予定調和な会話
「き、桐崎君、そんな強引にしないで……」
「強引にしないと出ないでしょ」
「そ、そんなに出したいの?」
「逆にいいの?」
「そ、それは……」
「隙あり」
「あぁぁぁぁぁ、目がぁぁぁぁぁぁぁぁ」
夏休みが終わり今日からまた学校が始まる。
ということで俺と水萌とレンは今日からうちの学校に転校してくる紫音と、今日から学校に復帰する蓮奈と一緒に学校に行くべく迎えに来た。
まあ蓮奈を外に出すのが一番の理由だけど。
そしてその蓮奈は制服に着替えはしていたものの、案の定部屋から出ようとしなかったので俺が「お姫様抱っこと手を引かれるのどっちがいい?」と聞いたら無言で手を出してきたので玄関まで引っ張ってきた。
「茶番はいいから早く行こ」
「しおくんが辛辣。私は夜の眷属だから朝日は苦手なのに」
「また夜更かししたの? 起きれなくなるから昨日はちゃんと寝てって言ったよね?」
「だ、だって昨日は二時までフルでアニメがあってね」
「あって?」
紫音の真顔に蓮奈が怯えた様子で俺の後ろに隠れる。
「起きれたんだからいいじゃん」
「まーくんはそうやってすぐにお姉ちゃんを甘やかす。今日は学校復帰初日だから起きれたかもしれないけど、慣れてきたらいつか寝坊するの」
「それは同意」
「桐崎君の裏切り者!」
蓮奈がポカポカと俺の背中を叩いてくる。
だけど実際、学校初日やバイト初日みたいな初めての日は寝坊や遅刻はめったにしない。
それが慣れてくるとしてしまうのだから面白いものだ。
笑えないけど。
「サキ、イチャつくな」
「これって俺に悪いところあった?」
「大抵のことは男が悪いことになる」
「それも同意」
レンがジト目で睨みながら言うが、今の状況を『イチャイチャ』と言うなら俺は完全な被害者になる。
だけどこれも面白いもので、叩いてる蓮奈ではなく、それを受け入れている俺が悪いことになるのだ。
これぞ理不尽。
「じゃあ帰ったらレンを甘やかせばいい?」
「そういうことを人前で言うんじゃない」
「え、恋火ちゃんと桐崎君って普段から人には言えないことしてるの?」
「蓮奈さん、黙れ」
レンに睨まれた蓮奈がまたも俺の背中に隠れる。
俺は蓮奈の盾なのだろうか。
「あんまり蓮奈をいじめるなよ」
「役得は黙ってろ」
「役得とは?」
「どうせ蓮奈さんのことだからバレないように当ててんだろ?」
「あ、当ててないし! 私にそんな勇気があったら学校不登校になってないから!」
蓮奈が俺に隠れて、拗ねたように言う。
拗ねるポイントが少し違う気はするけど、多分気にしたら負けだ。
「恋火ちゃんも抱きつけばいいんだよ」
「オレは公衆の面前でそんなことしない」
「えー、でもゲームセンターで……」
「なんだ?」
「なんでもないです」
水萌までもレンの睨みに屈してしまった。
まあでも水萌の言う通り、あの時は店員しか居なかったとはいえ『公衆の面前』にはなると思う。
「あれ、でもなんで水萌が知ってるの?」
「恋火ちゃんが嬉しそうに……恥ずかしそうに? 話してくれたの。あれが『乙女の顔』ってやつなんだね」
「お前後で覚えとけよ……」
レンが顔を赤くしながら水萌を睨みつける。
だけど水萌は怯えた様子もなく、怒った子猫を相手するような余裕の表情を見せる。
「ゲームセンターで何したの?」
「格ゲー」
「水萌ちゃんが言ってた方」
「頭突き?」
「おお、バイオレンス」
「サキ、事実だけど余計なこと言うな」
レンから「それ以上言ったらわかってるな?」という視線を感じる。
自分は水萌に話しているのに理不尽極まりない。
「ほうほう、つまり『頭突き』以外に何かあったんだ」
「言ったら怒られるみたいだから言えないけど」
「桐崎君にとって恋火ちゃんに怒られるのはご褒美なのでは?」
「否定はしない」
「しろやバカ」
もちろんレンに本気で怒られたら落ち込むけど、今みたいに少しキレただけなら可愛いからご褒美になる。
