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そして少女は斧を振るう  作者: 木こる
『竜と人と』編
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広がる世界1

「君は、なんて呼ばれたいの?」


「……えっ?」


猫耳のお姉さん……ユッカから質問され、ミノタウロスは戸惑った。

『呼ばれたい』とはつまり、自分の名前に関することだろう。


そんなの今まで通り“ミノタウロス”でも構わないが、

それだと周りの人たちが混乱してしまうのだろう。

なにせ、ミノタウロスの種族は牛人(ミノタウロス)ではなく竜人(ドラゴニュート)なのだから。


どう呼ばれたいかなんて今まで一度も考えたことがなく、

ミノタウロスは初めての難題にぶち当たった。


彼は何かを記憶したり、推理することが得意だとは自覚していたが、

どうもゼロの状態から新しい物事を創造するのは苦手なようだ。


自分に適した名前。すぐには思いつかない。


「“ミラクルドラゴン”なんてどうかな?」


「ダサいよ」


黒髪のお姉さん……コノハの案は速攻で却下された。


「おめえ、好きな花とかあるか?」


「え、花ですか……?

 ごめんなさい、よくわかりません……」


同種族(ドラゴニュート)のお姉さん……アリサからの質問に答えられず、

ミノタウロスは少し申し訳ない気分になった。


「ちょっとアリサ!

 そんな適当な理由で名付けるのはかわいそうでしょ!

 一生背負ってくものなんだから、ちゃんと考えてあげようよ!」


「お、おう……」


コノハに叱られ、アリサはたじろいでいる様子だった。


彼女らだけでなく、無人島で一緒に数日過ごした人たちも

この話し合いに参加して意見を出し合った。


「ドラゴン繋がりで“ドラン”とかどうっすかね?」

「いやいや、それなら“ドラコ”のがカッコいいだろ!」

「本人に馴染みのある“ミノ”方面で攻めてみないか?」


いろんな人たちが、こんな自分のために案を捻り出してくれている。

アル・ジュカ公国では決して見られなかった光景だ。

大人が子供に対して優しく接するのはごく当たり前のことなのだと、

この時のミノタウロスにはまだ理解できなかった。



「──竜太郎」



「「「 えっ? 」」」


その一声に、一同は口をつぐんだ。

そしてすぐさまコノハが反論した。


「ちょっとシバタさん!

 大事なことなんだし、もう少し真面目に考えてあげましょうよ!」


「えっ、今のダメだったかなあ

 俺的には結構いい線いってると思ったんだけど……」


シバタは残念がるも、すぐに擁護の声が上がり始めた。


「いや、オレはいいと思うぜ?

 リュータロー……かっけえ響きじゃねえか」


「あたしもいい名前だと思うよ!

 意味はわかんないけど、すごく強そう!」


「さすがシバタさんっすねえ!

 オイラたちにゃ思いつきもしないっすよ!」

「子供が出来たら名付け親になってもらおうかなぁ」

「お前、そんな相手いたっけ?」


どうもその名前は大多数の人たちに受けたようで、

実質コノハ以外の誰もがカッコいいと判断したのだ。


「ええぇ……

 みんなはああ言ってるけど、君自身はどう思う?」


コノハは困惑しながら少年を見やるが、

返事を聞く前にその答えを察することができた。


少年は目を輝かせ、頬は紅潮していた。


彼もその名を気に入ったのだ。



“リュータロー”。



彼は新たな……いや、初めての名前を手に入れた。






──グレンは暇を持て余していた。


親友のピンチだと聞いてはるばる海を渡って駆けつけたというのに、

問題とされていた海賊はどうも勘違いだったとのことで、

幻の怪物“闇の獣”はちょっと変わった魚だと判明し、

それを王国復興の切り札として養殖し始めている現状。

養殖事業はまだ軌道に乗っていないが、見通しは明るい。


「俺が来た意味、無くね?」


うなぎの蒲焼きを食しながら、アンディ王子に不満を漏らす。

ちなみに彼は魚醤と蜂蜜を混ぜ合わせた古代ローマ式のタレではなく、

コノハやシバタが好む醤油ベースのタレを気に入った数少ない人物である。


「……何を言ってるんだ!

