朝焼けの空に勇者は何を見る?
読み切り作品です【全六話】
前編3話:4月7日 後編3話4月14日の予定です
「ねぇ、大きくなったら結婚してくれる?」
「…うん」
そんな子供の約束。大きくなったら忘れて風化するはずのどうでもいい約束。
だけど、それが今も俺の心臓を動かしている。
「でもさ、この世界には【魔王】が居るんだよ? 」
「…それでも――死ねなくなったでしょ?」
俺の問いに彼女は笑いながら答えた。
既に希望はなく、夢は虚ろに消える。人の命は空気よりも軽く、泥よりも汚い。
それでもこの会話は美しく純粋なものだった。
これは幼い時の記憶。花が咲いた原っぱで二人の愛を確かめた記憶。
そのあと彼女の手に触れて、冷たかったのを覚えている。
あの時、俺の顔は笑っていただろうか? ひきつって居なかっただろうか?
だが、運命は進み始め、時は戻らず、全てを灰にするために厄災を投げつける。
「この国を収めていた【勇者】が死んだ!」
「逃げろ! 魔族が押し寄せてくるぞ!!」
燃えている。滅びている。今の俺の目に映るのは、今にも瓦解する国。カーテンコールが終わり、全てを解体される時だった。
手が震える。偶然山で鍛錬していた俺は、そのまま国に降りる。手遅れなど分かっている。だが、せめて約束のあの子を救いたかった。
走る。無我夢中に、一心不乱に、心を乱すもの全てを見て見ぬふりをしてあの子の場所まで走る、
「助けて」と、腕を出す女性を見ない振りをして。
「死にたくない」と、妹を抱えて座り込んでいる兄を後目にして。
「嫌だ死にたくない!」と、今にも魔族に殺されそうな男を囮にして、俺は走った。
雨が降る。火が消えて黒炎だけが空を覆い尽くす。叫び声、怒りの声等が何も聞こえない中、雨の音と自分の歩く音だけを聴きながら【その場所】まで歩く。
「……エリーナ?」
――焼けこげた家だ。崩れ木材の山となった廃材の上を歩く。ギシギシと木は音を鳴らし、家の下でくすぶっている火は俺の足を少し熱くする。
家の上にその子はいた。おおきな木の下敷きになり、何も言わずただ血を吐く人形になっていた。
俺の息が荒くなる。震える手を抑えて彼女の手を握る。冷たい人形を触っているかのような、そんな感触。
「アァァァ…」
声を出す度に彼女との思い出が蘇る。
「いつか結婚しよう」と言っていた彼女。「花屋をやりたい」と言っていた彼女。「この国が好きだ」と言っていた彼女。
――そして、何も言わず目を閉じた……彼女。
「アァァァ!!!!!!」
叫ぶ。何も変わらない。むしろ敵に位置を教えるだけだ。だがもう心配入らない。魔族は国の人間を俺以外皆殺しにして撤退していた。
仇なんて打てない。だからこそ俺は泣くしか無かった。
「間に合わなかったか」
後ろで砂をふむ音がする。後ろを擦りむく。男だ。黒髪で鎧を着た男。俺はその男を知っている。知らないはずが無い。何故なら――
「世界最強の…勇者」
「そうだな。そう呼ばれている。だが――このザマか。…国を仲間と一回りしてきた。酷な事だが、生きているのは君だけだ」
「…それを言いに来たんですか?」
「違う」と勇者はこちらに歩く。雨が強くなる。まるで俺と勇者の心を表すように、風が吹き荒れ、雷鳴がなる。
「――っ! どうしてもっと早く来なかったんですか!!」
違う。俺は何を言っている? 分かっているはずだ。勇者だって。
「すまない。情報が送れた。こちらも最速で来たんだがな。…いい訳にもならないな。クソッタレ」
近くにあった木材を投げつける。水溜まりに落ち、勇者の服が汚れる。だが勇者は以前こちらしか見ていない。
それが嫌だった。その目が――その余裕が嫌いだった。
「あなたがもっと早く来れば、俺の家族は死ななかった!」
「そうだ」
「この子も死ななかった!」
「そうだ」
「あなたが国を滅ぼしたんだ!!」
「……そうだ」
分かっている。本当は全部わかっている。だって、勇者の右手は今にも血が出そうなぐらい血で滲み、唇からは噛み切れたあとがある。
勇者も救いたくなかったんじゃない。今にも憤怒の炎で焼き切れそうなほどの怒っていた事に。
「…帰って下さい。ここにはだれも生きていないんです」
「君がいる。俺は君を助けに来た」
「いりません。直ぐに死にますから」
「そうか――じゃあ俺からもひとつ聞こう。お前は【何をしていた】んだ?」
「…え?」
勇者が俺の首を掴む。片手で首を締め付けられ、息が辛くなる。そのまま上に挙げられ足すらつかなくなる。
勇者の目は鋭くなり、こちらを敵視している。何故?
