広がる世界2
かつて世界には、知的生命体と呼べる種族は人間しかいなかった。
人間たちは高度な科学文明を築き上げては戦争を引き起こし、
その度に文明が滅び、そしてまた新たな文明を築き上げた。
そんな歴史を幾度も繰り返す中、彼らは新たな科学技術を発見した。
錬金術を。
異なる物質同士を組み合わせて新たな物質を生み出すその技術は
瞬く間に世界中へと広がり、研ぎ澄まされ、発展していった。
その過程で無意味な技法が世に伝わることもあったが、
それもまた学問の発展には欠かせない要素、“失敗”だった。
何万何千もの歳月と何万何千もの失敗を乗り越え、
人類はとうとう画期的な発明品を完成させるまでに至ったのだ。
人造生命体。
彼らはより強い生命を創って何かをしたかったのか、
それともただの好奇心だったのかは、今となってはわからない。
だがとにかく、彼らは確かにそれを創造したのだ。
「つまり、今いる人間以外の種族ってのは
全部その……ホムンクルスってやつの子孫なのか?」
「まあ、そういうことになるわな
ただし、こいつはあくまで仮説だからな
証明のしようがねーし、鵜呑みにされちゃ困るぜ」
「僕らが通っていた学院でも教授同士で意見が対立していたよ
遺伝学や歴史学、種族分類学など色々な学問に影響のある議題だからね
現代文明が出来上がる以前の話だし、決定的な証拠が無いんだ……」
人造生命体の技術を手にした人類は様々な種族を掛け合わせ、
狼人や蜥蜴人、森精や鉱精といった新種を生み出していった。
そして、彼らは更なる高みを目指して次の段階へと進んだのである。
合成生命体の精製だ。
それまで人造生命体同士の組み合わせでは子孫を残せずにいたが、
1人の天才錬金術士の功績により、その難題をも克服したのだ。
これにより魚人と羽精などの異種族同士でも子を成せるようになるも、
残念ながら両親のうちどちらかの特性しか引き継げず、
人類が目指した合成生命体の完成には至らなかった。
彼らは落胆したが、やがて異変が観測され始めた。
外見と能力が釣り合わない個体……特例個体の出現である。
その単語自体は別の意味でも使われる。
例えば『人間とエルフの合いの子は“ハーフエルフ”と呼ぶ』などだ。
ただしそれは単に、同種族間では珍しい特徴の人物を表す言葉に過ぎない。
しかし本来の学術的な意味では前者のチグハグな状態を指す。
『オークなのに体が小さい』、『鳥人なのに空を飛べない』など、
どちらかというとネガティブな意味合いで使われる場合が多い。
「んじゃあ、オレの場合は
『竜人なのに魔法が使えない』ってとこか?」
「いや、もっと大きな特徴があるだろ?
『破格の怪力と頑丈さの持ち主』ってやつがよ……
そいつが一番の謎であり、新説を立てるヒントになったんだ」
「新説……?」
「ああ、お前の中には伝説の──」
何万何千回にも及ぶ合成生命体実験でわかったことは、
産まれてくる子は両親どちらかの特性しか引き継げないということだった。
だがしかし、特例個体の登場により新たな性質が判明した。
外見は父親の種族だとしても、母親の種族の能力を引き継ぐ場合がある。
その逆も然り。更には、先祖から隔世遺伝するレアケースも観測された。
この性質に気づいた人類は次の段階へと進んだ。
最強生物の誕生を夢見たのだ。
当時の人類にとっての最大の脅威はドラゴンであった。
伝説によれば山の如き巨体で空を飛び、口から火を吹いたそうだ。
そのドラゴンの遺伝子を手に入れるために、
どれだけの人間が犠牲になったことであろうか。
どのような方法で入手できたのかは不明だが、
とにかく彼らはやり遂げたのだ。
そして生み出されたのが竜人というわけだ。
だが、人類はそれだけで満足しなかった。
伝説の生物ドラゴンが歴史に登場する以前の時代から、
世界の半分を支配していたと云われる種族が存在した。
いや、本当に存在したのかは定かでない。
その種族が実在したいう証拠が、未だに見つかっていないのだ。
それはもはや伝説を通り越し、神話の域に達していた。
「──伝説の巨人族の血が混ざってんだろうよ
それが先祖返りしちまったってのが俺らの仮説だ
我ながらだいぶぶっ飛んだ説だとは思うけど、
そう考えると一番しっくりくるんだよなぁ……」
ドラゴンは神にも匹敵する強さだったらしいが、
巨人は神をも殺したと云われている。
そもそも“神”がどれだけ強いのかわからないので、
何かもっと他の比較対象が欲しいところではあるが。
さておき、もし巨人が実在したとして、すごく強いのは間違いない。
彼らはただ歩くだけで大木を薙ぎ倒し、町を踏み潰したとされる。
その圧倒的な質量による暴力には、ドラゴンでさえ敵わなかったそうだ。
「おそらくはドラゴンの魔力と知力、巨人の腕力と体力……
どっちが発現しても大当たりの種族を生み出したかったんだろうな
だが実際はドラゴンの特性ばかりが発現するようになって、
お前みたいな巨人寄りの特例個体は今まで現れなかったか、
もし生まれたとしても『竜人族の恥』として淘汰されてきたんだろうよ
……まあ、これも仮説だけどな」
「もしその仮説が正しいとすると、本当にすごいことだよね
史上最強の種族同士を掛け合わせた存在……その末裔が君なんだ
そんな君からぶん殴られたら、僕は一体どうなってしまうのだろうか……」
「上半身が消し飛ぶかもな」
アンディ王子はその光景を鮮明に想像し、身を震わせた。