「真摯の愛に目覚めた」と言い、この作品を異世界恋愛に持ち込もうとする婚約者様と全力で阻止する私
「公爵令嬢バルバトス!俺は真実の愛に目覚めたじゃんる!」
「はあ」
婚約破棄王子とは、婚約破棄する王子である。だから、この人が卒業パーティで婚約破棄するのは仕方無い事だし、私の心は一切動かなかった。
「だから、今からこの作品は異世界恋愛にするじゃんる!」
「はあ!?」
突然想定外の事をほざいた王子は、原稿を片手に持ち役所へと走り出した。
「殿下、お待ちを」
「善は急ぐじゃんる!」
「待てとゆーとるやろが!」
私の静止の命令も聞かず、王子は会場の外へと出て、馬鹿でかい愛馬にまたがった。
ブオー ブオー
「いざ出陣じゃんる!」
「殿下、あっしもついていきますぜ!」
「わしも連れて行ってくだせえ!」
ほら貝の音を聞いて集まった取り巻きを引き連れて、王子は馬を走らせる。
「衛兵!殿下を止めて下さい!」
ぷす~ ぷす~
この話が異世界恋愛として投稿されたら、絶対に読者様に怒られる!それだけは阻止しないといけない!私はほら貝を吹いて衛兵を集めたが、何故か集まりが悪い。
そして、僅かに集まった衛兵も、宰相の息子の爆弾や騎士団長の息子のぶん殴りや王子の槍の一振りでふっ飛ばされて行く。忘れていた、こいつら乙女ゲームのメインキャラだからノッてる時(399日に一回ぐらいの割合)はめっちゃ強いんだった。
「城門突破じゃんる!」
私達の抵抗虚しく、彼らは役所へと到着してしまった。
「閉まっていたじゃんる…」
届け出が出来なかった王子はガックリした表情で帰ってきた。そう言えば、今日は祝日だった。つまり、明日までに王子を説得すれば、この危機は去る。私達に与えられたこのチャンスは絶対に逃してはならない。
「殿下、お帰りなさいませ。届け出は明日でしょうか?」
「あー、朝一に行くじゃんる」
「それはおよしになるべきですわ」
「何故じゃんる?メインキャラの俺が愛を語り、そこから話が動いていくじゃんる。で、ここは中世ナーロッパじゃんる。なら、異世界恋愛確定じゃんる」
王子は不機嫌そうにキセルを咥えながら答えた。
「では、こちらを御覧下さい」
私は一枚の紙を王子に見せた。それは、今回の役者一覧だった。
【CAST】
公爵令嬢バルバトス:しゅらいっしまい
皇帝ゴルデン:むらーきたくーや
国王レノバ:なっかいきーち
王妃モケケケ:なまかゆきーえ
屈強な衛兵ロディ:さぶ・ぼっぷ
屈強な衛兵ジョン:まけぼーの
ピンク紙のリトマス試験紙サクラ:別記
婚約破棄馬鹿王子:エキストラ役者の鈴木さん
「何か気付きませんか?」
「俺だけ名前が無い、俺が一番下、俺の役者だけ普段通行人とかしてるエキストラ役者じゃんる」
「この通り、貴方は物語のメインでは無いのですよ。ですから、貴方が何を思おうが、何をしようが主題には影響が無いのです。ご理解下さい。これは乙女ゲームではなく現実、ですから私が恋愛してるかで届け出の先が決まります。そして、私は今の所さん恋愛する気はございません」
「ふむ」
カーン!
カーン!
サッ
王子は納得したかの様に頷くと、キセルを二回灰皿に叩きつけた。王族として夫として論外な男だが、こういう仕草は無駄にカッコいい。私は前世でこの演出をみたいが為に何万も溶かしたものだ。
「つまり、俺は核が落ちた世界で最初にヒャッハーしているモヒカンみたいな立ち位置じゃんる?」
「そうですわね。大事なのは、そのモヒカンを倒した人が何をするかであり、モヒカンが何をするかでは無いのです」
「俺は冬ソナのヨン様じゃ無かったじゃんる…。完全催眠は使えないじゃんる…」
「冬ソナのヨン様も完全催眠は使えませんわよ?さあ、ご自身の身の程が分かったならその届け出をこちらに」
しかし、王子は書類をこちらに渡そうとはしなかった。より強く、破れんばかりの握力で書類を握り込むと、不敵な笑みと共に立ち上がった。
「俺にはこの物語を動かす権利は無い。だが、それがいいじゃんる」
前世なら激アツ演出キタと脳汁ドバっていただろう。だが、ここは現世。そして、乙女ゲームては無いのだ。
「お待ち下さい!ご自身が端役だと分かった上で、なお異世界恋愛だと主張するのですか!」
「確かに、作者は俺を端役として扱った。だが、脇役が気付けばメインを張っているのは戦国の世でも創作の世界でも良くある事じゃんる。と、言う訳で俺は今からもう一回役所へ行ってくるじゃんる。とおっ!」
