デートのお誘い
「サキ、デートをしよう」
「いきなりどうした?」
蓮奈を谷に突き落とした次の日、今日も変わらずに蓮奈のところへ行こうと準備をしていると、レンが真面目な顔でそう言ってきた。
「とりあえず答えて。したいかしたくないか」
「レンがしたいって言うならする」
明後日には学校が始まるから蓮奈と学校に行く時のことをちゃんと話しておきたいが、それは明日にでもできる。
それよりもレンがせっかく提案してくれたのだからデートというものをしてみたい。
「サキもデートがしたいって思ってるんだよな?」
「うん」
「ならいいか。蓮奈さんの相手は水萌に任せるから」
レンが自分のベッドで眠っている水萌に呆れたような目を向けながら言う。
俺が来る時は起きているけど、しばらくするとまた寝ている。
「蓮奈さ、すごい怯えてたけどほんとに何してるの?」
「乙女の秘密」
「あんまりいじめるなよ?」
「別にいじめてるわけじゃない。相談に乗ってもらってるだけ」
それだけであの怯えようはおかしいけど、レンはそれ以上話す気がないようだ。
本当に何をしてるのか。
「サキってほんとに蓮奈さんに過保護だよな」
「レンって蓮奈のことどこまで聞いてるの?」
「不登校って話? 理由は聞いてないけど、察してはいる」
「じゃあわかるだろ。下手なことしたら蓮奈は本気で塞ぎ込むんだよ。心配にもなるだろ」
蓮奈とせっかく普通に話せるぐらいに仲良くなったのに、塞ぎ込んで話せなくなるのは嫌だ。
だから水萌とレンが蓮奈の過去を呼び起こすようなことをしてるのなら止める。
「オレも水萌も蓮奈さんを追い込むつもりはないよ。ほんとに相談してるだけ」
「じゃあなんであそこまで怯えてるんだよ」
「それは、まあ……ちょっとした嫉妬?」
レンがあからさまに視線を逸らした。
多分だけど、蓮奈が本気で困るようなことはしていないようだ。
まあもしもしてたら蓮奈の態度に出てるだろうから本気で心配はしてなかったけど。
「オレからも一つ聞きたいんだけど、蓮奈さんと二人っきりの時に押し倒されたりしてない?」
「押し倒されることはないよ? そもそもどういう状況だし」
確かに蓮奈と初めて会った時は不可抗力でそういう状況にはなったけど、それ以外は押し倒されることなんてない。
蓮奈はスイッチさえ入らなければ恥ずかしがり屋の女の子なのだから。
「つまり押し倒されること以外ならあると」
「普通に話してるだけだと思うけど」
正直俺には判断ができない。
俺にとっては普通のことでも、周りから見たら普通でないことなんて……ほとんどがそうなんだから。
「手を繋がれたことは?」
「ある」
「抱きつかれたことは?」
「シラフの時はないかな? 腕にはあるけど」
昨日は抱きつく流れになったけど、蓮奈が生々しいからとやめている。
「シラフの意味はまた今度聞くとして、いじめられたことは?」
「シラフの時はないかな? もしかしたらいじめてるのかもしれないけど、いじめられてる感じはしない」
「だからシラフってなんなんだよ。それよりもサキだからいじめられてるかなんてわからないか。むしろサキの方がいじめてるだろうし」
すごい失礼なことを言われているけど、それを否定できないから仕方ない。
『いじめ』とは言っているけど、俺達の言う『いじめ』とは『からかう』ことなのでしてないと言えない。
「まあいいや。そういえば蓮奈さん学校行くみたいだな」
「そう言ってた。朝は一緒に行って放課後にはメンタルケアをしなくちゃな」
俺はもちろんやるけど、女子同士の方が話しやすいこともあるだろうし、そこはレンにも頼みたい。
仲良くなってくれたみたいだし。
「サキにとって蓮奈さんってどういう存在?」
「どういうって?」
「関係性って言うの? オレを『恋人』だとしたら、水萌が『妹(?)』みたいな感じで」
