港区女子のキラキラしてない異世界ライフ~異世界転移したけど、思ってたのと違うんですけど~
「リカちゃんってホントにかわいいね。マジでリアルリカちゃん人形って感じじゃん」
「ええー、ありがとうございますぅー。うれしいです」
ああー、今日の飲み会、ハズレだわー。結婚する気なんてさらさらない男ばっかじゃん。リカは心の中でグチりながら、適当に笑顔で返す。
ていうかさ、かわいいのは当たり前なのよ。美容にかけてる時間とお金、言ったら絶対この人ドン引きすると思う。
朝早く起きてヨガ、ジョギング、シャワー。体全体にお高い美容クリームを塗り、顔にパックしながら朝食。朝食はヨーグルトと一握りのナッツのみ。コーヒーやお茶は歯に色がつくから飲まない。白湯のみ。
「腹八分目なんて、甘いのよ。腹三分目でも食べすぎ」
お腹は常に減っている。それぐらいでなければ、モデル体型を維持できない。
日本は、若くてキレイな女子に甘い。若さを失う前に、勝負をかけて、ハイスぺ男子をつかまえなければ。そうでなければ、詰む。会社の先輩女性を見ていれば分かる。日本は、若くない女性にひどいから。そして、子持ち女性は兼業だと瀕死になる。
新年度始まって早々に有休を使い果たし、青ざめる諸先輩方を何人見たことか。子どもがあんなにしょっちゅう熱を出すなんて知らなかった。先輩たち、保育園から電話がかかったら、みんなに謝りまくって早退するもの。
リカは早々に悟った。若いうちにハイスぺ男子と結婚し、すぐ出産。産休をめいいっぱい活用し、お金と実家の力を使って育児を乗り切る。そして、二十代のうちにふたり産めればよし。
「髪振り乱して育児にかかり切りじゃあ、浮気されてしまうもの。いつもキレイでいないと。でも、そんなの無理ゲーすぎるのよね」
夫が浮気しないように見張りながら、育児もこなす。仕事は辞めない。いざ、若い女に鞍替えされたら、職がなければおしまい。幸い、リカの会社には子持ちの女性役員がいて、働く母親に優しい制度を整えてくれた。だから、がんばって早いとこ相手を見つけて若いうちに産んでしまいたい。
「あーあー、人生ってとんだサバイバルゲームだわ。女ってたいへん」
「なになに、リカちゃんってみかけによらず、サバゲー好きなの? そういう意外性、刺さる。ギャップ萌えってやつ?」
あっぶない。ひとりごとが漏れ出てたみたい。気をつけなきゃ。リカは時間がもったいないので、帰ることにした。夜更かしは肌によくない。一緒に暮らしていける未来の見えないチャラ男に、笑顔の無駄遣いをしている場合ではないのだ。
「私、そろそろ失礼します。家でネコが待ってるので」
ネコなんて飼ってないけど。こう言えば角が立たずに飲み会から抜けられる。追いすがるチャラ男をうまくかわし、リカは駅に向かった。タクシー代はもらわなかった。まだ電車のある時間だもの。こういうところで、ガメツサを出すよりは、堅実で欲しがらないアピールをしておく方が、今後のためにいい。
「あーあー、今日も収穫なしかー」
駅のホームで電車を待ちながら、リカはこっそりハイヒールから片足を抜いて足先を曲げたり伸ばしたりする。ハイヒールとキレイめワンピは、港区女子の戦闘服。でもピンヒールはつま先が痛いし、体にぴったりそったワンピースは常に腹ペコじゃないと似合わない。
「こんなしんどい思いしてまで飲み会行ってるんだから、早く王子様と出会いたい。今年中に出会って結婚まで持ち込まないと、三十までに子どもふたりは難しくなっちゃう」
チクタクチクタク。女子にはタイムリミットがあるのだ。二十五までが一番高く売れる。そして、妊娠の確率や体力勝負の育児を考えると、三十までには産み終わりたい。
リカは今年がクリスマスイヤー。二十四歳。二十四日を過ぎるとクリスマスケーキが半額になるように、二十五になるとハイスぺ男子からのチヤホヤは目に見えて激減する。そもそも、飲み会に呼ばれなくなる。
入社してすぐ、女性の先輩社員から的確なアドバイスをもらった。先輩は部署紹介のオリエンをテキパキしたあと、ブラック話をぶちまけてくれたのだ。
「女性社員の皆さん。ぶっちゃけて残酷なことを言います。新入社員のときは、男性社員からチヤホヤされ、下駄を履かされます。成果を出しやすい仕事を回してもらったり、至れり尽くせりフォローされたり」
それの何が残酷なんだろう。当たり前だし、ありがたいじゃないの。リカは首を傾げた。
「二年目にはチヤホヤ度合いが下がります。男性は次の新入社員に夢中になります。いいですか、女性社員は新作落ちしていきます。旧作、つまり私ぐらいの社歴になったら、空気みたいな扱いをされます」
リカは背筋が寒くなった。だって、その先輩、まだ三十前だもの。え、早くない? 二十代で旧作扱いになるの?
