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そして少女は斧を振るう  作者: 木こる
『竜と人と』編
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約束1

2人の兵士が石の迷宮の前に立っている。

傍らの天幕では別の2人が交代に備えて仮眠を取っており、

ただ突っ立っているだけの男2人は暇を持て余していた。


そんな折、大あくびをかました兵士の元に1人の騎士が現れた。

白い鎧は『平和』を、青いマントは『自由』をそれぞれ表しており、

その身形は青年の誠実さと相まって実に輝かしく見える。


兵士の1人は反射的に姿勢を正して敬礼を行なったが、

あくび兵士は態度を改めず、見せつけるようにもう一度あくびをかました。

騎士の青年は無礼を諌めはせず、もう1人の敬礼を解かせてから口を開いた。


「兄さん、ちょっといいかな?」


「おやおや、これはこれは……

 先に兵士になったはずのこの兄を差し置いて、

 騎士のご身分にまで大出世したフィン様ではありませんか

 この薄汚い下級兵士の私めに何用でございましょうか?」


フィンの兄ジャスティンは、弟に嫉妬していた。


石像にされていた10年間で年齢も身長も抜かされ、

騎士の称号を与えられ、美人の騎士団長との恋仲も噂されている。

まあ、当人たちは否定しているが。


そのくだらない噂話のせいで弟は有名人となり、

動向を見守る多くの女性ファンを抱えている始末だ。

更には大陸最強と謳われた男との一騎討ちで勝利を収め、

性別問わず憧れの対象となり、その人気が衰える気配は無い。


自分は“首無し兵士の像”として弟よりも先に有名だったらしいが、

“首有り兵士”になった途端、誰からも注目されなくなったのだ。



俺だってモテたいのに、話しかけてくる女はどいつもこいつも弟目当てだ。


なんだこの差は。

どうしてこうなった。

こんな理不尽があってたまるか。


とにかく弟が憎らしい。妬ましい。羨ましい。


だが勝てる要素はどこにも無い。

こちらはどこにでもいる、ただの平凡な首有り兵士なのだ。

優秀な弟が何か失態を犯してくれるのを祈ることしかできない。


「いや、そんな卑屈にならないでくれよ

 騎士といっても特定の主に仕えているわけではなく、

 領地も持たない自由騎士だと説明しただろ?

 おかげで今まで以上に大臣たちからいいようにこき使われて、

 仕事と責任ばかりが増えて休む暇も無いよ

 気楽に生きたいのなら、出世なんてするもんじゃない

 ……っと、それより頼みがあるんだけどさ」


弟はわかってない。

騎士の身分が羨ましいんじゃあない。

俺はただ、女からチヤホヤされたいだけだ。クソが。



「……今度、アリサたちの冒険者パーティーが

 “賢者の石”の材料を求めて旅立つことになったんだ

 それがあれば石化治療薬の生産量がグンと跳ね上がり、

 理論的には10年以内に全ての被害者を復活させられるらしい」


「ほ〜ん、そりゃめでたいこって……

 まあ、俺みたいなモブ兵士には全く関係無い話だけどな」


兄はわかってない。

これがどれだけ革命的な情報かということを。


被害者全員を復活させるには数千年かかると計算されていたが、

それがたったの10年足らずで解決してしまうかもしれない。

錬金術についてはあまり詳しくないけれど、

この希望に縋りつかない手は無い。


「それで、兄さんにはミルドール王国の代表として、

 アリサたちの旅に同行してもらいたいと思ってるんだ」


「んっ……?

 ……は? え、今なんつった?

 ミルドール王国の代表? ……俺が?」


思いがけない言葉に、ジャスティンは動揺を隠せなかった。


王国の代表。

ボンクラ兵士には似つかわしくないワードだ。

それこそ優秀で人気者の弟にふさわしい任務だと思うが、

仕事がありすぎて国を離れることができないのだろう。


「だからって、なんで俺なんだよ?

 暇そうにしてる奴なら他にもいるだろうよ」


それは質問しているというより愚痴をこぼすような、

まるで不貞腐れているかのような口ぶりだった。


「え、兄さん乗り気じゃないのか?

 てっきり喜ぶかと思って話を持ってきたのに……」


フィンには不思議だった。

たしか兄は退屈な田舎暮らしが嫌で家を飛び出したはずだ。

今回のアリサたちの冒険はいつ終わるかわからない。

その長旅の中で世界を見て回り、多くの刺激を得られるだろうに、

兄はあからさまに迷惑そうな顔をしているのだ。


「冒険者に同行するってことは、危険な目にも遭うんだろ?

 そんなの絶対にお断りだね 俺は安全になったこの国で、

 下っ端兵士として一生ぬるい生活を送るって決めたんだ

 ……大体、お前は勘違いしてんだよ

 俺は退屈が嫌で村を出たわけじゃない 田舎暮らしが嫌いなんだよ

 毎日毎日、朝から晩まで羊の世話やら畑いじりやら手伝わされて、

 泥まみれ汗まみれになるあの生活のどこが退屈だってんだ?」


フィンは黙って俯いた。


数ある職業の中から兵士を選んだ兄には覚悟があると思っていたが、

どうやらそれは独りよがりだったようだ。


平和な時代の兵士は要所の見張りや町の巡回くらいしか仕事が無く、

疲れることといえば週に一度行われる戦闘訓練だけだ。

その訓練さえも雑で、やる気の無い者は適当に手を抜いている。


兄はそちら側の人間であった。


「……兄さん、忙しいところ邪魔して悪かったね

 この話は忘れてくれ 他を当たってみるよ」


「ああ、そうしろ

 こっちは忙しいんだ もう邪魔すんなよ」


そう言い、ジャスティンは大きなあくびをかました。

フィンは一瞬だけ眉をヒクつかせ、だが何も言わず兄に背を向けた。

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