暇潰し1
気づけば例の海賊騒ぎからもう半年が経過しており、
いつしか季節は秋を迎えていた。
草木が色を変え始め、極端に暑くも寒くもない。
多くの人々にとって過ごしやすいこの時期、
アリサたちも久々にのんびりとした時間を楽しんでいた。
3人は宿の窓から夜空を見上げつつ、みたらし団子を頬張る。
どうやらコノハの故郷に伝わる人気のお菓子らしい。
それを満月を眺めながら食べるのが“風流”らしいが、
アリサとユッカには正直よくわからなかった。
でもまあ、美味しければそれでいい。
「ローズにも食べさせてあげたいよね!」
ユッカの発言に2人からの応答は無かった。
そんな折、彼女らの部屋を訪ねる者がいた。
「やあ、来たよ」
「帰れよ」
アンディの姿を確認するなり、アリサは露骨に嫌がった。
仮にも次期国王の座にある人物に対してこの態度である。
だが、彼はこの程度のことで気分を害するような器ではない。
むしろそれを快感へと変える、特殊な性癖の持ち主であった。
「アリサ様、夜分に突然押しかけて申し訳ございません
用事が済み次第、我々はすぐに退散いたしますのでご容赦ください」
「って、ネリも一緒か
遠慮せずにゆっくりしてけよ
……お〜い、コノハ! 団子あと1本あったよなー?」
王子よりもその侍女を丁重に扱われる状況に、
アンディはある種の興奮を覚えずにはいられなかった。
「みたらし団子……不思議な食感ですね
とても珍しい物をご馳走して頂き、ありがとうございます」
「僕には串だけか……
ふふ、最高のおもてなしだよ」
2人とも満足してもらえたようで何よりだ。
さすがは高価なだけある。
コノハが言うには『1本5千円』らしいが、
それがどれくらいの価値なのかは教えてくれなかった。
「そんで、用事ってなんだ?
オレの体調ならすっかり元通りだし、
力仕事ならバッチリ手伝えるぜ?」
アリサは力こぶを作り、健康であることをアピールした。
「いえ、今回訪ねた目的はアリサ様ではなく……」
2人の視線がコノハに向けられる。
「えっ、私……?
ってことは、また帳簿の依頼かな?
ようやく落ち着いたと思ったんだけどなぁ……」
コノハは肩を落とし、小さくため息を吐いた。
だがすぐに背筋を伸ばして気合いを入れる。
今が頑張り時なのだ。
ウナギの反響は予想以上に大きく、
世界中から商人や学者たちが押し寄せ、
養殖事業への資金提供を申し出てくれたのだ。
これにより一時的ではあるが財政は黒字に傾き、
王国崩壊という最悪の結末は防ぐことができたと言えよう。
今こそコノハの能力“自動計算”の使い所、
大臣たちには数字とにらめっこするよりも重要な仕事がある。
「あ、いえ
仕事の依頼ではありません」
「違うんだ」
「僕らは禁断の書を回収しに来たんだ」
「え……」
“禁断の書”……それは邪悪なエルフが所有していた本であり、
王妃イルミナを石の魔女へと変えた危険なアイテムだ。
王家の屋敷が炎上した後、不思議なカバンに収納したまま存在を忘れていた。
「その本は母上を狂わせ、この国を破滅しかけたんだ
そんな危険な代物を野放しにはできないよ
……君たち3人を信用していないわけじゃない、
君の仲間のエルフ……ローズを信用できないんだ
彼女は改心したらしいけど、僕には理解できないよ
どうして一緒にいられるのかがわからない」
「それは、まあ……私も同感です」
「今はいない……というか最近見かけた者がいないようだけど、
彼女は一体どこで何をしてるんだ?
目を離して平気なのか? また悪さを企んでいたらどうするんだ?」
王子の正論に言葉が詰まる。
彼が心配するのもわかるが、そんな事態にはならない。
だが本当のことを言えばコノハの能力を知られてしまう。
ローズはカバンの中にいる。
海賊に襲われたあの日以来、一度も外へ出していない。
ユッカは出してあげようと言うが、それは得策ではない。
王子と同じく彼女を信用していないというのもあるが、
怒りを抱えた王国民たちから守っているのだ。
王妃を唆した黒幕が無罪放免というのはやはりおかしいと訴える者も多く、
再度捕まえて厳罰に処すべきだという意見をよく耳にする。
中には自分の手で正義を下そうと考える者もいるだろう。
「……だけど、彼女は冤罪で処刑されかけて充分罰を受けたと
フレデリカが宣言しちゃったからなぁ
その件についてはもう受け入れるしかないよね
……でも、例の本は返してもらわないと困る
フレデリカは君に『貸したまま』だと言ったんだ
それに、『古代エルフ語の解読はできなかった』とも聞いてるよ
僕とグレンが力を合わせればきっと解読できるだろうし、
治療薬以外にも呪いを治せる方法が見つかるかもしれない」
「え、でも危険な本ですし……」
「だからこそ、その危険な力を悪用されないように
王家の者が責任を持って管理するべきじゃないかな
もちろん僕は悪いことに使おうとは思ってない
世界征服だなんて馬鹿げた理想は持ってないよ」
王子の言葉に嘘は無い。
そこには純粋に国民の平和を願う、正しき王族の姿があった。
「王子はこんなことを仰ってますけどね、
本当はただ自身の知識欲を満たしたいだけなんですよ
やるべき公務は王女殿下に丸投げして暇ですし、
ウナギは危険だからという理由で近づかせてもらえないし、
暇潰しを兼ねて『何かやってる感』を出したいんでしょう
結局自分のことしか考えてないんですよ、このクズ王子は」
ネリの言葉に嘘は無い。
そこには辛辣な態度の侍女と、悦に入る王子の姿があった。




