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紫音の普通と個性

「単刀直入に言うとね、僕が公園に行かなくなった理由は引っ越しだよ」


「だよな」


 紫音しおんがもったいぶるから何か別の理由があるのかと思ったけど、答えは案の定だった。


 だから俺が聞きたいのはそこではない。


「なんで何も言わなかったんだ?」


「単純にお別れが寂しかったのと、まーくんは僕がいきなり居なくなってもなんとも思わないと思ってたからだと思う」


 紫音が複雑そうな顔になる。


 前者はいいけど、後者は納得がいかない。


 まあ俺の普段の態度を考えたら仕方ないとも思えるけど。


「だけど実際僕のこと忘れてたんでしょ?」


「それを言われると痛いけど、昔の記憶はまとめて忘れようとしてたみたいなんだよな」


 俺がそうしようと思ったのかは覚えてないけど、俺は自分の記憶に蓋をした。


 おそらく寂しさを忘れる為に。


「さっき紫音に言われて思ったんだけどさ、俺って寂しがりなんだろ?」


「うん」


「だから俺を捨てた紫音のことを思い出すと寂しくなるから忘れた可能性はある」


「やっぱりまーくんって相手の心を抉るの得意だよね」


 紫音が拗ねたように頬を膨らます。


「可愛い可愛い」


「馬鹿にしてるでしょ!」


「本心本心。それで、俺の前から居なくなった理由はわかったけど、戻って来てくれた理由は?」


 そもそもがその話をする予定だった。


 だけどいつもの脱線でここまで逸れた。


「先に約束してくれる?」


「内容による」


「約束して」


 紫音が真剣な表情で俺の目を見つめる。


「わかった」


 多分だけど、紫音が約束して欲しいことは俺が絶対に約束できないことだ。


 内容はわからないけど、俺が聞いたら紫音の望まない結果になるのだろう。


「ありがとう。じゃあ約束して、僕の話が終わるまで怒らないって」


「そういうやつかよ……。善処はするけど期待はするなよ?」


「うん。それで大丈夫」


 紫音が笑顔になるが、その笑顔が嘘だとわかってしまった。


 つまりこれから始まる話は決して楽しい話ではない。


「最初に言っておくけど、まーくんにお別れを言えずに引っ越した時はお父さんの仕事の都合ね」


「うん」


「まあ、あの頃から少しはあったけど」


「……」


 正直ここからの話は聞きたくない。


 だけど一番辛い紫音が俺に聞いて欲しいと思っているのなら、聞かないなんて選択肢はない。


「あんまり先延ばしにすると話せなくなっちゃうからこっちも単刀直入に言うね。僕がまーくんの学校に転校して、叔父さんのおうちに住まわせてもらってるのって、前の学校で……」


 紫音の口から声が消えた。


 聞こえないとかではなく、紫音の口が音を発せられなくなっているような感じだ。


「いいよ。わかったから」


 俺は今にも泣き出しそうな紫音に近づき頭を撫でる。


 体が拒絶していることをわざわざ言葉にする必要はない。


 俺もその続きの言葉を聞いたら紫音との約束を守れる自信もないし。


「見た目?」


「……」


 俺が聞くと紫音が頷いて答える。


 紫音は可愛い。


 水萌みなもとレンが初めて紫音を見た時に女子と間違えるぐらいには可愛い見た目をしている。


 そしてそういう『可愛い男子』というのは俺の嫌いな人種に狙われる。


「だから人間って嫌いなんだよ」


「……約束したでしょ」


「怒るなって? だから善処はしたろ。それに逆の立場なら紫音は怒ってくれない?」


「怒るよ。まーくんを傷つけるなら僕の全てをもって報いを受けさせる」


 紫音の目の色が変わる。


 目元に涙が溜まっているのに言ってることがかっこよすぎて惚れる。


「まーくん」


「その目のままで見ないで。色々と複雑」


「やっぱりまーくんに話して良かった。同情されたらどうしようかと思った」


「お前の気持ちはわかるってやつ? わかるわけないだろ。紫音の辛さは紫音にしかわからないんだから。俺にわかるのは紫音が無理してることだけ」


 俺はそう言って紫音の後頭部に腕を回して抱き寄せる。


「なんのご褒美?」


「これがご褒美になるのってお前らだけだからな? 何がいいんだよ」


「逆の立場になって考えて」


「超ご褒美じゃん。じゃなくて、辛かったら無理するな。俺は紫音の辛さはわからない。だけど紫音の辛さを分かち合うことぐらいはできるから」


 俺には紫音がどんな思いをして、どれだけ傷ついたかわからない。


 だけど、紫音の負った傷を分かち合ってくれれば俺がキレる大義名分が作れる。


「絶対変なこと考えた」


「紫音を傷つけた奴がいるのに怒ったら駄目って結構なストレスだからな?」


「もう……。でもありがと。じゃあちょっとだけ頼っていい?」


「いつでもどうぞ」


 紫音が俺の胸に顔を押し付ける。


 そして一つ息を吐き。


「僕は男なんだよ! 見た目が女の子みたいだからってなに? 別に『可愛い』とか言われるのはいいよ。だけど僕は見た目が女の子みたいだからって女子の制服を着なきゃいけないの? 女子と一緒のところで着替えをしなきゃいけないの? トイレも男子のところは使っちゃ駄目なの? 僕は気持ち悪いの……?」


