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そして少女は斧を振るう  作者: 木こる
『竜と人と』編
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聖戦2

翌朝、奴隷たちを海に潜らせて戦利品を掻き集めるよう命令した。

しかしいくら探せども金目の物はおろか、食料すら見つからない。

それどころか人っ子一人出てこない。


その小型船は、さながら幽霊船のようであった。


ただ一つ、舵に括り付けられたメモには『バーカ』とだけ書かれており、

元貴族の3人はやり場のない怒りと、この不可解な現象に恐怖が込み上げた。


奴隷の仕業ではない。

彼らには文字の読み書きを教えていないのだから。


とにかくこんな不気味な船は、もう放っておこう。

男たちは合意し、ハルドモルド港に向けて再び進み始めた。


しかし、その進路を阻む者たちがいた。



海賊だ。



気がつけば3隻の船が“黒い死神”の死角に張り付いており、

100人以上の荒くれ者が一気になだれ込んできた。


3人のおっさんに抵抗する力は無く、

又、奴隷の少年少女たちもどうすればいいのかわからず、

一行はあっさりと縛り上げられたのだ。


この襲撃者たちはギャリーランドで幅を利かせていた元奴隷商の集団であり、

奴隷制度の廃止及び厳罰化に伴い仕事を失い、

一念発起して海賊活動を始めようと結成したばかりだった。


その最初の獲物が、空っぽの“黒い死神”というわけだ。




「お(かしら)

 船内を全部探しましたが、

 役に立ちそうなモンは一切ありやせんでした!」


「んだとぉ!?

 そんなわきゃねぇだろが!!

 こいつらは昨晩、たかが小船相手に大砲バンバン撃ってたんだぞ!?

 そんだけ余裕があるってことなんだよぉ!!

 火薬の残りがどこかにあるはずだ!! もう一度探せ!!」


お頭に命令され、部下たちが散り散りになる。

そしてお頭は縛られた3人の男たちに向き直り、おもむろに蹴り飛ばした。


顔面を蹴られたヴィゼル卿は鼻血を流し、全身をガクガクと震わせた。

残りの2人もまた同様に、恐怖に身を震わせることしかできなかった。


「おい、てめぇら これ以上手間をかけさせるなよ……

 いい加減本当のことを言わねぇと、その首を斬り落とすぞ」


コルセア帽に眼帯、頬は痩せこけ、長いヒゲを生やした男。

これぞいかにも海賊船長といった出立ちのお頭が3人を見下ろす。


「ひいぃっ……!

 ほ、本当です! 本当に本当なんです!

 私たちは何もしてないんです!

 あのみすぼらしいクソガキどもが勝手にやったことなんです!

 奴らは密航者で、食料を全部食い尽くされてしまいました!」


発言したのはグランベルム大公だが、

お頭はバート卿の顔面に蹴りを入れた。


「だから……本当のことを言えっつってんだよおお!!

 ありゃ、てめぇらの飼ってる奴隷だろがああ!!

 こちとら元奴隷商、商品の区別くらいできんだよおお!!」


大公の嘘は速攻で見抜かれた。

これ以上嘘を重ねれば、確実に3人とも殺される。

ヴィゼル卿とバート卿は必死に『素直に従いましょう』と目で訴え、

察した大公はこれまでの経緯を正直に伝えることにした。


するとどうだろう、真実を話し始めた途端にお頭は暴力を振るわなくなり、

大公たちの話から時系列を整理し、その整合性を確かめたのだ。


お頭は単に嘘が嫌いだった。




「──するってぇと、てめぇらはアル・ジュカの上流貴族で、

 国に戻ることができれば隠し財産を手にすることができて、

 そいつの半分を俺たちに寄越してくれるってわけか……」


全てを洗いざらい話し終えた3人は、ブンブンと首を縦に振る。


奴隷を含めて10人ぽっちの彼らが、

国を取り戻そうだなんて本気で思っているわけがなかった。


無力なおっさん3人が“魔女に支配された大陸”に戻る理由。


目的は金。

実にシンプルな答えだった。


反乱に巻き込まれないように急いで逃げ出したがゆえに、

国外へ持ち出せなかった財産がまだ残っているのだ。

それを取り戻せば、また豪遊ができる。

たったそれだけの理由だった。


「お頭、こいつら絶対また嘘ついてますぜ!

 助かりたいがためにホラ吹いてるだけでしょうよ!」


「うるせぇよ

 それを判断すんのはこの俺だ」


お頭は熟考した。


裏社会で生きてきた彼は嘘を見抜くスキルに長け、

少なくとも隠し財産の話は本当だと確信している。


奴隷に武器を持たせて反乱が起きた話は、馬鹿だなとしか思えない。


「……9割だ」


「へっ?」


「俺らに貢ぐ財産の額だよ

 てめぇらを殺して10割奪ってやってもいいが、

 さすがにそれはかわいそうだから、

 たったの9割だけで見逃してやろうってんだよ」


それだと3馬鹿の手元には1割しか残らないということになる。

大公は難しい顔をするが、両隣の2人は即決した。


「はいっ!!

 その条件を飲みます!!

 私たちの財産を9割差し上げます!!」


命が大事だ。

金は生きるための手段でしかない。

そんな当たり前のことを、この土壇場になってようやく気づいたのだ。


契約が成立し、お頭はニヤリと笑った。






──それから1ヶ月、彼らは無人島に生活の場を設け、

隠し財産回収のために緻密な計画を練り上げた。


あの大陸には石の魔女と呼ばれる脅威が存在する。

何が目的なのか知らないが、王国は一夜にして滅びたそうだ。


そんな危険な相手には構っていられない。


陸路での移動を最小限に抑えるため、

大陸南のハルドモルド港には立ち寄らず、

まずは西にある寂れた漁村に上陸する。

当然ミルドール王国の近辺には近づかず、

山道を通って北のアル・ジュカ公国へと向かい、

財産の隠し場所まで行って回収するという流れだ。


文字に起こすと単純だが、実際には細かい立ち回りや合図のやり取り、

イレギュラーへの対処法など、色々と覚えることがたくさんあった。


口封じのために、漁村の住民は全員始末しなければならない。

こちらの人数は約150人。対して漁村の人口は300人ほどだと聞いている。

その大半が女子供や老人とはいえ、海の男たちの戦闘力は侮れない。


なので夜の闇に紛れて村を包囲し、まとめて焼き払う。


無人島にある素材で、原始的な武器や自家製の火薬を用意できた。

海賊たちは暇さえあれば体を鍛え、戦いに備えた。

何度も練習を重ねて、襲撃の手順を頭に叩き込んだ。


あとは実行するだけだ。




一方その頃、無人島の浜辺には2人の女性の姿があった。

彼女たちは停泊してある巨大な戦艦を見上げ、

この島に敵がいることを改めて確信した。

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