌と蓮奈がレンの顔を見て「おぉ〜」と言っていたのはなんだったのか。




