スイッチの切り替わり
「蓮奈さん」
「な、なにかな、桐崎君」
「そろそろ毛布から出ません?」
みんなの気遣いのおかげで人見知りの蓮奈さんの為に二人っきりにはなれたけど、蓮奈さんは変わらず毛布の塊だ。
せめて顔だけでも出してくれればいいのだけど、恥ずかしいのかそれもしてくれない。
「桐崎君のえっち」
「今までで一番理不尽かもしれない。服着てないとかなら一回出てくので」
「さ、さすがに今は着てるよ?」
何か気になる言い方だった気がするけど、とりあえず服を着てるのなら毛布を脱いで欲しい。
「まさかいつだか流行った着る毛布ってやつですか?」
「ちゃ、ちゃんとお洋服着てるから!」
「まあそんなに見られたくないならいいですけど」
これ以上は意味が無いと諦めて本題に入ることにした。
ちょっと残念だが。
「そんなに見たい?」
「見たいと言うか、なんか俺が毛布と話してるみたいじゃないですか?」
「やっぱり気にするよね」
「正直特には気になりませんけど」
「どっちなのさ……」
俺としては蓮奈さんが嫌なら無理やり毛布を脱がすつもりはない。
だけどせっかくなら蓮奈さんの顔を見て話したいだけだ。
可愛いから。
「なんか変態みたい」
「え?」
「独り言です。別に蓮奈さんが嫌なら大丈夫ですよ」
「うーん、でも確かに私がお話しようって呼んだのにこれは失礼なんだよなぁ」
自覚があったことに驚いた。
俺みたいな他称エセ人見知りとは違って、蓮奈さんみたいな本物の人見知りの人は常識を持ち合わせているようだ。
「よし、しおくんを信じてみよう。もしもの時は桐崎君の彼女さんを呼んで桐崎君に襲われたって言えばいいんだし」
「言えますか?」
「……やっぱりやめようかな」
「大丈夫ですよ。俺も協力しますから」
俺が蓮奈さんに何かをしたのならレンに素直に伝える。
それでたとえ俺の立場が悪くなるのだとしても、それで蓮奈さんが悲しむのなら躊躇うことはしない。
「なんか桐崎君が好かれる理由がわかったかも」
「そうですか?」
「確かに鈍感系主人公だ」
蓮奈さんが(多分)笑った。
そして小さく「よし」と言ってから毛布から顔を出し、そのまま毛布から出てきた。
「え、えっと、どうですか?」
「……」
蓮奈さんがモジモジしながら俺に感想を求めるが、俺はとあるところが気になって仕方ない。
ちなみに蓮奈さんの格好は学校のジャージ姿で、多分中学のものだ。
「……桐崎君も男の子なんだね」
「はい?」
「期待した私が馬鹿だった……」
蓮奈さんが落ち込んだ、呆れた? とにかく悲しそうな表情で毛布を手に取って体に巻いていく。
「あ、すいません。感想でしたよね、似合ってます」
「別にいいよ。しかもジャージ姿で似合ってるって『芋女』ってこと?」
「芋女がどういう意味かよくわかってませんけど、友達曰く、可愛い人は何着ても似合うらしいので」
前に依がそんなことを言っていた。
俺の周りの女子はパーカーしか着ないからよくわからないけど、確かに依は毎回似合っている服しか着ていない。
依は「うちの場合は似合う服を選んで着てるから関係ないからね」と言っていたけど。
「でも、私の胸に視線いってたよね?」
「胸? あぁ、名前のところが『花宮 蓮奈』って書いてあったので、花宮で名字が被ったのかなって」
学校のジャージには名字が書いてあるものだけど、同じ名字が同学年にいると名前も書かれることがあるらしい。
だから『花宮』という珍しい名字で被ったのかと気になって凝視してしまった。
「確かに同じ名字の人はいたよ。だけど本当に胸じゃなくて名前見てた?」
「そうですよ? というか恥ずかしくて見れないですから」
「……実験」
蓮奈さんはそう言って毛布から出てくる。
そして人差し指を俺に向けて、その人差し指を自分の方に持っていく。
俺はなんとなくそれを目で追っていくが、人差し指の行き先に気づいて顔を逸らす。
「見られて嫌だった反応でしたよね?」
