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復帰初日を終えて

「ほら、着いたよ」


「ありがとうございます。わがままを言っていいなら部屋までお願いしたいです……」


「頑張ったね」


 学校が終わり、蓮奈れなを家まで運んできた。


 案の定と言うべきか、学校が終わるまでは頑張れた蓮奈だけど、終わった瞬間に耐えられなくなってトイレに逃げて『ヘルプ……』と俺にメッセージを送ってきたらしい。


 別棟にあるトイレに向かって蓮奈に『着いた』と送ると、疲れ切った蓮奈が出て来た。


 まともに歩けそうになかったけど、さすがに学校内でおんぶやお姫様抱っこをされるのは嫌だったようなので俺の肩を掴んでもらってレン達の待つ昇降口に向かった。


 そしてほんとにやばそうだったので学校から少し離れたところで蓮奈をおぶった。


「今更だけど重くない?」


「蓮奈さ、推し活に夢中になってご飯食べてないでしょ」


「……食べてるよ」


「裁判長」


「まあ食べてはいるよ。一日に一食ぐらいは」


 蓮奈が落ちないように支えてくれてる紫音しおんに聞くと、想像通りの答えが返ってきた。


 蓮奈もだけど、なんでこうもみんな軽いのか。


 まあ蓮奈は水萌みなもとレンに比べたら身長差もあって軽くないけど、それにしたって学校からここまでおぶっても疲れないぐらいには軽い。


「蓮奈、そんなん続けてたら学校で倒れるからちゃんと食べるんだぞ」


「昨日お母さんにも言われた。わかってるけど、推し活は私の生命エネルギーだから足りなくなるとそれはそれで駄目なんだよ」


「その分は俺が埋めるから食べなさい」


「いきなり告白された。よくもまあ彼女の前で堂々と浮気宣言できるよね」


 蓮奈が嬉しそうに俺の頬をつついてくるので落としてやろうかとも考えたけど、今日は頑張ったから許してあげることにした。


 別に蓮奈に浮気するとかではなく、適当に言っただけなので特に言葉に意味はない。


「まあ俺程度が蓮奈の心を埋めることなんてできないよな。図に乗ってごめん」


「なるほど。恋火れんかちゃんが余裕な表情なのはこれをわかっててか。罪悪感で死にそうだから謝ります」


 蓮奈が「ごめんなさいのぎゅー」と言って俺を強く抱きしめる。


 見えないけど、多分顔が真っ赤だ。


「照れるならやらなければいいのに」


「わ、私なりの誠意さ」


「声震えてるよ?」


桐崎きりさき君は普通に謝られるよりこっちの方が嬉しいだろうから頑張ったの!」


「確かに」


 紫音がへんなところで納得する。


 確かに普通に謝られるよりかは今の方が可愛らしくて好きではあるけど、なんか複雑な共感のされ方な気がする。


「水萌的にあれはどう?」


「蓮奈お姉ちゃんが可愛いからいい」


「翻訳すると?」


「ちっちゃい子もああやらない?」


「オレも同意見」


 何やら後ろで蓮奈をディスってるような声が聞こえなくもないけど、多分気のせいだ。


 そういうことにしないと蓮奈に絞め落とされる。


「ということで絞めるのやめて」


「あ、ごめん」


「それと着いてるから下りてもいいよ」


「『いいよ』ってあたり桐崎君だよね」


 もう既に蓮奈の部屋の前まで着いている。


 部屋までとは言われたけど、中まで運ぶのかここまでなのか聞いてないし、さっきは「落としてやろうか」なんて思ったけど、蓮奈がこうしてたいなら別にそのままでもいい。


「せっかくだから甘えよ。ご褒美ついで」


「このまま中行けばいい?」


「うん。多分見られたら駄目なものはなかったはずだから」


 蓮奈がそういうので俺はこのまま蓮奈の部屋に入ることにした。


 俺が扉に手を伸ばすと、その前にレンがドアノブを掴む。


「サキ、待て。蓮奈さんの部屋には思春期の男を殺すものが落ちてる可能性が高い」


「そんなのないよ!」


「あるよ。お姉ちゃん前に脱ぎ散らかしてたし」


 水萌も呆れた様子で俺の前に立つ。


「あれはたまたま……だもん」


「紫音」


「うん、僕も困ってる。いくら従姉妹だからってもうちょっと恥じらいを持って欲しい……」


「しおくんまで!?」


 さっきから蓮奈の反応が大きすぎて耳が痛い。


 蓮奈の声は好きだけど、さすがに耳元で叫ばないで欲しい。


「お姉ちゃんを痴女扱いして……」


「実際今も人の彼氏に女の武器を押し付けてる時点で説得力ないでしょ」


「これは不可抗力でしょ! それに桐崎君ロリコンみたいだから反応無いし」


