夏休みの一日
「ねぇサキ」
「なに?」
「呼んでみただけー」
いつも通り水萌と一緒にうちに来ているレンがいきなり俺の袖を引っ張ってきたから何かと思ったら、心臓に悪いことをしてきた。
これは抱きしめてもいいのだよな?
「ちょっとやってみたかっただけだから早まるな」
「誘ったのはレンだけど?」
「オレも色々と頑張ってんだよ。この前のサキの生誕祭だっけ? あの時オレが一番恋人っぽくなかったから」
そんなことはないと思う。
水萌には笑顔を見せて、依とは終始くだらない話をしていたり、花宮とは……まあとにかく、それぐらいで恋人らしいことなんてそもそもしていない。
「オレもさ、ちゃんとサキの恋人として頑張らないと呆気なくサキを取られるかもしれないから」
「だから──」
「サキがどうこうじゃなくて、オレが耐えられなくなるかもって話。オレはサキの幸せを奪いたいわけじゃないから、サキがオレ以外の人と一緒の方が幸せになれるなら身を引くよ」
レンの顔に嘘はない。
つまりレンが俺と誰かがお似合いだと思ったら本当に身を引く。
俺の気持ちは無視して。
「そんな落ち込むなっての。オレだってせっかく手に入れたこの地位を簡単に捨てるつもりはないから」
「ほんと?」
「いきなり可愛くなるな。それよりも、だから頑張ってるんだよ」
「可愛いの提供を?」
「言い方がなんかあれだけど、そうだよ」
レンが少しだけ頬を赤く染めてそっぽを向く。
やっぱり抱きしめてしまおうか。
そう思うけど、できない理由がある。
「水萌からの圧がやばい」
「まあ約束したからな。水萌は宿題が終わるまで喋るのもサキに触れるのも禁止。水萌の宿題が終わるまでオレ達も喋るだけしか駄目って」
今日はコツコツやっていた宿題の詰めだ。
と言っても終わってないのは水萌だけなので俺とレンは水萌の宿題が終わるのを待っている。
そして約束はどちらかが破れば守る必要がないことになっているから水萌は喋るに喋れない。
「レンを抱きしめられないんだよな」
「水萌の宿題が終わったら一番に褒めてやれよ」
「レンのそういうとこ好き」
「ポイント稼ぎだから。勘違いすんな」
レンの耳が赤くなる。
これは一種の拷問なのだろうか。
「終わった! イチャイチャ終了!」
水萌がそう言って一目散に俺の腕に抱きついてきた。
「イチャついてねぇだろ」
「ふんだ。あれぐらいじゃイチャイチャじゃないって言う恋火ちゃんなんて知らないもん」
「お前にだけは言われたくねぇ」
ふくれっ面をする水萌にレンがジト目を向ける。
さすがは仲良し姉妹だ。
「サキ」
「なんだ?」
「オレ達のやり取り見て『仲良し』とか思ったろ」
「さすがエスパー」
「サキがわかりやすすぎるだけだっての。基本は無意識だからわかりにくいけど」
それは結局どっちなのか。
「まあいいや。夏休みも後二週間ぐらいで終わるけど、何かする?」
「何かって?」
「オレ達が夏休みにしたことってさ、うちに来たのと、サキの父さんのお墓参り、それとサキの誕生日を祝うきとじゃん? 一応オレ達って高校生だから夏っぽいことでもするかなって」
そういえば夏休みが始まった頃にもそんな話をしたような気がする。
確かに夏休みと言えば友達とプールや海に行ったり、お祭りなんかもある。
だけどなぜだろうか、俺はそのどれもやりたいとは思わない。
「根がインドアなんだよな」
「私もお外行くくらいなら舞翔くんのお部屋に居たい」
「提案したけどオレも人混み嫌い」
「なら提案するなよ。俺達って似た者同士なんだから」
俺達はわざわざどこかに行って思い出を作るよりも、いつも通り冷房の効いた部屋で話してるだけで満足だ。
そもそも人混みなんて行ったら水萌とレンが目立って楽しむどころの話ではない。
