希望と絶望
「僕の話の前に聞きたかったことがあるんだけどいい?」
「いいよ」
「まーくんって僕がいきなり公園に行かなくなった時ってどう思った?」
「うろ覚えだけど毎日公園に通ってた」
最近は少しだけ思い出してきた紫音との記憶。
未だにほとんど覚えてないけど、確か昔はあの公園に意味もなく通っていた記憶がある。
それが紫音を探してなのかは覚えてないけど、それ以外に俺が公園に通う理由なんて思いつかない。
「なんだかんだでまーくんも僕と一緒に居るのが嬉しかったんだね」
「そうだろうな。いつも言ってるけど、そうじゃなかったら俺が誰かと一緒に居るとかありえないだろうし」
最近なら仕方なく一緒に居ることがあるかもしれないけど、昔の俺がそんな気遣いできるはずがない。
今だって雰囲気は隠せてないわけだし。
「あ、そういえば俺も聞きたいことあった」
「なに?」
「紫音は俺と幼なじみじゃん? 水萌とレンも一応幼なじみになるみたいなんだけど、実は蓮奈とも昔会ってるとかある?」
ここ最近は世界の狭さを知ることが多い。
依も俺とは幼なじみではないはずだけど、レンとは幼なじみになる。
知らないだけで実は幼なじみなんてあるのかもしれないけど、俺達の場合はすごい偶然が重なっている気がする。
だから蓮奈も実は俺でなくても、誰かと幼なじみの可能性があるかもしれない。
「多分違うと思うよ。あの頃のお姉ちゃんは今よりかは外に出てたけど、それでも意味もなく公園に行くことなんてなかったろうし」
「さすがにそうだよな」
「でも僕がまーくんのお話はたくさんしたよ。それがあったからお姉ちゃんも頑張ってまーくんに会おうとしたんだと思う」
紫音が嬉しそうにニコッと笑う。
一体どんな悪口を言ったのか知らないけど、俺のことを聞いて俺と話したがる蓮奈はやっぱり俺と同じで普通ではない側の人間のようだ。
まあ結果的に蓮奈と知り合えたのだから良かったけど。
「絶対に勘違いしてるだろうけどまーくんだからいいや。そういえば叔父さんと叔母さんがまーくんにお礼言いたいって言ってたよ」
「なぜに?」
「お姉ちゃんがね『もしかしたら学校行けるかも』って言ったの」
「それでなんで俺にお礼?」
確かに俺は蓮奈を学校に行かせようとしてるけど、それはあくまできっかけに過ぎない。
行くかどうかを決めるのは蓮奈なんだから、蓮奈の決断を俺のおかげみたいに言うのはおかしい。
「まーくんの自虐はいいよ」
「別に自虐してない」
「はいはい。とにかく叔父さんと叔母さんが今度まーくんにお礼したいって。お店が忙しくてまーくんが来る時間は難しいかもだけど、時間を見て来るかもって」
「人見知りにはきついイベントだな。まあ頑張るけど」
レンの時はあっちが俺のことを知ってたことと、水萌とレンに対する扱いについてキレてたこともあってなんとかなったけど、今回は完全に知らない相手だ。
紫音にスカートを履かせて紫音にトラウマを与えた罪はあるけど、俺はそれを責められる立場にないので本当に困る。
「まーくんは普通にしてればいいよ」
「それが一番難しいんだっての。ていうかお店が忙しいって紫音は手伝わなくて大丈夫?」
「まーくんは僕が居ない方がいいんだ……」
絶対に言われると思ったけど、そんなことはない。
紫音が居ないと男子禁制、とは言われてないけど、蓮奈の部屋で行われていら女子会が終わるまで一人になる。
それは寂しい。
「演技なのわかってても言われて寂しい?」
「うん……」
「まーくんは独占欲強いからね。大事に思った人は本当に大事にして常に近くに居て欲しいタイプだよね」
紫音が俺の頬をつつきながら楽しそうに言う。
紫音の言う通りで、基本的に人には興味ない俺だけど、興味を持ってしまうと近くに居てくれないと嫌だ。
「俺の方がメンヘラ?」
「でも昔から甘えたではあったよ?」
「紫音に甘えてたの?」
「それなら良かったんだけどね。まあ甘えてるって言うよりかは拠り所にしてる感じだったけど」
俺の意外な一面を知れた。
