変な人の集まるお店
「何ここ」
「どういう反応だよ」
レンに連れられて、レンが予約したと言うレストランにやって来たが、何かがおかしい。
まず見た目からしてものすごく高そうで、高校生が来るような見た目ではない。
そして一番気になるのが名前だ。
「『SOAR』って何?」
「『ソアー』って読むみたい。気になるなら名前の由来とか聞けば?」
「人見知りの俺にそんなことはできるわけないだろ。それにそこまで興味はない」
確かに気にはなるけど、わざわざ聞くほどではない。
どこかで見たような気がしただけだし。
「パッと見高級店に見えるけど?」
「それなりに高いみたい。安心していいよ、今日はオレの奢りだから」
「それはやなんだけど?」
レンが勝手に決めて連れて来たところだけど、だからって奢りは嫌だ。
百歩譲って割り勘だ。
「サキならそう言うと思った。だけど今日はマジで大丈夫」
「大丈夫の意味がわからないんだけど?」
「中に入ればわかるけど、父さんから結構な金を渡されてるから」
レンはそう言って肩から下ろしている鞄の中から封筒を取り出す。
ちらっと俺に中を見せてきたけど、高校生が持つには多すぎる福澤さんが見えた。
「サキと出かけることと、ここに来ること言ったら渡されたんだよな。残りはお小遣いって言って」
「仲良くやってるんだな」
「最近は連絡も……」
「レン?」
「そういえばさ、水萌もスマホ買ってもらってたけど連絡先って聞いた?」
「聞いてないんだけど?」
水萌自身が興味が無さそうで気にしてなかったけど、水萌はずっとスマホを持っていなかった。
理由は知らないけど、親子の関係性が回復した今もスマホを持たせない理由はない。
「なんか高校生になったら買うつもりだったけど、水萌が高校生になる前に一人暮らし初めてタイミング逃したらしい」
「それはそれで意味がわからないけどいいよ。なんで買ってすぐに言わない」
「普通に忘れてた。水萌もスマホを持つことに慣れてないから基本家に放置だし」
「俺かよ」
俺も最近までは携帯を携帯していなかった。
だけど水萌にそれを指摘さらたことがあるのは黙っていた方がいいのだろうか。
「まあ帰ったら聞けば?」
「聞く」
「後悔しなきゃいいけど。それよりもそろそろ時間稼ぎもいい?」
レンが俺の肩にポンっと手を置いてくるが、別に明らかに高そうな店に入るのが怖いとかではない。
決して。
「そういうとこだけは日和るんだよな」
「うるさい。入るなら入れ」
「エスコートしてくれないの?」
「俺にそんなの求めるな」
「ここで見栄を張らないのがサキだよな」
レンが嬉しそうに歩き出す。
なんか癪なのでレンが手を離そうとしてるけど離してやらない。
「離せ」
「やだ」
「後悔するのとなるぞ」
「一緒に後悔しよう」
「くそ、マジで離せ」
レンが頑張って手を離そうとするけど、レンの力に負けるほど俺も弱くは無い。
そしてレンが慌ててるおかげで俺の方は逆に落ち着いてきた。
なので頑張っているレンを無視してレストランの中に入ることにした。
「なんでいつもこうなんだよ!」
「暴れない暴れない。可愛いだけだから」
「ねぇ、お店の前でイチャイチャするのやめてくれないかな?」
暴れるレンを連れてレストランに入ろうとしたら、扉が開いて中から料理人みたいな服装の母さんが出てきた。
「何してんの?」
「そっくりそのまま返す」
「デート」
「良かった。拉致とかじゃないのね」
やっぱり母さんだ。
こんな意味のわからないことを言うのが母さん以外に居ては……居なくもないか。
「それで母さんはなんで居るの?」
「職場だから」
「料理人のコスプレ?」
「別に隠してた……わけはあるんだけど、舞翔にはずっと言ってなかったんだけど、私ってこのお店のオーナーシェフなの」
「びっくり」
「顔がしてないのよ」
今回はそこまで驚いていない。
オーナーシェフには驚いたけど、母さんが料理人の可能性は薄々気づいていた。
まず料理が普通に上手いし、毎回お弁当の感想を求めてくる。
美味しいかどうかだけなら聞く人もいるだろうけど、母さんはどう美味しかったかを聞いてくる。
それに水萌とレンのお父さんで、なおかつ母さんの幼なじみである悠仁さんも料理人だと聞いて可能性は高まった。
そこまで気にしてたわけではないけど、可能性を繋ぎ合わせたら母さんが料理人だというのは想像ができた。
「店の名前って……」
