聖戦1
時は遡り、場所は南の大陸にあるギャリーランドという国に移る。
そこは大陸内で最も盛んな交易都市であり……いや、それは省こう。
アル・ジュカ公国の貴族たちは奴隷に武器を持たせて自滅した。
しかし全滅はしておらず、いち早く反乱を察知した者たちは
ミルドール王国の財産を持ち出し、ハルドモルド帝国の船を奪い、
守るべき領民を置き去りにしてこの国へと逃げ果せた。
賢い者たちは更に大陸を移動して身分を偽装し、
生きるために積極的に汚れ仕事などを請け負い、
目立たず、慎ましく暮らすということを覚えた。
だが、全員がそうしたわけではない。
愚か者たちは1年もしないうちに金を使い果たし、
借金を借金で返す日々に疲れ切っていた。
安宿の狭い寝室に薄汚れた身なりの男が3人。
新しい服を買う金も無く、もう何日も肉と酒を口にしていない。
そのあまりにも過酷な境遇に自然と涙が湧き出る。
なぜ高貴な我々がこのような目に遭わなければならないのか。
これも全て亜人種族どものせいだ。
人間様の国を乗っ取ろうなど、到底許されることではない。
彼らは逆恨みした。
「ヴィゼル卿、バート卿……
今こそ武器を取り、立ち上がるべき時ではないか?
あの悪しきケダモノたちを駆除し、我らの国を取り戻そうぞ!」
「大公閣下……!
私も同じことを考えておりましたとも、ええ!
奴らの一族郎党を1匹残らず皆殺しにして、
再び人間の聖地を築き上げましょう!」
「これは我らの聖地を取り戻す戦い……即ち、聖戦だッ!!」
その単語に感化され、彼らの心は一つになった。
3人は空中で手を重ね、その意気込みを言葉に出した。
「うおおおお!! やるぞおおお!!」
「亜人は皆殺しだあああ!!」
「我らに正しき勝利をおおお!!」
「うっせえんだよ、おっさんども!!!
夜中に叫んでんじゃねえよアホ!!!
他の客に迷惑だから出ていけ!!!」
突如部屋に入ってきた宿の主人が、3人の荷物を窓から投げ捨てた。
男たちは必死に抵抗しようとしたが、非力なおっさんが力を合わせても
オークの剛腕をどうこうすることはできず、泣く泣く宿を後にした。
ギャリーランドにて、彼らは嫌われていた。
実は母国アル・ジュカでも嫌われていたが、それはさておこう。
この国では数年前に奴隷制度を廃止しており、
過去に奴隷として扱った者たちへの罪滅ぼしを行なっている段階なのだ。
完全に和解するにはまだ長い年月がかかるだろうが、
それでもより良い未来へ向かって前進していることは確実だ。
そんな国で、奴隷を引き連れて歩く彼らは衆目を集めた。
裸足の少年少女たちは虚な目で文句も言わずに荷物を運び、
その後ろに3人の男たちが、この世の全ての不幸を背負ったような表情で連なる。
反吐が出る構図だが彼らは外国人、
ギャリーランドの法律では裁けない立場にあった。
その特別待遇がまた嫌悪感を加速させた。
そんな彼らが自国へ戻ろうと決意したのだ。
ギャリーランドの民にとっては朗報だった。
そして、名も無き奴隷の少年少女たちも目を輝かせた。
また海が見られる。
どこまでも広く、何も無い海を。
青く、白く、赤く、黒い、あの海に出られるのだ。
彼らは、彼女らは、この感情をなんと呼べばいいのか知らなかった。
──“黒い死神”と呼ばれる戦艦に乗り込み、一行は帰国を目指した。
行きの便では手をつけなかった酷く硬いビスケットも、今は貴重な食料だ。
歯が欠けるほど硬く、そしてまずい。それでも食べなければならない。
船を動かす奴隷に死なれては困るので、彼らにもビスケットが与えられた。
改めて船内をくまなく探すと幸運にもワインが残されており、
男たちは数日ぶりの酒を楽しむことができた。
調子に乗って飲み過ぎ、彼らは夜風に当たろうと甲板に出た。
「んっ、あそこ……
なんか船があるっぽいですよ?」
気づいたのはバート卿だった。
夜の海、小型船が南を目指して移動している。
知らされたグランベルム大公とヴィゼル卿はどうしようかと考えあぐねる。
「──沈めろ」
大公の一言により、全ては決定した。
せっかくの戦艦、そしてせっかくの大砲。
大公はこれを一発撃ってみたかったのだ。
ドゴオォンと凄まじい轟音が、振動が、硝煙の匂いが、
酔った男たちの心を震わせ、愚行を加速させた。
「ヒャッハーーーッ!!
撃て撃て撃てーーーっ!!
皆殺しだーーーっ!!」
非武装の小型船に向かって2発、3発と追撃が放たれる。
いかんせん素人による砲撃なので決定打を与えられないが、
大砲がぶっ放される度に3人は大喜びした。
やがてバート卿が少しだけ理性を取り戻し、
「大公閣下! ヴィゼル卿!
冷静になられよ! 我々の火薬には限りがある!
あのような小船に無駄撃ちするのは得策ではありませんぞ!」
と忠告したのだが、その時にはもう手遅れだった。
実際に砲撃を行なったのは奴隷の少年少女たちだ。
とにかく攻撃の手を緩めたらご主人様から怒られる。
それだけを意識して、後先考えずに全ての火薬を使い切った。
奴隷である彼らにとって重要なのは、敵に命中したかどうかではない。
「撃て」という命令通りに動けているか、ただそれだけだった。
お気づきだろうか。
敵船は1隻。火薬は残っていない。帰る場所も無い。
この無計画な愚か者たちは、またしても自滅の道を歩んでいたのだ。