まさか俺は昔から一人が駄目だったとは。
「だけど俺が拠り所にしてたのって誰?」
「えっと……」
紫音が目をキョロキョロさせてあからさまに動揺している。
それで誰かわかった。
「そういうことね。別に気にしないでいいよ」
「ごめんなさい……」
「謝る必要ないでしょ。でも言われて気づいたけど、確かにそうかも」
正直昔の俺のことは全然覚えてないけど、俺が小さい頃に心を許していたのが誰かぐらいはわかる。
「そういえば父さんとも行ってたんだもんな」
「……うん。まーくんのお父さんね、僕が一緒に居るの見てすごい驚いてたよ」
「そりゃそうでしょ。俺って多分昔から自分の話とかしなかったから」
母さんが水萌を見た時に驚いていたように、俺は友達がいるということを話さない。
正確には会わないから話す時間がない。
まあ会ってもわざわざ話すことはしないけど。
「実際俺って友達いなかったし」
「でもさ、まーくんが公園に居たのって一人が嫌だったからじゃないの?」
「そうなの?」
正直わからないけど、しっくりはくる。
俺は一人で居ることになんともないと心では常に思っているけど、実際は一人で居ると寂しくて仕方ない。
これは水萌達と出会ったからだと思っていたけど、もしかしたら俺は一人がずっと嫌だったのかもしれない。
家だと絶対に一人だから公園で無意味に時間を潰して、学校では『一人がいい』と気持ち的には思っていたけど、本当は紫音のような誰かに見つけて欲しかったのかもしれない。
「紫音のスカートに感謝」
「まーくんってそういうところだけ人見知りするよね」
「俺は人見知りだから」
「あれだね、自分から話しかけるのは苦手だけど、話さなきゃいけない時は普通に話せるタイプ」
「俺はずっとそう言ってるけどな」
だけど誰一人として信じてくれない。
俺だって男子がスカートを履いていなかったら話しかけていない。
正確には話しかけられていない。
「どうしよう、スカートに感謝したい僕がいる」
「いつでも履いていいから」
「履かないもん。あ、でもまーくんも一緒に履いてくれるならいいよ」
紫音が満面の笑みで恐ろしいことを言い出す。
あれは可愛い紫音が履くからいいのであって、俺みたいな奴が履いたらただの変態だ。
「まーくんはね、女の子になっても良いと思う」
「どういう意味だよ」
「今度依ちゃんに頼んでメイクしてもらおうよ」
「嫌だけど?」
「よし、じゃあ僕の誕生日はまーくんの可愛い姿がプレゼントね」
紫音が話を聞いてくれない。
百歩譲って女装はいい。
紫音にもやらせているのだから紫音に言われて断れるわけはないから。
だけど俺では可愛くはなれない。
だから紫音へのプレゼントが成立しない。
「依に全投げすればなんとかなるのか?」
「まーくんはなんでも前向きに検討してくれるから好き」
「紫音もいてくれたんだから俺が断るのはおかしいだろ」
「そういうところだよ」
なぜか紫音に頭を撫でられた。
よくわからないけど抵抗せずに受け入れる。
「楽しみにしてるね」
「善処する」
「知ってるよ、それってやってくれる方の善処でしょ?」
紫音の笑顔が俺の逃げを許さない。
まあ元から逃げるつもりはないけど。
「期待はするなよ?」
「すっごい期待する」
「盛大に裏切ってやろ」
「依ちゃんの本気はすごいよ」
それを言われると困る。
依のメイクの腕は知らないけど、依の『本気』は怖い。
依はなぜだかなんでもできる気がしてならないから。
「早く誕生日来ないかなー」
「楽しそうでなによりなんだけど、俺は逃げないで受け入れたんだから紫音もそろそろ俺から逃げた理由を話して」
「希望が絶望に変わった瞬間でした……」
ちょっとなに行ってるのかわからないけど、その話をすると言ったのは紫音なのだから逃がさない。
あの時のように。
「話すよ。理由としては普通なんだけどね」
「俺の寂しさとかどうでもいいよな」
「まーくんって相手の心を抉る言い方好きだよね」
紫音が一つため息をついて話し出す。