兆し3
筋書きはこうだ。
嵐によって船が難破し、無人島に流れ着いた生還者たちは腹を空かせ、
仕方なく浜辺に打ち上げられていた奇妙な生物を食べることにした。
それは幻の怪物として恐れられている“闇の獣”だが、
たまたまシバタの故郷にも似たような魚がおり、
同じ調理法を試してみたところ大変美味であったとのことだ。
皇帝はその料理をすっかり気に入り、あっという間に平らげた。
美味しいと感じてくれたならそれでいいが、シバタは少し不満げであった。
無人島で生還者たちにうな重を振る舞った際、
2種類のタレを用意して彼らの反応を窺ったのだが、
シバタとコノハ以外の全員が醤油ベースのタレではなく、
魚醤と蜂蜜を混ぜたタレの方が好みだと答えたのだ。
又、ほとんどが米の存在を知らない者たちばかりで、
パンに挟んだ方が食べやすいと感じたようだ。
残念ながら、この世界の食材でうな重を再現するのは難しい上に、
異世界人たちの口には少々合わないらしい。
ウナギ料理を流行させるなら手軽に調味料を揃えられ、
尚且つ彼らの味覚を満足させる魚醤ベースの蒲焼きを選ぶべきだろう。
「俺たちはこの“闇の獣”を王国に持ち寄り、
養殖して特産品にしようかと考えています
ハルドモルド近海で獲れた資源なので
帝国に所有権があるかもしれませんが、
とりあえず今回は大目に見てもらえると助かります」
「うむ……それに関しては後に王国側と協議しよう
王国が財政難に苦しんでいることは余の耳にも入っている
もし養殖が成功し、海外との交易が活発になれば王国の復興は早まり、
ひいてはこの大陸全体を潤す結果に繋がるだろう
よって余個人は王国での“闇の獣”養殖を認めようと思っている
大臣よ、意見を聞かせてくれるか?」
「私も賛成です
幻の怪物の正体には多くの学者が興味を持つでしょう
世界中から高い知識を持つ者たちが王国に押し寄せれば、
石像にされた人々や石の迷宮にも関心を持つようになり、
石化復活をもっと効率良く進める方法が見つかるかもしれません」
彼に続き、他の大臣たちも理解を示してくれた。
帝国は魔女の呪いにより、王国民の倍以上の人数を石化させられた。
それだけの被害をもたらしたイルミナ王妃を憎みはしているものの、
両国間の友好関係には影響しなかった。なんと懐の深いことか。
数日後、王国に到着した一行はそこでも帰還を喜ぶ人々に出迎えられ、
王女主導の下、財政が苦しいのは承知で宴が開かれた。
とはいえ両親のような税金の無駄遣いは極力しないよう努め、
今では作り方を知る者が少なくなってきている王国の伝統料理や、
酒の代わりとして果汁入りの発泡水などが参加者に振る舞われた。
趣味で楽器をやっている地元民たちが無償での演奏を名乗り出て、
素朴でわかりやすい音楽に子供たちの体は自然と踊り出す。
そののどかな光景に大人たちも笑顔になり、皆が楽しめたようだ。
否、貴族たちは終始退屈そうにしていたが、それはまあいいだろう。
ささやかな祝宴はつつがなく終了し、
医務室には特別なメンバーが集まっていた。
アリサ、ユッカ、コノハの冒険者3名とシバタ、
フレデリカ、パメラ、ミモザ、フィン、そして最後に医者(庭師)。
彼らの共通点は『不思議なカバンの使い方を知っている』ことだ。
しかしコノハは全てを打ち明けたわけではなく、
取り寄せ機能についてはまだ仲間以外には黙っている。
学術的好奇心の強い医者に打ち明けるのはだいぶ迷ったが、
アリサが信頼できる人物だと言ったので、コノハはそれを信じた。
そしてその通り、彼はコノハの『秘密にしたい』という願いを尊重し、
医務室で不思議なカバンと、その中にいる100人弱の乗員を守り抜いたのだ。
「それで、これが例のウナギか……
ふむ、たしかに奇妙な外見をしている
目が複数あるとは聞いていたが、あれはエラだな
表面のぬめりは一体なんのためにあるのだろうか……」
彼は机の上で美味しそうな匂いを放つ蒲焼きよりも、
容器の中を泳ぐウナギに強い関心を示していた。
そしてフレデリカは初めて食べるうなぎの蒲焼きに感動し、
これなら王国に財をもたらす特産品になるだろうと確信に至った。
「アリサ様、まだお具合が優れないのですか?
一口も手をつけていないようですが……
とっても美味しいので、是非少しだけでも味わうべきかと思います
もし食べ切れなければ、わたくしが処理しますのでご安心ください」
「姫様、おかわりならまだありますよ」
パメラに魂胆を見抜かれ、彼女は頬を赤らめた。
「いや、美味そうだってのはわかってんだけどな……
みんな普通に食ってるから安全なのも理解はしてんだけど、
オレ、こいつの毒で死にかけたからなぁ……
なんつーか、まだ苦手意識があんだよなあ」
「じゃあ、あたしが食べちゃっていーい?」
そう言いながら、ユッカは既にアリサの蒲焼きを横から掠め取っていた。
「ああっ!?」
「姫様、おかわりならまだありますよ」