暇潰し3
リュータローは書斎で奇妙な本を見つけた。
タイトルは読めない。初めて見る文字だ。
そして何かしらの魔法がかかっていることを感覚で理解した。
この本を保護する類のものだろうか。古そうなのに傷一つ無い。
それを棚から取り出した際、隣の本との間に挟まっていたメモの束も見つけた。
そこに書かれている記号は、この本に記されている文字を写したものだ。
なんとなくだが、統一語よりも現代エルフ語に近い雰囲気がある。
今日は王子たちが書斎で作業すると言っていた。
あのグレンという鬼人のお兄さんは王子の学友だと聞く。
エルフのお姉さんは知らないが、その作業メンバーに招かれたということは、
やはりエルフに関係する言語の解読をしていたと考えるのが筋だろう。
現代エルフ語ではない。
では、なんだ?『旧エルフ語』とでも呼んでおくか?
まあいい、しばらくはこれで暇潰しができそうだ。
翌日、メモを見返したアンディ王子は首を傾げた。
「……あれ、おかしいな?
僕、こんなこと書いたっけ……?」
そこには『これは暗号だ』という一文が添えられており、
その筆跡はどうも自分のものらしいが、全く記憶に無い。
暗号……ただでさえ解読の難しい言語でそれをやられると、
ますます読み解くのに時間と労力を要することになる。
「面白い……やってやろうじゃないか……!」
アンディ王子は暇だった。
──秋も終わり、雪降る季節が訪れた。
酒場には冷えた体を温めようとする客が押し寄せ、
気分良く歌い出す者や、それを音痴だと揶揄する者、
賭けカードやボードゲームに興じる者など様々だった。
去年はアル・ジュカから出稼ぎに来た労働者しかいなかったこの場所も、
今では半数ほどの席を王国民が占めている。
その変化に気づいたアリサはフッと笑い、少しの間だけ目を閉じた。
「……そんで、オレに頼みてえことってなんだよ?」
対面の席には石化治療薬を作り出した錬金術士が座っている。
どうやら今夜は彼の奢りらしい。
ユッカが一番高いメニューを注文しようとするも、コノハがそれを止めた。
「まずは話を聞いてからにしましょう
内容次第では食べずに帰ることになるからね」
なんだか面倒事に巻き込まれる予感がする。
彼とはあまり面識が無く、名前すら知らない。
そんな男が急に食事を奢ると言い出したのだ。
ちょっとした頼み事ではなく、仕事の依頼だろう。
冒険者への依頼ならギルドを通せばいいものを、
彼はわざわざアリサを名指しで呼び出した。
その強さを知っているからこそ、彼女に頼るのだ。
つまりは強敵と戦う可能性があるということだ。
そういう依頼をこなすのが冒険者の本分なのだが、
今は石の薔薇の回収作業という安定した収入源があり、
みすみす自分から危険に飛び込まなくてもいい状況にある。
「おいおい、そんなに身構えないでくれよ
べつに良からぬこと企んでるわけじゃないから安心してくれ
それに、飯食ったくらいで依頼を引き受けたなんて解釈はしないからさ、
遠慮せずにどんどん注文しちゃって大丈夫だぜ?」
嘘はついてない。
そして彼は今、確かに『依頼』という言葉を口にした。
やはり冒険者としての仕事……危険を冒す内容なのだろう。
ユッカがうずうずしながらこちらを見ている。
私が「いいよ」と言うと彼女は早速店員を呼びつけ、
店の名物である巨大ピザを注文した。
それはユッカを隠せるほどの大きさで、一度挑戦してみたかったやつだ。
アリサが半分いけるとして、成人男性もいるので食べ切れるだろう。
それでも余ったら他の客にお裾分けするか、カバンに収納すればいい。
「……それで、君らに頼みたいのは霊薬の材料集めだ
お察しの通り、今のままじゃ全員を復活させるのに膨大な時間がかかる
そこで俺は治療薬のグレードアップを考えた
主素材である石の薔薇は絶対必須だけど、それ以外はアレンジが効くんだ
今使ってる霊薬よりも強力な物を作ることができれば、
理論的には今の10倍……いや、100倍のペースでの復活も夢じゃない」
「100倍はさすがに言い過ぎじゃねえか?」
「いや、100でも足りないくらいさ
なんせ、俺がこれから作ろうとしてるブツは
錬金術における究極の至宝……“賢者の石”だからな
それさえありゃ治療薬だろうが金だろうが作り放題よ
王国を救うついでに大金持ちになれちまうんだぜ?
な、悪い話じゃないだろ? 引き受けてくれると助かるんだが……」
「賢者の石……!?」
その名に、コノハはときめきを感じずにはいられなかった。
錬金術に精通しているわけではないが、よくRPGに出てくる重要アイテムだ。
時には味方全体を回復したり、最上級アイテムを作るための素材だったりと、
とにかく冒険の終盤には欠かせないアレだ。
「んで、そいつを作るには究極の霊薬が必要になるんだが、
その材料として“千年竜の角”ってのを持ってきてもらいたいんだよなぁ」
「エリクシール……千年竜の角……!」
ファンタジー感満載の単語が連続し、コノハは疼きを抑えられない。
ゲーマーとしての本能が『これが最後のクエストだ』と囁く。
石にされた人々を全員救い、大金を手にし、ハッピーエンドを迎える方法。
「面白い……やってやろうじゃないの……!」
コノハはチョロかった。




