誰が為に4
「やっ、待って!
たしかにアタシは水場での活動は得意だけど、
海賊やら未知の怪物やらがいる場所を泳ぐのは嫌だよ!?
なんならアタシより泳ぎの上手い子紹介したげようか!?」
ミモザは反論した。
当然だ。
彼女は騎士ではあれど、自己犠牲精神とは無縁の存在なのだ。
いつまでもおままごと騎士団のままでいてほしかったのに、
団長のパメラがなまじ優秀であるがゆえに名声を得てしまい、
巻き添えで副団長も愛国心溢れる人物だと思われて迷惑していた。
楽して生きたい。
ミモザはそういう女だ。
「民間人に危険な真似をさせられるわけがないだろう
……それにお前は以前、水中で男たちを手玉に取った実績がある
それもただの男たちではない 黒騎士団の屈強な獣人たちをだ
今こそ、その実力を国のために役立てるべき時じゃないか?」
「やっ、あれは真冬だから勝てた戦いだってフィン君も言ってたよ!?
アタシは戦闘訓練なんてしたことないし、
海賊と戦うなんて絶対に無理!!」
「おい、落ち着け
なにも戦列に加われと言っているのではない
私たちを敵の拠点まで運ぶだけでいい、それだけだ」
「それも危険なんでしょ!?
出るんでしょ!? 黒くてニョロニョロしたやつがさあ!!」
パメラは知っていた。
ミモザは自堕落な女だが、やる気さえ出せば有能なのだと。
彼女とは同い年であり、侍女だった頃からのつきあいだ。
そんな間柄だからこそ、ミモザの扱いをよくわかっていた。
「おい、これはお前にとっても大きなチャンスなんだぞ?
ここで成果を挙げればお前の評価はより高まり、
自分の騎士団を結成することも夢ではないだろう
そうなれば面倒な雑用は全部部下に押しつけて、
望むがままに怠惰な生活を過ごせるんじゃないか?」
自分の騎士団……なんと魅惑的な提案だろうか。
今の忙しい日々から解放されて、
昼間から酒を飲んでいたあの頃に戻りたい。
ミモザは屈したくはなかった。
だが屈した。
──少女が斧を振っている。
ただの斧ではない。
重りを追加しすぎて、もはや斧とは呼べない鉄の塊をだ。
それを、水中でだ。
しばらく使われていない王家の別荘の水泳場にて、
アリサはリハビリを兼ねて体を鍛えていた。
まだ完治には至らないが、少しなら動くことはできる。
いつまでも寝ているわけにはいかない。
彼女にはやるべきことがまた出来てしまった。
海賊をぶっ倒す。
ただし、連中を殺すつもりはない。
これまで誰かに本気で殺意を抱いたことは何度もあるが、
奇跡的に手を汚さずに済んできたのだ。
ここまで来たらもう、これからもそうしようと思っている。
なので、半殺しで済ませられるように力加減のトレーニングをしているのだ。
その光景を3人の男たちが見守っている。
彼らはアリサの水着姿には目もくれず、
筋肉の動きや斧を振るスピードを記録し、
波の規模から予測される破壊力などを計算し合った。
「まったく、相変わらず質量を無視した馬鹿力だな
医学的な観点から言って、まずあり得ないことだ
彼女の体格からは生み出せるはずのないエネルギーが働いている
これには説明がつかず、だからこそ唆られてしまう
しかも以前に計測した時よりも格段に強くなっている
この先どこまで成長するのか、是非見届けたいものだ」
「あの子に殴られたら、僕は一体どうなってしまうのだろうか……
考え出したら止まらないよ……これは是非、試してみる価値があるね!」
「ぶはははは!
本当に学術的に興味深い存在だぜ!
俺らの知ってる竜人とは全然違うよなぁ!?」
竜人。
アリサはその単語に反応し、手を止めた。
「おい、グレン……
オレ以外の竜人に会ったことがあんのか!?
それは一体、どんな奴だったんだ!?
この怪力はどういうアレなんだ!?」
思いがけないタイミングで旅の目的を達成できそうになり、
アリサはつい興奮気味になり、グレンに詰め寄った。
「そりゃあ、嫌ってほど見てきたぜ?
なんせ竜人ってのは知識を求めてやまない種族だからな
魔道学院の生徒の1〜2割は連中が占めてたんだよなぁ
だが、どいつもこいつも性根の腐った奴らでよ、
他の種族を下等生物だの劣等種呼ばわりするわ、
竜人同士でも陰湿な足の引っ張り合いするわで、
一緒にいて不愉快な連中だったぜ……」
「いつも僕のことを見下して、汚物って呼んできたり、
弁当に生ゴミをぶち撒けたり、階段で突き落としたり……
とても充実した10年間だったよ」
不愉快な連中……たしかにそうだ。
竜人の里に味方はいなかった。
親からは煙たがられ、寝床は物置きだった。
風呂を使わせてもらえず、川で体の汚れを落としていた。
食事は残飯を与えられ、何も与えられない日もあった。
よその家の子供たちはそんな扱いをされていなかった。
馬鹿にしてくる奴らをぶっ飛ばしたら“危険物”と呼ばれた。
そして極めつけは10代前半の少女に睡眠薬を盛り、
わずかな路銀だけ持たせて見知らぬ土地に放り出すような連中だ。
『魔力や知力が高い』などの特徴は聞いていたが、
彼女が知りたかったのはそういう数字以外の情報だった。
他の竜人もそんな性格だと知り、なぜだかアリサは安心感を覚えた。
「そういや魔道学院を卒業した後は
宮廷魔術師とかのお堅い職業に就くのが普通なんだが、
竜人の連中は知識だけ吸収して自分たちの里に帰っていったな
あいつらはなんつーか、“溜め込む”のが好きなんだよな
学院に通う理由も自分の将来のためってわけじゃなく、
最新の理論とかの学術知識を里に持ち帰るためらしいぜ」
伝説の生物ドラゴンがお宝を溜め込んでいたという話はよく聞く。
それは考古学者たちの研究により事実だと証明されている。
知識は宝。そういうことだろうか。




