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そして少女は斧を振るう  作者: 木こる
『竜と人と』編
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兆し2

「シバタ殿、本当にあれを食べるおつもりか?」


船乗りたちだけでなく、パメラとミモザも苦い顔をしている。

不吉の前兆という迷信は関係無く、その奇妙な外見に引いていた。

更に言えば、あのアリサでさえ死にかけた毒を持っているのだ。


しかしシバタは全く心配した様子を見せず、

水槽の中から3匹を取り出し、泥抜き用の小さな容器に移し替えた。

とりあえずは水を取り替えながら3日待ち、その後に調理する予定だ。


「まあ、実際に食ってみないと大丈夫かどうかわかんないからねぇ

 この中でウナギ食ったことあんのは俺とコノハちゃんだけだけど、

 若い子に危険な役割を押しつけたくないしな」


毒に関しては、シバタも少しは警戒している。

彼の知っている毒ならば下痢や吐き気などの症状で済むはずが、

アリサはそれよりも酷い状態だったと聞く。

でもまあ彼女は強烈な電気を浴びたし、全身はズタボロだった。

死にかけたのは毒だけが原因ではないはずだ。


「さて、今は待つことしかできないけど、

 その間に用意しておきたい物があるんだよなぁ……」


シバタはコノハをちらりと見やる。

正確には、彼女のカバンをいやらしい目で見つめた。


コノハはすぐに察した。

シバタはまた“取り寄せ”の機能を利用したいのだと。



今更だが、コノハとシバタは異世界人である。



コノハのカバンには、欲しい物を取り寄せられる機能が備わっている。

大体の商品が日本円に換算して10倍〜100倍と法外な値段設定だが、

この世界には存在しない物を持ち込めるのだ。


中には日本で買うよりも安く済む物はあるが、そんなのはごく一部だ。

例えば納豆。この世界の物価に換算すると5円程度で3パックを購入できるが、

食い意地の張っているアリサやユッカでさえ拒絶した過去がある。

味に不満は無いが、見た目や匂い、そしてネバネバが受け入れられなかった。


どのような基準かはわからないが、鮭フレーク1瓶は約3万円に相当し、

シバタはお気に入りのタバコ1カートンを10万円相当で購入した。

例の釣り竿に至っては『高級車を買えるくらいの値段』らしい。



シバタが用意したい物とは醤油、砂糖、みりん、料理酒など、

うな重を作るにあたって欠かせないタレの材料だった。

そして何よりも米。

あまり米食文化の定着していないこの世界ではすぐに揃えられない物だ。

ちなみに前述のみりんや料理酒の材料も米である。


不思議なカバンの取り寄せ機能には、

『日本で購入した経験のある物のみ購入可能』という制約があり、

『うなぎのタレの完成品を買った経験』が無いので自分で作るしかない。


「どうせなら土鍋とか飯盒(はんごう)で炊きたいよなぁ

 コノハちゃんは味噌汁とお吸い物、どっち派?

 つけ合わせの副菜はどうしよっかなぁ

 ほうれん草のおひたし、かぶの浅漬け……天ぷらも行っちゃおうか」


「シバタさん、なんだか生き生きしてますね

 タレの作り方を知ってるし、料理が趣味だったんですか?

 ちなみに私はどちらかといえば味噌汁派ですかね

 贅沢を言えば豚汁がいいですね」


「ん〜、料理というよりキャンプが趣味だったね

 自分で釣った魚を捌いてるうちに自然と上達した感じかな

 いやあ、あの頃を思い出すなぁ……

 毎週のように山へ向かっては妻から怒られていたよ

 『いつまでも遊んでないで、あなたも働いてよ!』ってさ」


「え、無職だったんですか?

 そりゃ怒られますよ……って、

 シバタさん既婚者だったんですね」


「まあ離婚したけどね

 いい加減、ヒモみたいな生活を続けるのが申し訳なくなって、

 平日はちゃんと仕事探しを頑張ってはいたんだ

 でもある日、娘の学費をパチに注ぎ込んでたのがバレちゃってね……」


「ただのクズじゃないですか」


「それだけじゃなく、元妻はとっくに愛人の存在に気づいてたんだ

 2人の女性が包丁を向け合いながらの話し合いは、

 そりゃあもう生きた心地がしなかったね……

 まさか自分が恋愛関係で修羅場を踏むなんて思ってもみなかったよ」


「自分で()いた種なんじゃないですかね……」


「はっはっはっ、上手いこと言うねえ」


「……え、どのへんが?」


「あっ……いや、今のは忘れてくれ」






──それから10日後、4隻の船がハルドモルド港に到着した。

そのうちの1隻はかの有名な“黒い死神”で、帝国の民たちは

最強の戦艦の帰還を大いに喜び、皇帝はささやかな宴を催した。


船長は前もって打ち合わせた通り、

旅立った時の船は局地的な嵐に見舞われて難破したと説明し、

そんな状況から全員が無事生還できた奇跡に、帝国民は更に盛り上がった。


海賊の存在を知る一部の者たち……皇帝や側近には討伐成功の事実を告げ、

伝令は速やかにミルドール王国へと駿馬を走らせた。


「──これは?」


献上された料理を、皇帝陛下が訝しげに睨む。



うなぎの蒲焼き。



この世界にはまだ存在しない食べ物だ。

毒味は既に済んであることを伝え、念のためもう一度毒味を重ね、

皇帝陛下は恐る恐るその未知なる料理を口に運んだ。



「う・ま・い・ぞおおおおおおっ!!」



ふっくらとした鰻の肉にシバタ特製のタレが絡み、

その絶妙なハーモニーは異世界人も認めるところであった。


シバタは自分自身で毒味を行なった後、

他の生還者たちにも同じ物を振る舞って感想を聞いた。


100%。


全員がそれを美味しいと評価した。

だって不味いわけがない。鰻なのだ。

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