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ファーストキスは涙の味

「久しぶりに来たな」


「最近はずっとうちに来るか蓮奈れなのとこに行くだけだったからな」


 俺とレンの原点とも言えるゲームセンター。


 夏休みが始まってからは一度も来てなかったけど、さっきの話を聞いたらここに来るしかない。


「なに『俺に勝ってから言え』ってこと?」


「そうだな。ちゃんと話す理由を作りたかったのが一番の理由だけど、レンは負け逃げの方が良かった?」


「煽ってんの? 確かに特に説明する気はなかったけど、そんな煽りに乗るオレじゃないから」


 レンはそう言って俺とレンがいつもやっていた格闘ゲームの椅子に座る。


 こういう素直じゃないところが可愛い。


「オレが勝ったらオレとの恋人ごっこは終わりだからな」


「俺が勝ったら俺を悲しませた罰としてなんでも言うこと聞いてもらうから」


「オレが負けた時の罰重すぎん?」


 レンがジト目で睨んでくるがそんなものは知らない。


 こういうのは言ったもの勝ちだし、そもそも俺からしたら釣り合ってるとも思ってない。


 俺の方が軽いという理由で。


「どうせ負けるからって負けた時の心配するなよ」


「結構怒ってんな。やりながら説明して欲しいんだろうけど、する気ないからな」


「レンは話すよ。ツンデレだから」


「絶対に話さないって今決めた」


 そうは言ってもレンなら話す。


 レンは人が困ることができないいい子だから。


「何か期待してるみたいだけど、ほんとに話さないから」


「そこまで言うなら理由はいいよ。俺と別れたとして、その先はどうなる?」


「サキがいいなら友達に戻る。一つ言っとくけど、別にサキのことが嫌いになったとかじゃないから」


 話しながら一セット目が始まる。


 俺を嫌いになったわけではないけど俺と別れたい。


 いつものツンデレでないのなら、俺が何かしたのかもしれないけど、それならレンはこんな回りくどいことはしないはすだ。


「なんで考え事してんのに勝てんだよ」


「逆に頭がスッキリしてるから?」


 色々と考えていたら最初の一セットは俺が勝った。


 レンは不服そうだけど、構ってあげてる余裕はない。


「俺が何かしたんじゃなくて、何もしなかったのが理由?」


「答えないって言ったろ。ちなみに違う」


 答えないと言いつつも答えてくれるのがレンだ。


 だけどこれで「ほかの女ばっかりに構って私に構ってくれない!」系の理由ではないのがわかった。


 最近は蓮奈とばかり一緒に居たからその可能性もあったけど、恥ずかしい勘違いだったようだ。


「そういえば──」


「油断しすぎだっての」


 一瞬手が止まった瞬間を狙われて二セット目が取られた。


 だけどレンのドヤ顔が見れたので別にいい。


「次勝って終わりにする」


「終わりになる前に一つ。レンが今回俺をデートに誘ったのって、最初っからデートが終わったら別れるつもりで、その思い出作りみたいなやつ?」


「そうだって言ったらどうなんだよ」


「泣かす」


 レンからのデートのお誘いで浮かれていた俺のことを弄んだ罪で泣かすことを決めた。


 それと俺と別れる理由がわかって腹が立ったのもある。


「おま、ハメ技ばっか」


「悔しかったら泣け」


「どういう脅しだよ! 舐めんな」


 レンが俺の攻撃に順応して反撃してきた。


 だけどそんなの織り込み済みだ。


「こいつ、逃げんな!」


「じゃあ捕まえてみればいい。立場逆転だな」


「別にオレは逃げてねぇ!」


 レンがやけくそ気味に向かってくるけど、そんな無鉄砲で捕まるほど素人ではない。


「逃げだろ? 説明も無しに別れたいってのが逃げじゃなかったらなんなんだよ」


「お前にオレの気持ちがわかんのかよ!」


「知るか。わかんないから教えろって言ってんだろ」


「だからそれは……」


「言えないってか? じゃあ俺が勝った時の罰は『関係をゼロにする』に変えるから」


「ぇ……」


 レンの動きが止まる。


 格闘ゲームではありえない『停滞』が起こっている。


「理由が気に食わないんだよ。どうせ他の誰かと恋人になった方が俺の為になるとか思ったんだろ?」


「……」


 沈黙と停滞が答えということだ。


 要は自分よりも水萌みなもより、蓮奈の方が俺の恋人にふさわしいとか勝手に決めつけたようだ。


 だから自分は俺と最後にデートをして思い出を作ろうとした。


 そしてデートが終われば『恋人』ではなく『友達』になろうとしている。


「ふざけんなよ。レンはそれでいいのかもしれないけど、俺はどうなる? お前を好きな俺はどうなる?」


「……さい」


「聞こえない!」


「うるさい!」


「声量で言ったらお前の方がうるせぇ!」


 今はちょうど他に客がいないからいいけど、お互い完全に迷惑な声量を出している。


 だけど出禁を覚悟しても俺は叫ぶ。


「何か間違ってること言ったか? お前は自分勝手に俺と別れて友達に戻るだけでいいかもしれないけど、俺はお前に振られただけじゃなくて、その振られた相手と友達として付き合わなきゃいけないんだぞ? 自己満足も大概にしろ」