「うん、だから実験。正直に言うとさっきの視線にいやらしい感じはなかったから胸じゃないところ見てるのはわかってたし」
「なら実験の必要ないじゃないですか」
「いやいや、もしかしたら桐崎君がポーカーフェイス過ぎて私がわからなかっただけの可能性があったじゃない? だけど今の可愛い反応見たら納得した」
何を納得したのか聞きたいけど、聞いたらいじられる気がしたから聞けない。
とりあえず信じてもらえたと思うことにした。
「ちなみに納得したのは、桐崎君がチェリー君だってことね」
「聞いてないですから。というかさっきから近づいてません?」
なんとなく怖くて蓮奈さんに目を向けられないでいると、蓮奈さんが擦り寄ってくる音が聞こえてきた。
なので俺も少しずつ後ろに引いて行く。
「別に怖くないから逃げないでよー」
「なんかさっかからキャラ変わってますよね?」
「そんなことないよー。むしろこっちが素だから」
「さっきまでの可愛かった蓮奈さんはどこに行ったんですか」
「まるで今の私が可愛くないみたいに。ちなみに可愛い私はスイッチが切り替わったからおねんねしてる」
「言い回しは可愛いのがむかつく。ていうか自分で認めてるし」
「そんなこと言ってこういうシチュ好きでしょ? 男の子だし」
「俺は普通の男子とはちが──」
いずれ来るとは思ってたけど、ついに来てしまった。
逃げる限界が。
「壁に着いちゃったね」
「壁じゃなくて扉ですけど」
「あはっ、余裕あるフリしてるけどどうするの? スイッチ入った私は止まらないよ?」
「や、やめろ、大声出すぞ」
「そういうのは女の子が言うはずなんだけど。だけど大声出すって言うならそのお口塞いじゃうよ? 多分初めてもまだだろうけど、いいの?」
勝手に決め付けられてるけど、実際そうだから何も言い返せない。
こんなことならレンを襲っておくべきだった。
まあだからって蓮奈さんに口を塞がれていい理由にはならないけど。
「別に私だって鬼じゃないんだから彼女持ちの子に変なことはしないよ。ただぁ、可愛い後輩をいじめて背徳感に溺れたいだけぇ」
「それってスイッチ変わったらどうなります?」
「あはっ、痛いところをつくね。全部覚えてるから一週間は毛布の塊になるよ」
「それがわかっててなんでやるんですか」
「そこに可愛い子がいるから」
哲学なのかな?
意味がわからないけど、俺が水萌達をからかうのと同じ心境なのだろうか。
それなら俺に逆らう権利は無いのかもしれないけど。
そんなことを考えていると、蓮奈さんがすぐ真隣に迫っていた。
「つーかまえた」
蓮奈さんはそう言って俺の背中にぬるっと腕を回し込んだ。
さっき一瞬見てしまったけど、蓮奈さんの胸は……
「どう? 推定『E』の破壊力は」
「……」
「むしぃ? ねぇー、どーよー」
蓮奈さんが押し付けるようのぐいぐいくる。
ちょっと本気でやめて欲しい。
「むぅ、仕方ない。そこまで頑ななら無視できないようにしてやろう」
なんだかすごい嫌な予感がする。
助けを呼ぼうにも、呼んだら助けが来る前に俺が何かされるだろうし、それに俺が扉を塞いでいるから開けない。
そして俺の考えがまとまるのを蓮奈さんが待ってくれるわけもなく。
「ねぇ、隣に彼女が居るのにこういうことして罪悪感湧かない?」
蓮奈さんが耳元で優しく囁く。
頭がおかしくなってきた。
「あはっ、耳真っ赤。仕方ないからそろそろ許してあげようか。未来の私の為にも」
どうやらやっとこの拷問が終わるようだ。
だけどなぜだろうか、このまま終わるのは釈然としない。
だからなのか、俺の頭の中で『カチッ』と音が聞こえたのは。
「さてさて、ちゃんとお話を──」
「人で散々遊んどいて何も無しだとでも?」
「え?」
その先は何も覚えていない。
気づいた時には顔を火照らせた蓮奈さんが床に倒れていた。
思い出したらやばい気がしたので俺は蓮奈さんが目覚めるまで毛布を枕にして待つことにした。