「チヤホヤされても舞い上がらず、地道に働いて仕事をきっちり覚えなさい。そうすれば、生き残れます。ああ、男性社員はそういうのないから。安心して」
ハハハ、同期の男子が乾いた笑いを漏らす。リカは同期の女子たちと視線を交わした。みんな、顔が引きつっている。
新作のうちに、仕事も覚え、結婚相手も見つける。難題だ。
電車の音が聞こえたので、リカは慌ててハイヒールを履こうとした。勢いあまって蹴ってしまい、ハイヒールがホームを転がり線路に向かっていく。
「ああー、私のラブタンがー」
高かったのだ。ボーナスで無理して買ったのだ。赤い靴底がセクシーで気分が上がる、リカの宝物。リカは身を乗り出しハイヒールをつかもうとする。そして──。
***
抜けるような青空。青汁がいくらでも作れそうな野原。カラフルな髪の少年少女たち。リカは目を覚まし、自分を見下ろす宝石のような瞳の子どもたちに度肝を抜かれた。
「えっ、なに? 誰? ここはどこ?」
「おねーさん、空から落ちてきたよ。すっごいね。神様の使い?」
「異世界、きたー」
リカの叫び声が野原に響き、子どもたちは耳をふさいだ。
「やっば、きたこれ。逆ハーか王子様か、迷うー。やっぱり白馬の王子様かな。リカにとってのケンを探さないと」
日本への未練はとりあえず彼方に放り投げる。せっかくの異世界、楽しまねば。港区で鍛えたモテテクで、異世界男子のハートをわしづかみー。リカは意気揚々と立ち上がり、そしてこけた。
「いたっ。あ、私のラブタンー」
片方が、ない。拾えなかったらしい。片足だけのラブタン、意味なし。リカはガックリとうなだれ、草で顔がかゆくなった。
「おねーさん、町長さんのところにいこう。よそから来た人は、町長さんに会わなきゃいけないんだ」
リカは子どもたちに促され、立ち上がった。ハイヒールは脱ぎ、裸足でそろそろ歩く。小石が当たって痛いけど、歩けないことはなさそう。野原を抜けるとポツポツと家が見えてくる。赤ずきんのおばあさんの家みたいな小さな家たち。
町長の家もメルヘンチックな家だった。木と石でできて、屋根が三角のあれだ。
「町長さん、お空からおねーさんが降ってきましたー」
「連れてきましたー」
子どもたちが口々に叫んで報告する。通りを歩いている人に見られて、リカは赤面した。
係長っぽい町長が、慌てながらなにやらマニュアルのような紙を棚から出す。
「まさか、こんな小さな町にねえ。驚きました。ええっと、住民登録しますので、質問に答えてくださいね。ええっと、言葉は分かりますね? 文字は読めますか?」
言語チートがあるようで、言葉は大丈夫っぽい。リカは、コクリとうなずいた。
「魔力があるか調べましょう。はい、この水晶玉に手を当ててください」
きた、きたきた。これー、きっとすっごい魔力があるあれー。リカは興奮で身震いしながら、水晶玉に手を当てる。ヒヤッとした感触を楽しみながら、町長が歓声を上げるのを今か今かと待つ。
「ああ、魔力はありませんね。残念です。聖女様かと思いましたが、違いました」
ずこー。リカはずっこけそうになる。魔力、ないんかい。そんなあ。
「それでは、タダビトということで。えー、それでは、名前と年齢をお願いします」
「リカです。二十四歳です」
