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照れさせよう大会

「『第一回、舞翔くんを照れさせよう大会』始まるよ」


「何その『第二回』がありそうな名前」


 蓮奈れなの部屋に入り、蓮奈をベッドに座らせて俺達三人は床に座った。


 そして水萌みなもが「コホン」とわざとらしい咳をしてから意味のわからないことを口にする。


 いつものことだけど、今日のは特に意味がわからない。


「なんか前にもやらなかったっけ?」


「私もそんな気がするけど、忘れちゃった」


「つまり今回のも忘れると」


「私も成長してるのです。じゃん!」


 水萌はそう言って最近買ってもらったスマホを取り出し画面を見せてくる。


「スマホをメモに使うなんて高等技術をもう覚えたのか」


「えっへん」


「別に高等技術じゃないし、むしろ普通だろ」


 レンが何やらマジレスしてるように聞こえるけど、気のせいということにしておく。


「水萌ちゃんに質問」


「はい、蓮奈お姉ちゃん」


「どこのクイズ番組かわからないけど、桐崎きりさき君を照れさせる大会って景品とかあるの?」


「それはもう、とっておきのものがあるよ。舞翔まいとくんから」


「俺に相談なく始められたのに景品は俺が出すんだ」


 それでみんなが楽しいならそれでいいけど、俺が照れさせられて挙句に俺が何かをあげるって理不尽な気もする。


「『景品』って言ったけど、物じゃなくて大丈夫だよ。むしろ物じゃない方がいい」


「何かして欲しいことがあるなら言ってよ」


「じゃあそれが景品。優勝者には舞翔くんがなんでもしてくれる権利が貰える」


 水萌がそう言った瞬間にレンの体がピクっと動き、蓮奈が「ふむふむ」と楽しそうな顔になった。


 別にいいんだけど、なんか理不尽感が拭えない。


「逆に舞翔くんに照れさせられた人は舞翔くんから何かしてもらえるの」


「それって同じ意味では?」


「全然違うよ。優勝したらその人のして欲しいことを舞翔くんにしてもらって、照れさせられたら舞翔くんがしたいことをその人にするの」


「なるほど」


 それなら俺にも楽しみができて理不尽ではなくなる。


 まあ元から嫌なところはなかったけど。


「水萌ちゃん、質問」


「はい、またまた蓮奈お姉ちゃん」


「だからどこのクイズ番組なのさ。もしも二人以上桐崎君を照れさせる人がいたら?」


「その場合はより照れてた方が優勝になります。ジャッジはみんなで公平に」


 普通なら『公平』なんてできないだろうけど、景品が大したものでもないからできるジャッジ方法だ。


 だけど全員の目がマジに見えるのは俺の見間違いだろうか。


「誰からやるとか決まってるの?」


「決まってないけど、くじ引きとかにする?」


「これって先にやったら有利とかあるかな?」


「舞翔くんだと無いと思う。純粋無垢だから」


 それはお前だと言いたいけど、レンと蓮奈が「あぁ……」と言って何やら納得したような顔をしているから何も言えなくなった。


「じゃあ最後を恋火れんかちゃんにして、最初をどっちにするか決めよ」


「なんでオレが最後?」


「大本命が最初に成功させたらさすがにその後の人が不利だし、失敗したらしたでなんか気まずいでしょ?」


「ハードルを盛大に上げられた気がするんだけど?」


「まあ彼女の恋火ちゃんが舞翔くんを照れさせられなかったら私達には無理だよねー」


「ねー」


 水萌と蓮奈が楽しそうにレンのハードルを上げていく。


 それを聞いていたレンが無言で水萌のほっぺたをうにうにとつねり出した。


「さてと、水萌ちゃんと恋火ちゃんが戯れてる間に私が一番手やろうかな」


「無理しなくていいんだぞ」


「だいじょぶさ。どうせ私には桐崎君を照れさせることなんてできないから言いたいこと言うだけだし」


「文句か」


「それも少しあるかも。でもほとんどお礼ね」


 冗談のつもりで言ったけど、本当に文句を言われたらちょっと傷つく。


 俺は何かしただろうか。


「ひはんはほふんはんらはれ。ふはーほ」


「なんて?」


「『時間は五分間だからね。スタート』でしょ」


「なぜにわかる」


「なぜと言われても。それとタイマー動いてるし」


 レンにつねられていてまともに喋れなくても水萌が何を言ってるかぐらいはわかる。


 説明を求められると困るけど、わかるものはわかるのでから仕方ない。


 それに今回は言いながら水萌がスマホで五分のタイマーをスタートさせていたからわかりやすかった。


「考えるのはやめだ。とりあえずこっち来て」


 蓮奈が既に一分が経とうとしているタイマーから目を逸らして俺を自分の座るベッドの隣を手で叩く。


「もう動けるでしょ」


「そう言いつつも来てくれる桐崎君が好きだよ」


「ありがとう。俺も好き」


「ふっ、私を照れさせようとしても無駄だよ。私はチョロインじゃないのだから」


 蓮奈が嬉しそうに足をパタパタとさせる。


 別に照れさせようとはしてないけど、蓮奈が嬉しそうなので良かった。


「ひなみに、ほひゅうへほっひははへれひゃっへもはいほられふふふはら」


「通訳」


「『ちなみに、途中でどっちかが照れちゃっても最後まで続くから』じゃない?」


 水萌が頷いて答える。


 水萌のほっぺたを楽しみたいのはわかるけど、レンもそろそろ離してあげればいいものを。


「なるほどね。まあいいや、とりあえず今日のことを話すね。朝、桐崎君達御一行に見捨てられた私は一人で魔境に向かったのですよ。気持ちはさながら『途中参加したけど既に完成された関係性に馴染めないから単独行動をしてたらいつの間にかフェードアウトしてたキャラ』の気分だった」