「オレだって好きで別れたいなんて言ってない! つーか元はと言えばお前が悪いんだろ!」


「何がだよ」


「次から次へと可愛い子と仲良くなって、それだけじゃなくてオレの前で堂々とイチャイチャして、そんなの見せられて不安にならない彼女がいんのかよ!」


「それは俺が悪いよ!」


「逆ギレすんな!」


 傍から見たらくだらない痴話喧嘩に見えるんだろうけど、俺達はいたって真面目だ。


 止まっていた手元も動いており、初手で遅れた俺の方が攻められている。


「オレにも構え!」


「だったらもっと甘えろ!」


「そこは察して甘やかせ!」


「そう言うなら毎日甘やかすからな!」


「いや、それはオレが耐えられないからやめよ」


「いきなりシラフに戻んなよ」


 レンのいきなりの声音の変化に気が抜けて手元が一瞬止まってしまった。


 そしてその一瞬をつかれて三セット目を取られた。


「勝った?」


()敗北か」


「『初』を強調すんな。でも最初のまんまやってたらサキの勝ちだったよな」


「勝ったからって調子乗んな。勝ちは勝ちなんだから生涯唯一の俺からの勝ちを喜んどけ」


「は? 調子乗ってんのはお前だろ。次もオレが勝つし」


「言ってろ」


 なんだか負けたのにスッキリしている。


 言いたいことを言えたからなのか、それともレンと『次』を約束できたからなのか。


「レンの勝ちだから恋人関係は終わりなんだよな」


「……うん」


「これからはまた友達として関係……を?」


 レンが俺の前にやって来た。


 少し戸惑った様子で俺を見下している(物理的に)。


「なに?」


「三秒目瞑って」


「痛くしないでね」


「んなこと──」


「いーち」


「やると思ったけど!」


 何をされるのかわからないけど、今まで目を瞑らされて悪い思いをしたことはない。


 だから今回は……


 ゴッ!


「痛っ……」


 すごい鈍い音と共に、酷い痛みがおでこを襲ったので目を開けると、痛みの元凶であるレンがヘッドバットをしているのが現行犯で見つかった。


 痛みと涙を我慢しながら睨んでいると、レンが悪い笑みを浮かべながら顔を近づける。


 そして……


「感想は?」


「痛い」


「照れんな」


「顔真っ赤のやつが何言ってる。ちなみに頭突きの理由は?」


「鬱憤ばらし」


 それなら仕方ない。


 今回のことは俺にも半分ぐらい悪いところがあるからレンの仕打ちも甘んじて受け入れる。


 そしてその後のは……


「友達じゃなかったっけ?」


「やっぱりオレ、サキのこと好きだから恋人になりたい」


「ほんとに自分勝手だな」


「だけど?」


「そんなレンが好き」


 そう言ってレンのことを抱き寄せる。


「そこはお返しのだろ」


「ほんとに出禁になるから」


「今更だろ。それにサキとなら別にいいよ」


 レンが耳元で優しく囁く。


 絶対にニマニマしてるのが想像できる。


「まったく……。帰るぞ」


「家ならなんでもできるもんな」


「余裕でいられんのも今だけだかんな?」


「あれ? サキの声がマジだぞ?」


 まあマジだから仕方ない。


 これだけからかわれたらやり返してあげないと悪いというものだ。


 蓮奈にしたようにスイッチを切り替えてみてもいいかもしれない。


「楽しみだな」


「……優しくしてね?」


「無理そう」


 今の一言で我慢する気はなくなった。


 その後何があったかは俺とレンだけの秘密だ。


 別に変なことはしていない。


 俺がレンで遊んだだけだ。


 俺が欲したものは手に入らないと諦めていたけど、レンのことは諦めない。


 どんなことがあってもレンを大切にする。


 そして夏休み最終日も二人で過ごした。


 水萌はずっと蓮奈のところに居るとのことなので恋人との時間を過ごしていたのだった。

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