「わー、おねーさん、母ちゃんと同い年だねー」
子どもが後ろから核弾頭を投げてきた。カフッ、リカは吐血しそうになる。
「え、私、あなたのお母さんと同い年なの? え? あなた、いくつ?」
「ぼくねー、はっさい」
ゲホッ、リカは嘔吐しそうになった。十六歳のときの子。そうか、そうよね。こういう世界なら、みんな若くして結婚して出産するわよね。先進国の日本とは違うわよね。
「二十四歳ですか。なるほどなるほど。そうなると、王都で貴族の養女になるというのも、難しいですなあ。二十四歳では、嫁ぎ先がありませんから」
町長が淡々と事務的にリカにとどめを刺す。
「ひっどい」
思わずこぼすと、町長が慌てて手を振る。
「ああ、申し訳ないです。夢見る夢子ちゃんがたくさんいるから、最初に厳しいことを言うようにと、この手引き書に記されてまして」
手引き書とやらの表紙には、『異世界人取り扱い手引き書』と書いてある。誰なの、誰が作ったのよ、これ。え、ということは、転生や転移した人が他にもいるってこと?
「異世界人って多いんですか?」
「この町ではリカさんが初めてです。でも、ウワサはいくつか聞きます」
そして、町長はタラタラとウワサを垂れ流してくれた。
「なぜだか分かりませんが、異世界からいらっしゃると皆さん。とても、なんといいますか、そのう。調子に乗ってしまうんですね」
ためらいながら、ひどいことをズバーッと町長は言い放った。
リカは思い当たる節がありすぎて、下を向く。
「俺に内政をやらせろーと、なんの経験もないのに領主になろうとして、領地をボロボロにしてしまったり」
リカは深々と息を吐いた。
「俺は勇者だから、岩に刺さった剣を抜かせろー。魔王はどこだー。ハーレム作るぜ、ひゃっはーとか」
リカは変な汗が出てきて、そっと額を指で拭った。
「婚約破棄ざまあの悪役令嬢をしにいくから、王都の舞踏会に連れて行ってと言い張ったり」
リカは目をつぶる。ああ、日本に帰りたいなあ。なんなら、あのチャラ男とつきあってもいいぐらい。
「逆ハールートか王子様か、魔王か。どれがいいですかねえって相談されたり」
「同郷の者たちがやらかしたみたいで、大変申し訳ございませんでした」
なんで私が謝らなきゃいけないんだ、と思わなくもなかったが。あまりにいたたまれなくて、リカは地球人を代表して詫びを入れた。空気を読める日本人だもの。
「いえいえ、いいんですよ。リカさんのせいではありませんから。ただ、あまり夢を持たれても、後でガッカリされますから。最初に一発ガーンとかましなさい、と書いてありまして」
誰や、書いたん、誰や。関西人ではないけれど。思わず突っ込むリカであった。
「えーっと、続きましては。リカさんは、ご職業はどのような?」
「女性向け商品を作っている会社で、広報をしていました。ソーシャルネットワークサービスを使って、商品の告知をしたり」
思わず普通に答えてしまって、町長の顔を見て、あっと思った。カタカナ語は通じないよねー。
「商品を売り込むみたいな感じ、ですかね」
「なるほどなるほど。分かりました。では、パン屋の店員か、食堂の給仕などはいかがでしょう?」
「は?」
「え?」
リカと町長はお互い首を傾げ、見つめあう。
「え、あの。働くんですか?」
あれ、王子さまは? おや?