「長いしよくわからん。それに蓮奈は俺達みんなが大切に思ってる存在だから」


「……そんな真剣な顔で言われると駄目じゃんよ」


 蓮奈が頬を赤くして手で自分の顔を隠す。


「ふぅ、ここまでは想定通り。続けるね、桐崎君達と別れた私は全てを『無』にして教室に向かったのです。正確には帰った後に待ってる桐崎君からのご褒美を生きる希望にして」


「蓮奈がそれで頑張れたなら良かったけど、そこまで?」


「そこでじゃれてるお二人に質問です。桐崎君がご褒美をくれると言ったらどう思いますか?」


「え、そんなのその日にどれだけ辛いことがあっても頑張れる」


「オレもサキがご褒美くれるって言うなら水萌にどれだけからかわれても我慢できるかも?」


 もう既にじゃれあってない水萌とレンが当たり前のように答える。


 そんなに俺からのご褒美とは嬉しいものなのか。


 まあ俺も蓮奈達からご褒美を貰えるとなったら学校でグループを作って何かをすることになっても頑張れそうだけど。


「ということで私は頑張りました。無視はしてたけど、すごい視線はあったし、それに担任の先生が教室に入ってきた時に私が居ることに対して何か言ってたの。聞いたら終わると思ったから聞かないようにはしてたけど」


 蓮奈が俯きながら指をいじり出した。


「無理そう?」


「……無理か無理じゃないかで言ったら無理なんだと思う。最後は違う理由もあるけど耐えられなくなっちゃったわけだし」


 半ば無理やり学校に行かせたようなものだから今日帰ってきて本当に駄目そうなら蓮奈の両親に全てを話そうと思っていたけど、やっぱり早すぎたのかもしれない。


「桐崎君が落ち込む必要ないでしょ。確かに私はこのまま学校に行き続けたらまた不登校になるか、それ以上のことになるかもしれない」


「それなら──」


「私はチョロインじゃないって言ったけど、あれは嘘だ。学校が始まる前にも言ったけど、桐崎君が私のメンタルケアをしてくれれば大丈夫。私はこうして桐崎君が話してくれるだけで学校に言っても頑張れるんだよ」


 蓮奈がそう言って俺に笑顔を向ける。


 多分本心からの、嘘ではない笑顔を。


「だから私を学校に行かせた責任を取ってメンタルケアをするんだよ?」


「する。バイトのある時もできるだけ話す。というかいっそバイト休む」


 母さんが結構稼いでいて俺がバイトをしてる理由が最近わからなくなってきているから休むこと自体は別に構わない。


 母さんからも「お小遣いあげるからみんなとの時間増やしたら?」とも言われている。


 だけど母さんの負担を少しでも減らす理由もあるので辞めるわけにはいかない。


「いや、そこまでしなくていいから。桐崎君がいない時はしおくんに頼むし、水萌ちゃんと恋火ちゃんもいい……?」


 蓮奈が躊躇いがちに水萌とレンに聞く。


「どうする恋火ちゃん」


「どうするかな」


「やっぱり駄目だよね。自分勝手言ってごめんなさい」


 蓮奈が盛大な勘違いをしているので蓮奈の頭を撫でていじわるを言う姉妹に視線を送る。


「舞翔くんから熱烈な視線が……」


「喜ぶな。蓮奈さん、別にオレと水萌は蓮奈さんの相手をするのが嫌とかじゃないからね」


「でも……」


「それを頼まれたのが嫌なの」


「え?」


「だって蓮奈さんが『頼む』ってことは私達は頼まれないと蓮奈さんとお話、メンタルケア? をしないって思われてるってことでしょ?」


 二人の言葉の意味を理解した蓮奈の瞳から涙がこぼれる。


「あー、二人して蓮奈泣かした」


「女泣かしのサキが言えるか?」


「そうだそうだー」


「レンは後で説教するとして、水萌は意味わかってないだろ」


「わかってるもん」


 あれはわかっていない。


 最近恋愛について勉強中らしいけど、あまり変な言葉は覚えないで欲しいものだ。


「ほんとにみんな大好き」


「蓮奈は泣いてる時も可愛いけど、笑ってる方が可愛いんだから笑っとけ」


 俺はそう言って蓮奈の涙を制服の袖て拭う。


 やっぱりこれからはハンカチを持つようにしようと決めた。


「……」


「蓮奈?」


 蓮奈が無言で俺の顔をジッと見てくる。


「ちょっとごめんね」


 蓮奈はそう言って俺に抱きついてきた。


 そして顔を耳元に近づけ──


(あんまりそういうことばっかり言ってるとスイッチ入っちゃうからね?)


 蓮奈がそう囁いて、俺の耳たぶを甘噛みした。


 そして俺はその時初めて蓮奈の『お姉さん』らしさを見た。


 その余裕の笑みはなんだか……


「せっかく照れたのに残念」


 時間は既に五分を過ぎている。


 だからこれはよくわからない大会には関係ないんだけど、俺はそれどころではなかった。


 そして俺はどうやら数分間呆然としていたらしい。


 二度とこんな大会を開催させないことを心に決めた。

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