救いの手
「学校行きたくない……」
「もう少しで一ヶ月だから頑張ろ」
蓮奈が学校に復帰してから約三週間が経ち、もう少しで約束の一ヶ月が経とうとしてる今日、学校終わりにいつも通りみんなで蓮奈の部屋に遊びに来たらベッドに倒れ込んだ蓮奈がそう呟いた。
「頑張れない……」
「何かあったの?」
「何か言われたとかなら抗議しに行くけど?」
「そういうのはなぜかないから大丈夫なんだけど、そろそろ『あれ』が始まるじゃん?」
「『あれ』?」
水萌が首をコテンと倒す。
多分未だに優等生と思われてる水萌だけど、水萌は担任の話なんて一切聞いてないからわからないだろう。
俺には蓮奈が学校に行きたくない理由は痛いほどわかる。
「アニメとかラノベだとぼっちとかも活躍するんだけどな」
「はっ、所詮フィクションなのさ。現実はぼっちに優しくできてないんだよ」
蓮奈がやさぐれてしまった。
それもそうだろう。
何せ学校行事はぼっちの天敵みたいなもので、その中でも『あれ』は本当にきつい。
まあその時になればその行事が一番つらくなるんだけど。
「あぁ、文化祭か」
「いやぁぁぁぁぁ」
「あ、蓮奈の文化祭アレルギーが出た」
「まーくん、お姉ちゃんは文化祭アレルギーじゃなくて学校行事アレルギーだよ」
「そっか、俺も同じアレルギー持ってるけど、あそこまでじゃないんだけどな」
同じアレルギーを持っているはずのレンはなぜか呆れたような目を俺に向け、紫音は暴れる蓮奈を落ち着けている。
そして水萌は……
「文化祭って何やるの?」
「水萌、一応うちの出し物はもう決まってるからな?」
「いつの間に!」
水萌は変わらず水萌のようだ。
うちの高校の文化祭は一年が展示、二年以降が自由となっている。
だから特に悩むことはなく、適当な展示をすることになった。
ちなみに何を展示するのかは知らない。
「サキもどうせ内容とか知らないんだろ?」
「知るわけないじゃん」
「だろうな。ちなみにオレも知らない」
「え、僕も知らないから恋火ちゃんに聞こうと思ったのに」
どうやら俺達はみんな文化祭に興味がないようだ。
当然と言えば当然だけど。
ちなみに紫音はレンと同じクラスになった。
「正直展示なら知らなくてもなんとかなるだろうし」
「まあやる気がないのが一番の理由だけど」
「それな」
多分だけど、一年生は初めての文化祭で何をしたらいいのかわからないから展示で固定で、本番の日は先輩達のやってるものを見て来年以降に活かせという意味があるのだと思う。
というかそんなことを担任が言っていたような気がしなくもない。
「本番はどうする?」
「舞翔くんと恋火ちゃんはデート?」
「『文化祭デート』って言葉としては聞くけど、オレとしてはそこまで惹かれないんだよな」
「わかる。別にわざわざ文化祭でデートをする意味はわからない」
別に文化祭デートをバカにしてるわけではなく、俺とレンは『文化祭』というものに興味がないからそこに特別感を感じない。
だからわざわざ文化祭でデートをする意味を感じない。
「水萌はどうしたいとかあるの?」
「展示って何かする必要ないんだよね?」
「多分?」
「それなら舞翔くんとのんびりしてたい」
「そうなるよな」
結局俺達はみんな似た者同士だから考えることは一緒だ。
来年になっても特にやる気が出なくて適当に過ごす。
「それで俺達の未来の姿の蓮奈は何が嫌なの?」
俺達も大概だけど、蓮奈は俺達以上に文化祭が嫌いだろう。
現在進行形で寝込むぐらいに。
「どうしようまーくん。お姉ちゃんが動かない」
「もしかして文化祭でメイド喫茶やることになって、女子は全員強制でメイド服着せられるとか?」