「お父さんと決めたの。『舞翔』って名前も二人で決めたんだけどね、『SOAR』って『舞い上がる』とか『翔ける』って意味があるの。もうそれしかないじゃない?」
アニメとかではよくあるけど、実際に子供の名前を英語にして自分の店の名前にするのはどうだろうか。
別に俺は気にしないけど。
「なんか見覚えあったのって、俺がなんとなくで自分の名前を調べたからか」
「ああ、英語の辞典でえっちな言葉を探すみたいな?」
「帰ったら父さんに報告するから」
「そうやってすぐにお父さんに報告を使うのはずるいと思うの。……ちなみにほんとにやる?」
「多分やらない。そもそも父さんが俺話しかけられたくないだろうし」
俺がそう言うと母さんが何かを言おうとしたのをやめた。
「陽香さん」
「あ、ごめんなさい。今日はお客様なのに」
母さんが仕事モードの顔つきに変わる。
「いらっしゃいませ、ご予約された如月様ですね。こちらへどうぞ」
母さんが真面目な顔つきで店の中に案内をする。
いつもの緩い母さんからは想像ができない。
「母さんってちゃんと仕事してたんだ」
「どういう感想?」
「仕事一筋なのは知ってたけど、いつもの母さん見てるとちゃんと仕事してるのか心配だったんだよね」
「オレはそんなに見てないけど、たまに見る陽香さんってすごい疲れた顔してたけど?」
それは確かにそうかもしれない。
だけどすぐにいつもの緩い母さんになるら違和感が無かった。
もしかしたら母さんは母さんなりに俺に心配をさせない為に元気なフリをしてたのかもしれない。
結果的に仕事をちゃんとしてるか心配はしてたけど。
「こちらです」
「ちゃんと仕事はしてるけど、これはさすがに私情挟まってんだろ」
俺達が案内されたのは完全な個室。
素人目に見てもわかるが、多分めっちゃ高い。
「そんなことないよ! 大事な子供達の初デートなんだからいい場所使って欲しいっていう親心」
「私情じゃねぇか。つーか悠仁さんもグルね」
レンに軍資金を渡してる時点でわかっていたけど、親同士裏で色々とやってるようだ。
初デートに親が関与するのはどうかと思うけど、確かにいい思いはできそうだから何も言えない。
「ぶっちゃけると、ここって夜が本番なところがあるから今の時間はそれなりにしか忙しくないのよ」
「俺知ってる。実はめっちゃ忙しいけど部下に仕事を押し付けて上司がサボってるやつだ」
「なんてことを言うのか。確かに全部押し付けて出て来たけどうちのスタッフはみんな優秀だから私が抜けたぐらいじゃなんとも……ないから」
母さんが慌てた様子で俺達を個室に押し込んで自分も一緒に入って扉を閉じた。
「怒られる前に帰ったら?」
「帰ったら怒られるから帰れないんでしょ」
「じゃあサボるなし」
「接客してるんだからサボってない」
「素に戻ってんじゃん」
「あ、このお店を作った経緯とか聞く?」
「仕事休まないくせにサボるのな」
まあほんとにやばくなったら戻るだろうし、それに予約をしてた以上はこの場所を使ってることも他の従業員の人も知ってるだろうから、迎えが来るまでは母さんの好きにさせてあげることにした。
そして聞いてもないのに母さんの昔話が始まった。
思えばちゃんと母さんと話したのはこれが初めてな気がする。
父さんとの馴れ初めや、元は父さんが料理人になるのが夢だったとか、母さんが昔は元は悠仁さんと一緒に喧嘩に明け暮れていたとか、そのせいで父さんが手を怪我して夢を諦めなければいけなくなったとか。
そんなことがあって母さんは父さんの代わりに料理人になることを決意し、この店を父さんと二人で作った。
そして気がつけば有名店になって、やっと落ち着けるというところで父さんが……
なんて話を聞いていたら個室の扉を叩く音が聞こえた。
母さんは無視していたけど、扉は開きすごい笑顔(多分営業スマイル全開)で一人の女性が入ってきて母さんを連行した。
母さんが顔を青ざめさせて助けを求めてきたがどうしようもないので「頑張れ」とだけ言っておいた。
しばらくすると母さんを連行した女性が謝罪と一緒に料理を運んで来てくれた。
謝る必要はないけど、社交辞令というやつだろうし俺の方も母さんが迷惑をかけてることを謝った。
だけど「そんなことはないです」と今度はその女性が母さんについての話を始めた。
それから約十分ほどして母さんが覗きに来るまで女性は話し続けていた。
というか母さんに連行されながらずっと話していた。
母さん含め変な人しかいないのかもしれない。
だけど料理は最高に美味しかったです。