「なるほど。それなら『友達(小)』かな?」
「どういう意味?」
「小学生の友達」
紫音も言っていたけど、蓮奈はどうも年上な感じがしない。
年下の、それも小学生を相手してるみたいな感じだ。
紫音からしたら俺も小学生に見えてるみたいだけど。
「ちなみに紫音が『友達(男)』で依が『友達(?)』かな」
「よりの扱いよ」
「友達なことがわからないんじゃなくて、どういう友達かがわからないって意味な」
依のことはちゃんと友達だと思っているけど、普通の友達とは少し違う気がするし、だからって蓮奈のように何かこれというものもない。
「じゃあ『友達(未)』でいっか」
「未定って意味なんだろうけど、それだと友達かわからないみたいに聞こえるぞ」
「だよな。じゃあ『友達(女)』?」
「それでいいんじゃないか? 紫音もサキとよりは一番友達してるって言ってたし」
確かにそんなことを言っていた。
まあ「友達してる」の意味がよくわかってないけど。
ちなみにレンは少し前に俺と蓮奈が遊んでる間に『花宮さん』と呼ぶのをやめて『紫音』と呼ぶようにしたらしい。
「つまりよりもなんだよな……」
「何が?」
「別に。まあ聞きたいことは聞けたからデートの話をしようか」
「うん」
なんの質問攻めだったのかはわからないけど、本題はこっちだ。
「オレ達のデートって言ったらゲーセンに行くことだけど、初めてのちゃんとしたデートだからデートらしいことしよう」
「別に合わせる必要はないと思うけど、レンはそうしたいんだよな?」
「そうだな。記念に」
「なんのだよ」
なんの記念なのかはわからないけど、レンも女の子だから恋人が行う普通のデートをしたいのかもしれない。
だけど……
「そうなると俺はわからないぞ?」
「安心しろ。最初から期待してない」
「それは助かる」
「いや、少しは怒れよ」
レンが呆れたようにため息をつくが、俺はレンの期待を裏切りたくはないし、俺はできないことをできるなんて嘘をつきたくもない。
「サキだからいいや。まあ言ってもオレだって詳しいわけじゃないけど」
「行きたいとことかあるの?」
「水族館と遊園地とかは有名だけど、人混みだから行きたくないんだよな。夏だし夏祭りっていうのもあるけど、やっぱり人混みだし」
「デートスポットって基本人混みじゃない?」
俺も詳しいわけじやないけど、デートは二人で楽しめる場所に行くわけで、楽しい場所には人が集まる。
だからデートと人混みは一心同体とも言える。
「映画とかもあるけど、あんまり映画って好きじゃないし」
「そうなんだ」
「暗くて目が悪くなりそう」
「そういう?」
言いたいことはなんとなくわかるけど、映画が嫌いな理由としては珍しい気がする。
「お家デートってのもあるけど、そんなの毎日してるし」
「結局レンはどこ行きたいの?」
これではデートスポットを挙げているだけで今日が終わる。
それではいつも通りだ。
「やっぱりあれかな」
「どれ?」
「散歩」
「いつもと変わらんじゃん」
散歩ならこの夏休み中に何回もした。
水萌も一緒だったけど、それでもわざわざデートですることには思えない。
「二人で行くことに意味があるのと、場所もいつもと違う場所に行く」
「と言うと?」
「ついてからのお楽しみ」
レンが何か悪巧みしているような顔を向けてくる。
可愛いでした。
それから水萌を起こして蓮奈のところに向かった。
紫音はバイト中だったので水萌のおやつを買ってから蓮奈の部屋に行き、蓮奈に説明をして水萌を預けた。
その際蓮奈が少し安堵したような顔をしてから、少し寝ぼけている水萌に抱きつかれて体が震えていた。
だけど震えながら手を振って見送ってくれたので俺とレンは部屋を出た。
蓮奈の部屋では何が行われているのだろうか。