 紫音が大粒の涙を流しながら苦しそうに俺に問いかける。


「一回全部吐き出すか? それとも今言うか?」


「……吐き出す」


 紫音はそう言うとまた俺の胸に顔を押し付ける。


「僕って何かしたのかな? それなら僕が悪いけど、僕の見た目は生まれつきで、僕は望んでこの姿で生まれてきたわけじゃないよ? お父さんとお母さんに文句を言っても仕方ないけど、なんでもっと普通に産んでくれなかったのかな。なんで僕は普通になれなかったのかな……」


 紫音が俺の背中に回した腕に力を込める。


 俺も紫音が俺の顔を見ないように強く抱きしめる。


「紫音、ごめん」


「なんでまーくんが謝るの?」


「スカート履かせようとしたり、可愛いってずっと思ってたから」


 紫音が嫌がっているのはわかっていたのに、自分勝手に紫音へ強要していた。


 紫音がこれだけの辛さを抱えてるのも知らずに。


「何も知らなかったからって許されないだろうけど、とりあえず謝らせてくれ。その後にどんな罪滅ぼしでもする」


「……ばか」


「なんて?」


「ばーーーかって言ったの。まーくんが抱きしめるの強くなったのって僕を慰める為かと思ったけど、泣きそうな顔を見られたくないからでしょ?」


「……違うし」


 その通りだ。


 正確には紫音を無意識に傷つけていた自分を殺してやりたいと自分勝手に悔やんでいるからだ。


「罪滅ぼししてくれるんだよね?」


「うん」


「じゃあその顔見せて」


「……なんなりと」


 紫音を傷つけておいて、自分の見られたくない顔を見せないなんてフェアじゃない。


 俺は紫音を抱きしめる力を弱めて解放する。


「……まーくんの方がよっぽど可愛いよ」


「紫音が望むまでサンドバッグになる」


「言ったなー。そのまま泣かしてやる!」


 紫音が涙を流しながら笑顔になる。


 この笑顔は嘘ではないと信じたい。


「その前にさっきの質問答えて」


「答える必要ある?」


「ちゃんと言葉で欲しい」


「わかった。紫音が気持ち悪いとかないからな? 紫音はただの『可愛い男の子』だから」


「……まーくんだもんね」


 紫音がそう言ってまた俺に抱きつく。


「答え間違えた?」


「ううん。初めて会った時からまーくんは僕を『男の子』として扱ってくれたのが嬉しくて。僕があの公園に居た理由って知ってる?」


「この前の話?」


 紫音が頷いて答える。


「暇つぶし?」


「想像通りの答えをありがと。まーくんに会う為だよ」


「俺に?」


 確かにあの公園は俺と紫音の思い出の場所(俺は行くまで忘れてたけど)だけど、だからって高校生になった今、あの公園で待っていても会える可能性は限りなく低い。


「会えたのは本当にたまたまなんだけど、僕は会えるまで毎日通うつもりだったよ」


「うち知ってるんだから来れば良かっただろ」


「ふっ、まーくんはわかってない。実際に公園で会った時に逃げ出した僕だよ? 無理でしょ」


 顔は見えないけどなんとなくドヤ顔をしてる気がした。


 ドヤる場所ではないのだけど。


「でもそれならなんで俺の学校知ってるんだ?」


「僕って夏休み前に少しだけ不登校してたのね」


「サラッと言うな。それで?」


「そう言いつつも流してくれるまーくん好き。不登校してたから久しぶりにこっちに戻って来たの。メンタル回復の為に」


 小さい頃とはいえ、生まれ故郷というやつだから思い出もあるだろうし、確かにメンタルの回復に使えるのかもしれない。


「その時にね、これもたまたまなんだけど、まーくんを見つけたの」


「言えや!」


「まーくんが怒ったー」


 紫音が俺を強く抱きしめてくる。


 これは仕方ない。


「だってあの時は僕のメンタルが一番酷かった時で、確かにまーくん見て最高潮になったけど、実際にまーくんと会って逃げ出した僕だよ?」


「それさっき聞いた。つまりそこで俺の制服を見て同じ学校に転校してきたと?」


「うん。隣に居た子がお姉ちゃんと同じ制服だったからすぐわかった」


「水萌かレンね」


 それがいつだったかはわからないけど、俺が水萌とレンと仲良くなったのは六月頃だから既に転校の準備が済んでいるのは決断が早すぎる。


 それだけのことが起こったのだろうけど。


「というわけで僕はまーくんと同じ学校に転校することが決まりました」