「オレはちゃんとフードするから平気だろ」
「私も黒髪で行くし、ちゃんとフード被るよ」
「不審者の集団になるんだよな」
レンは常にフードをしてる理由を俺に伝えてからは、俺と水萌の三人の時はフードを外すようになった。
今も外している。
そして水萌は俺の部屋の中では黒髪ショートだけど、学校では今まで通り金髪で行くようで、誰かに見られてもいいように外を歩く時はウィッグを被っている。
一応うちの学校は髪を染めるのが禁止なのでバレたら怒られるから仕方ない。
「俺としては今の二人と一緒に居たいから外に出たくない」
「サキならそう言うよな。まあ明日は外に出るんだけど」
レンの言う通り明日はみんなで出かける用がある。
と言っても花宮の家にお呼ばれしたのでみんなで行くのだ。
だから水萌の宿題を今日終わらせた。
「なんなんだろうね」
「あれかな、花宮にメイド服着せたのバレたとか」
「だとしてもあれは花宮さんも同意してたらしいし、着せたのはよりだから」
それはそうだけど、元はと言えば俺が見たいと言ったのが原因だから依のせいにはできない。
「まあオレ達も可愛いって思っちゃったからな」
「あれは可愛かった。また着てくれないかな」
「やめとけ、本気で恥ずかしかったみたいだから」
後日に俺は花宮にもう一度着てくれないか聞いてみたけど、顔を真っ赤にして断られた。
あれは特別だから着たのだと。
「また来年のお楽しみだよ」
「サキって結構残酷だよな」
「嫌いになる?」
「別に今更だし。そういうところも含めて好きになっちゃったんだよ」
「ありがと」
俺とレンが見つめ合っていると俺の腕に抱きついている水萌が俺の体を揺さぶってくる。
「なんですか?」
「イチャイチャ禁止なの!」
「してないって」
「してるもん! 恋火ちゃんばっかりずるい!」
「仕方ないだろ、オレはサキの恋人なんだから」
レンがドヤ顔で水萌に言う。
だけど言ってるレンの耳が赤くなっている。
「文月さんから聞いたけど、そういうの『まうんと』って言うんでしょ。そういうことしてると嫌われるって言ってたよ」
「事実を言って嫌われるならオレは嘘しかつけなくなるけど?」
「なにさ! 耳まで真っ赤なくせに!」
「そういうのは『マジレス』って言うんだろ? オレのメンタルが削れるからやめとけ」
いつもの姉妹喧嘩に発展するかと思いきや、普通にレンが負けた。
どうやらさっきので恥ずかしさの限界を超えていたようだ。
「レンってさ、髪伸ばさないの?」
「唐突すぎないか?」
「場を和ませようと」
「思ってないだろ」
確かに思ってない。
単純に思いついたことが口に出ただけだ。
「短いの嫌い?」
「ううん、好き。そうじゃなくてさ、レンってうなじの火傷を隠す為にフード被ってるわけじゃん。だったら髪で隠せないのかなって」
デリケートな話だけど、つい気になって言ってしまった。
レンは前に水萌のフリをして学校に来たことがあるけど、その時はもちろんフードをしてなかったから今更気になってしまった。
レンの顔色を伺っていると、レンはそんな気にした様子もなく口を開く。
「それも考えたけど、正直髪の手入れがめんどくさい。それと体育の時とか見えるかもだし、邪魔だからってまとめられないしで嫌なんだよ」
「そっか。じゃあこれからも俺と水萌の前だけで見せて」
「そこは『俺だけに』って言えよ」
「だってもう水萌も知ってるし。別のことでね」
俺がそう言うとレンの顔がみるみる赤くなっていった。
今の発言に照れるところがあっただろうか。
なぜか水萌からも揺さぶり攻撃がくるし。
よくわからないけど、俺達はいつも通りの夏休みの一日を過ごしたのだった。