「なぜお前は彼女を守らなかった? 何故お前が生きている? 守れなかったか? 歳のせいか? 子供だからか?
違う。【お前は何もしなかった】んだ。何も出来なかった。何も守れなかった! お前が強ければ彼女は死ななかった!」
正論で何も言えない。俺は憤りをただ勇者にぶつけていただけ。
勇者が俺をほおり投げる。そのまま地面に落ち、泥水で体が濡れる。ゲボっと声を出す間もなく、勇者の蹴りが入る。
「『死にますから』だと? ふざけるな。お前が天国にでも行けると? お前はどこにも行けない。ただ地面に這い蹲るしか出来ないんだ!!」
「…じゃあ! どうすれば良かった!!」
近くに落ちていた剣を拾い、勇者に襲いかかる。勇者も剣を抜き応戦する。
二つの剣は雨粒を切り、風を切りながら、虚空に高い音を奏でてぶつかり続ける。
「――俺はどうすればよかった! 彼女を守れなかった! ただ明日を夢みていただけなのに! なのに――」
「強くなれ!!」
俺の剣が弾き飛ばされる。手に痺れだけを残して、剣は遠くの地面に突き刺さる。
虚ろの目をする俺を直視して勇者は続ける。
「――生きろ。死ぬことは許さん。黄泉にいる人間はお前が無傷でそちらに行くことを許さない。
守れ。胸を張って、死ねるまで戦い続けろ。それが【勇者】の役割だ」
「…勇者?」
勇者は俺の胸を指す。そこには光り輝く剣の模様が焼き付いていた。本で読んだ事がある。これは――
「それは勇者の証。お前は選ばれたんだ。次の勇者に。運命がお前を選択したんだ」
勇者は剣を収める。雨がやみ、光が雲から漏れだしていく。髪から水が垂れるのすら、気にせず俺は勇者を見ていた。
だが、勇者はそのまま振り返る。
「ついてくるか?」
「え?」
「お前が今戦っても死ぬだけだ。来い、少しだけ教えてやる。この世界での生き方、魔物の殺し方、魔王とは何か、勇者とは何なのかを」
勇者との距離が離れていく。振り返る気は無いらしい。
「待って!」と俺はついて行く。少し、彼女の死体を見る。下からだと見えないが、いつか胸を張って会いに行けるかな?
「行けるさ」
「…え?」
「あー、なんでもねぇ。行くぞ。【別れは済ましたんだろ?】」
「…はい。あのお名前は?」
「は? 知ってんだろ?」
「――すいません。文字がまだあんまり読めなくて」
「あー、【イスカ】勇者イスカだ。お前は?」
「…アロンです」
そして俺の勇者の生活が始まった。最強の勇者に鍛えられながら、全てに勝つために、すべてを取り戻すために。
平和を取り戻して、世界中から泣かれて、胸を張って死ねるように。
そしてここからの物語は、勇者との特訓五年を終えて、二年経った17歳からの物語になる。
「…うん。金が無い。どうしよう」
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そうすると勇者のやる気が上がります。