「そっか」


「もっと喜んで」


「喜んでるよ。ちなみに俺からも一つ……二つか、言いたいことあるんだけど言っていい?」


「なに? 告白?」


「デジャブ」


 レンと出会ってすぐの頃に同じことを言われた気がする。


 あの時の俺は本当にレンに告白することになるとは微塵も思っていないだろう。


「まあいい。一つ目な。さっき紫音は普通になれなかったことを悲しんでたけど、普通ってそんなに大切?」


「だって僕は普通じゃないからいじめられて、結果的には良かったけど、こうやって転校してきたんだよ?」


「俺もよく自分を普通じゃないって言うけどさ、そもそも『普通』ってなに?」


「そう言われると上手く言えないけど、少なくとも男子なのに女子みたいな見た目なのは普通じゃないよ」


「『普通』って便利な言葉だよな。周りと似てるところが多ければそれは『普通』で、たった一つでも目立った『個性』があると普通じゃなくなるんだから」


「個性?」


「言い方はなんでもいいけどさ、紫音が可愛いのって『個性』だろ? そんで目立った『個性』がない奴が勝手に自分は普通だって思い込んでる」


 紫音は俺が何を言いたいのかわからないようで、不思議そうな顔を向けてくる。


 可愛い個性だ。


「結局『普通』ってさ『周りがやってること』なわけじゃん? 例えば夏休み宿題をやってくるのって『普通』だけどさ、もしもクラスの大半がやってなかったらやらないのが『普通』になるだろ?」


「言いたいことはわかるかも」


「じゃあ『普通』とはなんなのか。それは周囲に合わせること。だけど普通じゃないと言われる紫音と……俺もそれはやってるよな?」


「うん。間が気になったけど」


「気にするな。それよりも、周囲に合わせることをしてるのに普通じゃないと言われるのは、目立った『個性』が周囲と合ってないからだろ?」


「そうなるのかな? だけど僕の場合は変えられないし……」


 紫音の顔が暗くなる。


「なんで紫音が変える必要がある?」


「え?」


「紫音が可愛いのはいいことなんだから変える必要ないだろ。変えるのは『周り』の方」


 今更紫音が男らしくなっても俺達が困惑するだけだ。


 そもそも紫音は何も悪くないんだから『普通』を使って差別をする奴らの為に自分を変える必要はない。


「さっきも言ったけど、『普通』って周りがどう思うかなんだよ。同調性バイアスって言うんだっけ? 要は『紫音は可愛い男の子』っていうのを普通にしちゃえばいい」


「……できるの?」


「実際俺達はそれが普通だと思ってる」


「でも……」


「まあ別に紫音が気にしないなら周りなんて全無視でいいんだよ。少なくとも俺達は紫音から離れることはないんだから」


 俺や水萌、レンのように周りを捨てて完全に身内だけで一緒に居るのも一つの手だ。


 それで俺達は困ってないし。


「まあ紫音がしたいようにしてくれ。覚えてて欲しいのは、俺達はみんな紫音の味方だから」


 俺はそう言って紫音の頭を撫でる。


「……僕まで落とされそうだよ」


「なんでみんなそうやって小声で話すんだよ」


「聞かれたくないけど声に出ちゃうの」


「なるほど」


「まーくんのばーか」


 なぜにいきなり罵倒を受けたのか。


 ほんとに泣いていいかな?


「ありがと。考えとくね」


「ちなみに提案はしたけど俺は何もしないからな?」


「知ってる、そう言って全部やってくれるって」


「しないし。よりに全投げするし」


 依なら学校でいい子ちゃんを演じているのでなんとかしてくれそうだ。


 紫音の為ならきっとなんでもするだろうし。


「ほんと依ちゃんのこと信頼してるよね」


「そうか?」


「うん。ちょっと嫉妬。それでもう一つの言いたいことってなに?」


「ああ、多分色んなところから聞かれてる」


「……僕、ちょっと用事ができた。一人するけど泣かないでね?」


「あんまり遅いと泣くかも」


「わかった、手早く終わらせる」


 さっきまで泣いていたとは思えないくらいにかっこいい。


 レンがいなければ惚れていた。


 なんて冗談を考えながらシュークリームを食べながら紫音を待つ。


 ところどころから聞こえる悲鳴をおかずに。

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