残されし者6
──石の迷宮第2キャンプ。
深層の手前に設営された、冒険者たちの安全地帯。
3人がこの迷宮に踏み込んだ目的がここにある。
「私は親衛騎士のパメラという者だ!
誰かいるのなら返事をしてくれ!」
名乗りを上げ、少し待ってみるが応答は無い。
3人は顔を見合わせ、三手に分かれてテントを確認して回った。
「こっ、これは……!」
フィンの声に不安を覚え、向かってみると
嫌な予感が的中してしまった。
そこには頭に包帯を巻いた年配冒険者の石像があり、
どうも体を洗う途中だったようで、服は着ていなかった。
彼だけではない。
寝転がる者、体を鍛える者、スプーンを口に運ぶ者、
酒を片手に談笑中の者たち、カードゲームに興じる者たち……。
彼らもまた、その身に何が起きるかも知らずに石像と化していた。
「呪いの霧はここにも届いていたのか……」
パメラは口元を覆い、俯いた。
フィンも肩を落としたが、まだ来たばかりだ。
他のテントを全て見たわけではない。
疲弊した体を奮い立たせ、調査を再開する。
アリサはそこにあるはずの物を探していた。
年配冒険者の荷物、彼に売り渡した地図を。
あれには石の獣の順路が途中まで書き記されている。
コノハの言いつけを守るには、利益を独占するには確保するべきだろう。
しかしこれが見つからない。
彼ほどのベテランが武器すら手元に置かずに、
呑気に体を洗ったりするものだろうか。
それは考えにくい。
彼は戦斧を持っていた覚えがある。
たとえここに残った者同士で信頼関係を築き上げたとしても、
いつ魔物の襲撃があるか完全に予測することは不可能だ。
いざという時、自分の身は自分で守るのが冒険者の鉄則だ。
「……2人とも!
こっちへ来てくれ!」
またしてもフィンが声を上げる。
先程とは違い、明るい声色だった。
そこには焚き火の跡があり、まだ温かい。
誰かがそこにいた証拠だ。
すぐ近くのテントには他から掻き集めたであろう食料が大量にあり、
種類ごとに並べられ、保存の難しい物から消費しているようだった。
衣類や毛布などの日用品は綺麗に折り畳まれて置いてあり、
その様子から几帳面な性格の持ち主であると推測できる。
「呪いに詳しい者ならばいいのだがな……
まあ、アリサと同じく竜人だったとしても、
それはそれで戦力として期待できるだろう」
「ここにいないということは、
次の階層にいる可能性が高いですね
早速探しに行きましょう!」
2人は勝手に納得しているようだが、
アリサにはわからないことがあった。
「……なあ、オレが竜人であることと、
呪いにかからなかったことって関係あんのか?」
「「 えっ 」」
質問され、言葉に詰まる2人。
彼女は答えを知っているものと思っていた。
いや、稀少な種族なので生態に不明な点が多く、
それが正しい答えかどうかはわからない。
だが、それとなく伝わっている特徴が存在した。
「伝説の生物ドラゴンは神にも匹敵する力を持つと云われ、
一部の地域では実際に神として信仰する部族もいるらしい
そんな生物をルーツにしている竜人にも相応の力が備わり、
あらゆる邪悪な力を撥ね除けることができる……らしい」
「へ〜、マジかよ……
オレってすごかったんだな!」
里の大人たちは教えてくれなかった。
みんなアリサに期待していなかった。
実の親でさえも。
「竜人の角や鱗は霊薬の材料になる、なんて悪質な噂話のせいで
未開の地では密猟者による竜人狩りが横行しているそうですね」
「ああ、竜人種族だけに限った話ではないがな
我が同胞も尻尾を斬られるという事件が……
おっと、話が逸れてしまったな
今は人探しに集中しよう」
「なあ、これっていくらで売れるんだ?」
アリサが角を触りながら質問する。
「「 売る気か!? 」」
──深層に降りた3人は注意深く辺りを見回す。
石の雨、石の兵隊を切り抜けた先だ。
きっと今までよりも厳しい戦いを強いられるだろう。
アリサ以外の2人はそう考えていた。
経験者としてはこの階層が一番楽に思えた。
もちろん、最初の石の雨ゾーンのように
凶悪な変化を遂げている可能性もある。
だが、中層は全く変わり映えしなかったのだ。
もしここも同じであれば、ただの散歩道だ。
しかし、そんな都合の良い期待はすぐに打ち砕かれた。
アリサの倍はあろうかという背丈、
猛牛の如き風貌、柱のように太い脚、
ヤギの鳴き声……迫り来るストーンビースト。
それは初めて出会った時と同じようにただ前だけを見つめ、
他の何ものにも関心を示さず、己の道を突き進んでいた。
そこは直線通路。
アリサなら受け切れるが、獣は急に止まれない。
あまりの迫力に心奪われてしまった後ろの2人に対し、
咄嗟に取った行動は叫ぶことだった。
「壁に寄れーーっ!!
轢かれるぞーーっ!!」
その行動が功を奏し、我に返った2人は左右に散開した。
目の前を通り過ぎる巨大な岩の塊に、一体何ができたであろうか。
こちらを攻撃する意図は無くとも、それはただ在るだけで脅威だった。
アリサは2人に気を取られ、避けるタイミングを逃してしまった。
体の動くまま獣の前脚に飛びつき、流れに身を任せて機を窺う。
しばらくしがみついて移動した後、通路が広くなった所で飛び降りる。
あの2人と離れすぎては迷子になってしまう。
来た方向へ駆け出すと、背中から地響きを伴う轟音が鳴り響いた。
何かが激しく衝突した音。
そして、石の獣の断末魔だった。