お姉さんの事情
「ごめんねまーくん。呼んだのに待たせちゃって」
「別に大丈夫だけど、何かあったの?」
「口止めされてるから言えないけど、色々とね……」
花宮に言われて花宮の従姉妹であるお姉さんの部屋の前まで来たのはいいけど、花宮が確認の為に部屋に入ったら五分ぐらい待たされた。
花宮の疲れたような表情を見るに、どうやらお姉さんは厄介な相手に思える。
「お姉ちゃんってちょっとめんど……じゃなくて、勘違いの多い人だけど悪い人ではないから嫌いにならないで欲しいんだ」
「嫌いにはならないと思うけど、そんなになの?」
「多分びっくりするよ。いや、まーくんならしないか。それどころか……」
花宮がそこまで言うと首を振ってやめる。
何かを俺に期待しているような顔に見えたけど、俺なんかにできることなんてたかが知れてるのだから期待はしないで欲しい。
「まーくんだし、なんとかなっちゃうんだよね」
「どういう意味だよ」
「なんでもなーい。それよりも入って。お姉ちゃんの気が……もう変わってるだろうけど入っちゃえばお姉ちゃんも逃げられないし」
確か俺はお姉さんに怒られに来たはずなのに、いつの間にかお姉さんが俺から逃げようとしていることになっている。
なんだか別の意味で不安になってきた。
「とにかく行ってらっしゃい。僕はまーくんのシュークリームを守ってるから」
「もう食べられてるかもだけど」
俺が花宮に連れ出されて行く時に水萌が俺のシュークリームをジッと眺めていた。
何も言ってなかったけど、その場の全員が察した。
「たくさん食べる女の子って可愛いよね」
「水萌は可愛いけど、他は見たことないからわからない」
「だろうね。とにかくまーくんは頑張って。僕は頑張って水萌ちゃんからシュークリームを守るから」
「わかった。花宮も頑張れ」
シュークリームを守るのを頑張れとは意味がわからないけど、花宮は別のことで頑張らなければいけないだろうからそういった意味でも頑張って欲しい。
「いくら二人が可愛いからって恥ずかしがるなよ。花宮は恥ずかしがると可愛いんだから」
「まーくんのばか!」
花宮が顔を赤くして叫ぶと怒ったように帰って行った。
と言っても花宮とお姉さんの部屋は隣同士だけど。
「後で水萌とレンに怒られそ。まあそれはそれでいいか」
そんなことを考えながらお姉さんの部屋のドアノブに手をかける。
そして少し怖くなった。
「水萌を怒らせると俺が本気で困ることするじゃん……」
俺は軽い絶望をしながらドアノブを回す。
そしてお姉さんの部屋に入ると、そこには誰も居なかった。
まあ人が隠れてそうな毛布の塊が部屋の真ん中にあるけど。
「なるほど。不思議ちゃんか」
「そ、それは違うかと……あ、話せた」
毛布の塊の中からとても可愛らしい声が聞こえたきた。
こういうのを確か……
「アニメ声って言うんだっけ?」
「……」
どうやら地雷を踏んだらしい。
毛布の塊がどんどん小さくなっていく。
「落ち込むところなのか。俺は可愛くて好きなんだけど」
俺は結構人とズレてるところがあるから、他人と感性が一緒なんて思わない方が良かった。
俺は好きでも、本人からしたらコンプレックスなことだってあるのだから。
「すいません。配慮が足りませんでした」
「……へ、変じゃないですか?」
お姉さん(?) が怯えたように聞いてくる。
「変ではないですよ? 少なくとも俺はその声、可愛くて好きですから」
確かにめったに聞かない声だけど、だからって変とは思わない。
ただ可愛くて好きな声だ。
「レンと初めて会った時も思ったけど、俺って声フェチなのか?」
「……しおくんと言った通りだ」
「しおくん……花宮か」
一体どんなことを吹き込んだのか。
内容によっては後で依と密室に二人っきりの刑を与えないといけない。
「え、えっと、しおくんが『まーくん』としか呼ばないからお名前知らないんだけど、聞いてもいいですか?」
「そういえば自己紹介がまだでした。俺は桐崎 舞翔って言います。花宮、紫音とは幼なじみ? になります」
一瞬俺と花宮の関係をなんて表すか迷ったけど、幼なじみにしてみた。
友達でも良かったけど、幼なじみの方が仲の良さをアピールできそうだったから。
「桐崎君ね。じゃ、じゃあ次は私……。よし、私は花宮 蓮奈です。末永くよろしくお願い……じゃない、えっと、あの、すいませんでした……」
蓮奈さんが毛布にくるまれたまま更に小さくなる。
器用なものだ。
「あの、ところで俺はなんで呼ばれたんでしょうか」
俺が蓮奈さんに呼ばれたのは蓮奈さんが俺を怒る為だ。
この数分話した漢感じからして蓮奈さんが人を怒れる性格には見えない。
花宮が俺を脅す理由で言った可能性もあるけど、蓮奈さんが俺に用があったのは確かなはずだ。
「そ、そうだった。し、しおくんに変なこと吹き込んだらだめなの!」
蓮奈さんがやっと毛布の中から顔だけを出した。
興奮してるようで顔が少し赤いが、率直な感想を言うと、すごい可愛らしい顔立ちをしていた。
それはそれとして。
「変なこと……すいません、身に覚えがありすぎてどれかわかりません」
「し、しおくんに聞かれたの。『お料理のダークマターって何?』って」
「あぁ……」
そういえばお姉さんに聞くとか言っていた。
「そ、それと……」
「プレイですか?」
「それ!」
蓮奈さんが毛布にくるまりながら俺に顔を近づけてきた。
だけど毛布のせいで足がもつれたのか体勢を崩してしまった。
なので蓮奈さんが倒れないように抱きしめて受け止める。
「危ないですよ」
「ご、ごめんな……」
「蓮奈さん?」
蓮奈さんが固まってしまった。
なんだか嫌な予感がするのは俺だけだろうか。
「蓮奈さん、気絶するのはいいですけどせめて──」
「ぷしゅー」
「水萌以外でそれ言う人いるとは思わなかった」
蓮奈さんは顔を真っ赤にして多分気絶した。
そしていきなり全体重がかかった俺は体勢が悪かったのもあり音を立てて倒れてしまった。
幸い蓮奈さんも俺も頭は打ってないから良かったけど、多分隣で壁に耳ありをしてる人には聞こえた。
「ほんとにどこで聞かれてるかわからないからな」
もう間に合わないので俺は全てを諦めて全てを天命に任せることにした。
そう考えるのと、部屋の扉が開くのはほとんど同時だった。