窓の外で待っていた愛馬に飛び乗り、王子は再び役所へと駆け出す。
「殿下お待ちをー!もうハッキリ言いますけれど、読者様は貴方が落ちぶれる姿が見たいのです!異世界恋愛と言う分野は、婚約破棄する馬鹿男がざまぁされるのを見る所さんなのです!だから、貴方の愛も、私の愛も割りとどうでも良いのです!」
「ならば、これこそ我が正道!やらかしてやらかしてやらかした果てを見せてやるじゃんる!」
私は全部ぶっちゃけた。しかし、火に油だった。王子は馬上で槍を振るい、止めようとする人々をふっ飛ばし続ける。断種幽閉の後病死は免れないだろう。
本来それで問題無い。私は悪役令嬢なのだから、彼が破滅に向かうの自体は良い。だが、何か全部倒して生き延びそうなのよ、この馬鹿。前世の記憶でも、たまーに連チャンが止まらなくて閉店まで続いた事がある。その雰囲気だ。はよ、終われ。誰かあの馬鹿止めろ。
「ちょ、待てよ!」
「その声は、皇帝ゴルデンじゃんる!」
キタ、皇帝ゴルデン様キタ。これで勝つる、いや、これで負ける。なんせ、原作乙女ゲームでは、彼は連チャンストッパーとして忌み嫌われていた。私も、王子が彼に倒され単発終了した時は「五万溶かしたんやぞボケ!」と叫びながら台パンしたものである。
『運命のバトルがぁ、今はじまるぅ〜!』
皇帝ゴルデン
勝利期待度★★
「俺から行くぞ!」
ゴルデン様の徒手空拳が王子にクリーンヒット!行け!ぶっ倒せ!
「ぐっ…、武力で支配者となった男の拳、伊達では無いじゃんる…」
王子の顔は青い、セリフの文字も青い。これは負けが濃厚か!?
「俺から行くぞ!」
二本目もゴルデン様だ!再度、拳が王子を傷つける!
「ぐっ…、武力で支配者となった男の拳、伊達では無いじゃんる…」
王子は弱気なセリフ、よしよしよしよし!
『決着の刻ィー!』
「これで終わらせよう、ゴールデンクロス!」
ゴルデン様の奥義、黄金の螺旋ビームが発せられる。
「ぐはーっ!」
胸でゴールデンクロスを受け止めた王子は、地面を擦りながら後退し、倒れ伏す。
「ここで、負ける訳には…ウッ!」
王子はふらつきながら立ち上がるが、真っ白なゲロを吐いて力尽きた。ここで、取り巻きかヒロインか馬が声援を送れば復活演出になり大当たりが継続するのだが、残念ながらこれは現実。彼の名前を呼ぶ者は居ない。いや、正確には名前を呼ぶ事は出来ない。端役である彼の名前はこの世界では表記される事は決して無く、だから名前を呼ばれて立ち上がる復活演出も不可能。王子の連チャンはここで終わるのだ。
「ケージロー様ー!」
「うおおおおおお!!」
名前を呼ばれて王子は、ケージロー様は立ち上がった。その名を呼んだのは私だ。前世のクセでつい呼んでしまったのだ。
「アホアホアホアホアホアホアーホアタぁ!」
「すまっ…ぷ!」
復活したケージロー様の連打を受けて、ゴルデン様は爆発した。
「ううっ、すみませんゴルデン様。だって見たかったんですもの。というか、やってみたくなりましたの。悪役令嬢バージョン復活演出」
「バルバトス、お前のおかげで強敵に勝てたじゃんる」
「ああー、やっちまいましたわ。王子を名前で呼んでしまったし、もう端役だからって言い訳は使えませんわ」
どうやら、私はなんやかんやでこの乙女ゲームが未だ好きな様だ。ケージロー様が大好きなのだ。前世でやり込み過ぎて生活費突っ込んて離婚の原因になるくらいに好きだったのだ。
「百裂パンチの大当たり〜、さて、役所までもう一息。お前はどうするじゃんる?」
「一緒に行きますわ」
もうざまぁテンプレとか知らない。私はケージロー様の背中に手を回し、一緒に馬に乗って役所に朝一で辿り着いた。
「この作品を異世界恋愛として投稿したいじゃんる!」
自信満々に届け出を出すケージロー様。だが、受付のおねーさんは予想外の理由でこの届け出を拒絶した。
「あ、この届け出だと駄目ですね。貴方婚約破棄してないじゃないですか」
「ふむ」
カーン!
カーン!
ポカーン!
ケージロー様は、キセルを二回叩きつけた後、口を大きく開き膝から崩れ落ちてしまいました。
「そう言えば、婚約破棄すんの忘れてたじゃんる…ウッ!」
「ケージロー様ー!」
私は彼の名前を呼びながらボタンを連打したが、ケージロー様は起き上がってくる事は無かった。
「ハンドルを戻して下さい」
受付のおねーさんの冷たい言葉が役所に響き渡った。
乙女ゲームは皆様の生活に影響を及ぼさない範囲でお楽しみ下さい。