「あのー、王子さまは既に結婚していらっしゃいますし。リカさんでは、そのう。お年をお召し過ぎていらっしゃるかなー」
リカの心の声は、どうやらダダ漏れだったらしい。町長に諭され、リカは思わず叫ぶ。
「神様ー、いったいこれはなんの嫌がらせですか? 私、なんのために転移したんでしょうかー?」
町長はチラッと上を見た後、期待のこもった目でリカを見つめる。
「神様は、なんと?」
「なにも。なにも聞こえません」
リカはやけっぱちで、むっつりと言った。転生転移の神は、リカには答えてくれないらしい。
「そういうことでしたら、ええ。働いていただかなければ。働かない人を保護するほど、税収が豊かではありませんので」
「ですよねー」
世知辛いこと、現代日本のごとし。リカは泣きたい気持ちになってきた。
「リカさーん、から揚げできたから運んでー」
「はーい」
リカは揚げたてのから揚げとビールをテーブルに運ぶ。結局、リカは食堂で給仕をしているのだ。
数か月がたち、デパコスも数々のメイク道具もなく、リカは普通の町娘っぽい恰好で暮らしている。リカは美人だけれど、それは日本の文明の利器を使って維持してきた美貌でもあった。
寄せてあげるなんとかとか。目が数倍大きくクッキリ見えるマスカラとカラコンとか。カラーリングとパーマでできた、ゆるフワモテヘアとか。髪の根元が黒くなって、プリン状態の髪は、あみこみしてまとめている。
「残念ながら、逆ハーもモテモテも、何もないわね」
リカはまかないのから揚げを食べながら、苦笑いをする。西洋人っぽいこの世界の人たち。骨格がすごくかっこいいのだ。日本人の中ではスラッとしていたリカも、ここでは普通。
「モテメイクでリカちゃん人形っぽくしてたけどさ。ここの人たち、まんまドールだもん」
彫が深く、なにもしなくてもパッチリな目、スッとした鼻。ノーメイクで素朴になったリカでは、太刀打ちできない。
「おまけに、地球知識でチートもできないときたらさ」
転生転移した人たちが既にやりつくしていた。から揚げもハンバーグもフライドポテトも、とっくにある。
「なんだかなあ。なんなんだろうなあ、私の人生」
「リカさん、おまけのアイス。新作だよ」
料理人のカイルから器を渡された。
「次の休みに、家を見に行こうよ。そろそろ一緒に暮らしたいな」
五つ年下のカイルは、甘え上手だ。王都で料理の修行をして、故郷であるこの町に戻ってきた。未婚でイケメンなカイルを、リカはさっさと落とした。リカにだって、まだそれぐらいの腕はある。
「じゃあ、カイル。ちゃんと結婚しようよ」
「え、いいの? 結婚してくれる? やったね。リカさん、まだ日本に未練があるのかと思ってたから。じゃあ、家見て、指輪も見よう」
カイルは幸せそうに笑う。リカも、まあいっかと思った。そのとき。
『このままここで暮らしますか? それとも元の世界に戻りますか?』
不思議な声が頭の中に響く。
「今、今頃? い、いじわるー」
リカはアイスに向かってつぶやく。カイルが怪訝な顔をしてリカを見る。リカはアイスをガーッと食べた。頭がキーンとする。目をつぶって、深呼吸。
「このまま、ここで暮らすわ。幸せになれるよう、見守ってよね」
空っぽの器を凝視しながら、リカはまたつぶやいた。
『了解。お幸せに』
そこで、交信はとだえる。
「よーし。カイルと結婚して、子どもを産んで、幸せになってやるー」
「やったー」
カイルは子犬のように無邪気な笑顔で、リカを抱きしめ、クルクル回す。
「元港区女子のリカ。全然キラキラしてないけど、私は元気です」
リカはきっぱりと言った。
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