別に怒られたがりのドMとかではない。
「ご褒美で思い出した。桐崎君、もしも私が今日無事に生還したらご褒美として褒めて」
「元からそのつもりだけど?」
「さすが桐崎君だ。私は褒められて伸びるタイプだから約束通り毎日頼むよ」
「蓮奈は絶対に褒められると怠けるタイプだと思う。だからって叱ると叱ったでやる気がなくなるめんどくさいタイプでもあるだろうけど」
「桐崎君が酷いこと言ったからメンタル崩壊した。今日は引きこもる」
「じゃあご褒美は何も無しだね」
玄関に戻って行った蓮奈の動きが止まる。
「蓮奈って褒めるとか叱るとかしないで、やらなきゃいけない状況にするのが一番いいんだよね」
「くっ、人質なんて卑劣な」
「別にご褒美がいらないならいいんだよ。ちなみに俺は蓮奈と一緒に学校行きたいけど」
「こいつ、私の性格知りすぎだろ。好きなのか?」
「まあ好きだけど。人として」
俺も成長した。
女子に対して『好き』というのは誤解が生じるので、ちゃんとその後に『人として』とかの言葉を付ければいいと。
そうしないとレンを不安にさせる。
「人としてでも嬉しいけどね」
「まーくんと恋火ちゃん、何かあったの?」
「別に何も」
「ふーん」
紫音が意味ありげな視線を送ってくる。
まあどことなく嬉しそうだからいいことにする。
「サラッと流してるけど『生還』って大袈裟じゃないか?」
「恋火ちゃん、私にとって『学校』はね、死地なんだよ。魔境と言ってもいい。群れた肉食獣の檻の中に一匹の草食動物が入って、そこから無事に出られたら『生還』でしょ」
「その例えでわかるあたり、オレも学校をそう思ってるんだろうな」
多分ここに居る全員が学校嫌いで、クラスの人を肉食獣と例えることができる。
襲われることはなくとも、肉食獣と同じ檻に居るだけで精神が削られる。
「私の豆腐より柔らかいメンタルは桐崎君のご褒美でしか直らないのだよ」
「役不足でごめんなさい……」
紫音が悲しそうにしゅんとなる。
「あー、蓮奈が紫音泣かした」
「ち、違うよ? しおくんが役不足とかじゃなくて、桐崎君がおかしいだけなの」
「さりげなく俺をディスるな」
「褒めてるの!」
蓮奈は余裕がないようであわあわしだした。
そんな蓮奈を見て紫音が笑う。
「冗談だよ。お姉ちゃんの気分が少しでも軽くなればって思って」
「しおくんのばか。そんなこと言われたら怒れないじゃん」
蓮奈が少しばかりの反抗として紫音の頬をつねる。
つねられてる紫音はとても嬉しそうだ。
「蓮奈、少なくとも俺達はみんな蓮奈の味方だから。何かあったら誰でもいいから相談するんだよ?」
「……うん。なんか私が一番最年長って忘れそう」
「確かに水萌を超える年下体質だからな」
「どこかは年相応を超えてるけど」
水萌が何かをボソッと呟いたけど、聞き取れなかった。
レンに叩かれているのでいいことではないのだろう。
「つーかそろそろ行かないと遅刻になる」
「話し込むのを想定して早く出たじゃん」
「その早く出た時間を丸々使って、ついでにもう少し使ったら?」
「遅刻だな」
レンに言われてスマホを見ると、確かに始業式まで急がないと間に合わないかもしれない。
学校復帰と転校初日に遅刻なんて悪目立ちすることをさせるわけにはいかない。
特に蓮奈は。
「今度からアラームつけよう」
「そういう時って覚えてるよな」
「それ。買い物行く時にメモしないと全部忘れるのに、メモすると見なくても全部覚えてるんだよな」
「長くなる?」
「「すいません」」
紫音に言われて二人で謝る。
時間がギリギリだと言ってた張本人達が話し込んでは意味がない。
そういうことで俺達は急いで学校に向かう。
蓮奈の運動不足があって本当にギリギリだったけど始業式には間に合った。
後は蓮奈が無事に生還できるかどうかだ。