 君が来てくれたおかげで僕は立ち直れたんだ!

 この国の次期国王としての責任感を取り戻させてくれたんだ!

 自分のやるべきことは何か、それを思い出させてくれたんだ!」


「いや、思い出しただけだろ……

 その“やるべきこと”をやってんのはお前の妹ちゃんだし、

 ここに来てから俺たちなんも成果を出せてねーよな……」


ミルドール王国に到着してからもう半年近く、

気づけば夏も終わりかけていた。


シバタの広報活動により海外から訪れる人の数は増加傾向にあり、

“魔女に支配された大陸”という悪名も徐々に払拭されつつある。

そして、狙い通りウナギの美味しさにやられた行商人たちが

他の大陸へと情報を伝播し、今やミルドールは世界中から注目されていた。


「しゃーねえ、他にすることもねーし、

 アリサの様子でも見に行ってみっか」


そう言われ、アンディ王子は急いで残りの蒲焼きを掻き込んだ。




アリサは今日も斧を振るっていた。


それはもう、斧と呼んでいいのかもわからない金属の塊だった。

大陸最強の戦士から受け継いだ斧に重りを追加しまくり、

もはや原形を留めていない謎の物体と化していた。


彼女のすぐ近くには6人の子供らがおり、

その動きに合わせようと必死に木の棒を振る姿があった。


聞いたところ、あの少年少女たちはギャリーランドでの生活において

日銭を稼ぐために冒険者免許を取得していたらしい。

だとすると、アリサは後進の指導に当たっているのだろうか。


ガサツな女かと思いきや、なかなか面倒見の良い一面もあるようだ。



「……おめえら邪魔なんだよお!!

 オレの周りをウロチョロしてんじゃねえ!!

 これがぶつかったら怪我じゃ済まねえぞ!?」



怒鳴られた子供たちは怯え、散り散りにその場を離れていった。


「ぶはははは!!

 ガキ相手にも容赦ねーな!!

 相変わらずおもしれー女だぜ!!」


「ん……おう、グレンか

 最近見かけねえと思ってたけど、今まで何やってたんだ?」


「何ってそりゃ……ウナギの生態研究とか、

 外国から来る学者たちとの情報交換だとか、

 なんもしてねーように見えて実は結構忙しかったんだぜ?」


その言葉を聞き、本当に何もしてなかったアンディ王子は硬直した。


「へえ、学者との情報交換ねえ……

 そういやおめえら名門校の卒業生だもんな

 馬鹿そうに見えて、実は頭良いってことを忘れてたぜ」


「へへっ、言ってくれるじゃねーか

 馬鹿そうなのはお互い様だろ?」


「あんだとテメーこんにゃろう!

 ぶっ飛ばされてえのか!? あぁん!?」


鬼の形相で迫るアリサに対し、鬼人のグレンは幾許(いくばく)かの恐怖を感じた。

ちょっと冗談で返しただけのつもりが、これだから女心は難しい。


「……なあんて、冗談だけどな

 本気でぶっ飛ばすつもりはねえから安心しろ」


アリサは明るい笑顔を見せた。これだから女心は難しい。


「そんで、オレに何か用でもあんのか?

 面白れえ話があったら聞かせてくれよ

 せっかく体調も元通りになったってのに、

 心配した姫さんたちに引き留められて

 旅立つタイミングを逃しちまったんだよなあ……」


アリサは残念そうに語るが、その表情は満更でもなさそうだった。

王国の安全性を広める活動はシバタがやってくれているし、

もう一つの目的であった竜人についての情報収集は

アンディやグレンのおかげで大体知ることができた。


彼女には今、友人たちのいるこの大陸から離れる理由が無かった。


「面白い話ねえ……

 んじゃ、お前の正体についての仮説でも語ってみるか」


「は?

 オレの正体?」


「ああ、お前の種族は竜人だが、実は竜人じゃねーって説だ」


「なんだそりゃ……意味がわかんねえよ」


彼女が食いついたのを確認し、グレンは解説を始めた。

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