 なんだかほんとに落としてやりたくなった。


 別に俺だって男なんだから何も思わないわけじゃない。


 ただそれを素直に口に出したら絶対に気まずい雰囲気になるのは確定なんだから言うわけがないだけだ。


「これが恋火ちゃんなら耳ぐらいは赤くするかな?」


「しないかな。そもそもサキって顔に出ないからわからないんだよな」


「つまり今も私に興奮してると?」


「サキって性欲少ないからそこまでじゃないだと思う」


舞翔まいとくんが照れて表情を変えるなんて相当の……あ」


 水萌が俺の顔を見て何かを思いついたような、もっと言うと嫌な感じの笑みを浮かべる。


「よし、蓮奈のことは水萌とレンに任せた。俺は紫音と大切な話が──」


「私にご褒美は……?」


 蓮奈が本気で悲しそうな声を出す。


 どうやら俺に逃げ道はないらしい。


「ごめんねまーくん。僕これから叔父さん達のお手伝いがあるの」


「俺を見捨てる気か?」


「だってその方がおもしろ……僕もお手伝いが無ければ一緒に居たかったんだけど」


「おい、お手伝いって嘘だろ」


「嘘じゃないよ。確かにお手伝いは嘘だけど、お父さんとお母さんに今日のことを知らせないとだから」


「早ければ早いほどいいやつを出してくるな。行ってこい」


 紫音の過去から、学校へ無事に行けたことは早く両親に伝えた方がいい。


 これからのこともあるし、色々と話すこともあるだろうから完全に俺は一人で立ち向かわなければいけない。


「まーくんのそういうところが大好き。後で慰めてあげるね」


「ありがと」


「まーくんが落ち込む姿がちょっと楽しみ」


「俺の心からのお礼を返して」


 紫音が舌をチロっと出してから自分の部屋に歩き出した。


 なんであの子はいちいち可愛いことをするのか。


「なるほど。桐崎君はロリコンじゃなくてそっち系だったか」


「紫音はどっかの誰かみたいに生意気言わないからな」


「酷い! 私はただ、桐崎君に喜んで欲しくて……」


「何をしたんだ?」


「本当は風邪とかだけど、歩けない女子を部屋に運ぶ展開ってラブコメだとよくあるやつじゃない?」


「あるけど、蓮奈の場合はほんとに歩けなかったんだからわざとみたいな言い方すんなし」


「そうやって私を甘やかすから増長するんだよ?」


「自分で言うな。今日だけだから」


 これはあくまで『ご褒美』だ。


 明日からはこれまで通りに適当にあしらっていく。


「恋火ちゃん恋火ちゃん」


「なんだ」


「いつもと何か違う?」


「水萌、サキはそう言って誤魔化してるんだから言ってやるな」


「はーい」


 なんでだろうか、今日は水萌とレンが異様に煽ってくる。


 後でお説教をしなければ。


「蓮奈、下りて」


「結構居心地いいんだけど」


「さすがに疲れてきた」


「女の子をおんぶしてそういうこと言うの駄目なんだよ」


「精神的に」


「あ、男の子しちゃうってことね」


 ちょっと言ってる意味がわからないけど、水萌とレンにただ煽られるのに精神を削られているだけだ。


 それにこれから何かをするみたいだし。


「俺はいつも通り紫音の部屋で待ってればいいかな」


 俺がそう言って紫音の部屋に向かおうとしたら水萌とレンに腕を掴まれた。


「しおくん叔父さんと叔母さんと話してるだろうから邪魔したら駄目じゃない?」


「蓮奈がマジレスすんな。知ってるし」


 今日の水萌とレンは俺の敵のようだからせめて蓮奈には味方でいて欲しかったけど、どうやら蓮奈は俺の味方をしてくれないようだ。


 水萌とレンもなんだか楽しそうだし、俺はもう完全に逃げられない。


「一名様」


「ごあんなーい」


 レンと水萌はそう言って俺を蓮奈の部屋に引きづり込んで行った。


 だけど入ってすぐにレンが俺の目を両手で押さえて、水萌が慌てた様子で走り出した。


 蓮奈が「あ、そういえば朝頑張って着替えてそのままだった」と言っていたから多分蓮奈の脱ぎ散らかした服が落ちていたのだろう。


 だけどそれなら水萌の部屋でも経験してるから今更な気もする。


 それから数分の間は水萌とレンが蓮奈にお説教をしていた。


 レンはともかく水萌は人のことを言えない気もするが、二人の顔が真面目すぎたので俺は何も言わずに部屋の隅っこで体育座りをしていた。


 これから起こる『何か』に怯えながら。

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