さすがにそんなアニメみたいな展開はないと思うけど、オタク脳の俺にはそれが最初に思いついてしまった。
だけど蓮奈の体がビクッと動く。
「お姉ちゃんが息を吹き返した!」
「マジか。確かにそれはキツイな」
「でも蓮奈お姉ちゃんのメイドさん可愛いと思うよ?」
「水萌、そういうことじゃないだ。蓮奈のメイド服姿が可愛いのはみんなわかってる。だけど水萌だってメイド服着せられて見世物にされるのは嫌だろ?」
「それはやだ。舞翔くんだけにならいいけど」
水萌が嬉しいことを言ってくれたので頭を撫でておく。
だけど今は蓮奈だ。
俺は蓮奈と一ヶ月学校に行くことができたら名字呼びをやめてもらう約束をしている。
だからどうにかして蓮奈のメンタルを回復させなければいけない。
「メイド服かぁ、懐かしいや」
「紫音のメイド服姿も可愛かったよな」
「まーくん、僕は忘れてないからね?」
「なんのことかな?」
紫音がニコッと笑う。
忘れたくたって忘れられない。
俺は紫音の誕生日でメイド服ではないけど、女装をする約束をしている。
紫音からの一方的なやつだから破ることはできるけど、そんなことできるわけがないからやるしかない。
「なんの話?」
「なんとね、まーくんが僕の誕生日に女の子の格好してくれるの」
「「「え!?」」」
水萌とレンはわかる。
二人が驚いて俺に近寄って来るのはわかるんだけど、なんでさっきまで沈んでいた蓮奈まで来るのか。
「なに?」
「続きを詳しく」
「続きとかないから。紫音に誕生日プレゼントで可愛いかっこしてって言われただけ」
「舞翔くんが女の子に……」
「二人目のおとこの娘……」
「そこの二人、変な妄想するな。それとレンは黙って蓮奈のクローゼットを漁らない」
水萌と蓮奈が俺のことをジッと見ながら何かを想像してるうちにレンが蓮奈のクローゼットを漁り出した。
何をさせる気なのかは考えないようにするが、それをさせてる元凶の紫音が楽しそうにニコニコしてるのがいじらしい。
「蓮奈はあれ止めろ」
「え、なんで? いっそ今から練習ってことで」
「お前の服を使われそうになってんだぞ」
「何か問題が?」
「お前らは全員自分が可愛い自覚を持て……」
可愛い可愛くない関係なく女子の服を男子である俺が着るのは色々とアウトだ。
それに加えて蓮奈は可愛いのだから俺が何かする危機感を持って欲しい。
何もしないけど。
「蓮奈さん、ロリータとかないの?」
「お前は何を着せようとしてんだ!」
「買っとけば良かった……」
「お前も本気で落ち込んでんじゃねぇ」
「舞翔くんにはファンシーな服がいいよね」
「水萌まで加わるなよ……」
なぜか三人でクローゼットを漁っている。
そこまで俺を辱めたいのか。
「おい待て」
そろそろと逃げ出す影があったので腕を掴む。
「な、何かな? 僕はこれから叔父さん達のお手伝いがあるんだけど」
「自分で撒いた種だよな?」
「僕はお姉ちゃんが元気になる為にあえて撒いたんだよ」
「つまり蓮奈は種を食べに来た鳥だと」
「上手いこと言うね」
「うるさい」
絶対に逃がすまいと紫音の腕をガッチリ掴んでいると、蓮奈の部屋の扉がノックされて紫音の叔父さん、蓮奈のお父さんに紫音が本当に呼ばれてしまった。
紫音は水を得た魚のように「すぐに、直ちに行きまーす」と声を高らかに上げて俺に笑顔を向ける。
俺は一言「覚えとけよ」とだけ言って紫音を離す。
紫音はドアノブに手をかけて「誕生日楽しみにしてるね」と、満面の笑みで出て行った。
あそこまで楽しみにされると期待を裏切れなくなる。
まあ紫音の誕生日はまだ少し先だから、今は目の前の脅威を気にすることにしたのだった。