誰が為に3
フレデリカは焦燥していた。
王女として、両親がやらかした悪事の後始末をする最中、
その存在を忘れかけていた兄が急に帰国したかと思いきや、
信じて送り出したアリサがまた死にかけて戻ってきた挙句、
海賊という新たな脅威の存在を知ったのである。
帝国との協議で国民には黙っていようということになり、
頼りにしたい兄は別荘に引き篭もり、何もしてくれなかった。
本来なら国王がすべき仕事を、彼女が全てこなしていた。
「もう王女辞めたいです……」
王国へ戻る馬車の中で、彼女はうっかり本音を漏らしてしまった。
乗り合わせた親衛騎士団団長パメラはどう声をかけようかと迷い、
フレデリカ本人も自身の発言にハッと気づき、猛省した。
彼女には王族として、国民のために最善を尽くす義務がある。
それを一時の感情に任せて放棄しようとは、無責任にも程がある。
親がどうであれ、彼女は国民から信頼されている。
信じてくれている彼らを裏切ってはならない。
それが王家に生まれた者の責務なのだ。
10代半ばの少女にとってそれは、あまりにも重い責務であった。
「姫様、ここ数日は碌に睡眠を取られていないでしょう
こなすべき課題が山積みなのは承知していますが、
そろそろちゃんと休むべきかと提言致します
もし姫様が倒れるようなことがあれば、
それこそ国民を不安にさせる結果になりますよ」
パメラからのフォローに口元を緩めるが、眉は下がったままだ。
所詮は作り笑い。感謝はすれど、喜びの感情は湧いてこない。
助言に従って何度かしっかり休もうとはしたが、
自分のやるべきことが頭から離れずに寝つけない。
この1ヶ月間、そんな夜が続いている。
パメラは略奪者への怒りを募らせ、無力な自分を呪った。
フレデリカとは姉妹も同然に育った仲なのだ。
そんな彼女が今、自身を押し殺してまで国民の幸せを優先し、
解決策を見出せない現状に嘆いているのが手に取るようにわかる。
そして、自分も突破口を見出せない。
敵は海賊。武術の鍛錬はそれなりに積んできたが、
海上で砲弾の撃ち合いともなれば個人の戦力など無意味に等しい。
造船には年単位の時間を要する。
それもただの船ではなく、武装船だ。
大量の火薬を確保しなければならないし、
海戦について学び、兵士を訓練する必要もある。
国庫は尽きた。
まだ先の話だが、冬が来れば餓死者や凍死者が続出するだろう。
そうなる前に全てが丸く収まればいいが、
そんな都合の良い奇跡に期待するのは愚かな選択だ。
船の完成を待っていたら国民が死ぬ。
今のうちに事態を収拾しなければならない。
パメラは決断した。
「余計な海戦など行わず、直接奴らの拠点に乗り込んで制圧すればいい」
パメラは王国での対策会議でそう発言し、
同席した大臣たちをざわつかせた。
すると老齢の大臣が立ち上がり、
嗜めるように、落ち着いた口調で反論する。
「しかしパメラ殿
敵の戦力や所在地を正確に把握できていない上に、
我々が使える武装船はたったの2隻しか無いのですぞ?
もし襲撃されれば、貴重な移動手段を失うことにもなりかねん
このような状況で焦ってしまう気持ちは理解できるが、
少し頭を冷やし、現実的な案を考え直されてはいかがですかな?」
彼は決して小娘の意見だからと馬鹿にしているわけではなく、
国の未来を思い、被害を最小限に抑えようと努めているだけだ。
しかしパメラが求めているのは安全策ではなく、強行策。
このまま何もしなければ、どのみち王国は緩やかに滅ぶだけだ。
それならばリスクを抱えてでもこちらから仕掛けた方がいい。
「その点はご安心ください、大臣殿
拠点に乗り込むと言っても船で向かうわけではありません
どちらの武装船も、先日取り決めた海域からは出ない予定です」
「では、どうやって敵の本拠地へ乗り込むと言うのだ?
まさかとは思うが……」
「泳いで行きます」
大臣は眉をしかめた。
パメラを優秀な騎士だと認めてはいるが、彼女はまだ若い。
理想に向かって突き進みたいのだろう。その無鉄砲さは理解できる。
昔は自分もそうだった。だが今は立場と義務がある。
大臣として、国民の生活を守る義務が。
「……パメラ殿もご存知であろうが、
我々の頼みの綱であるアリサ殿は現在療養中で、
医者の話ではまだ完治には程遠いとのことだ
我らの救世主に、これ以上の負担を強いるのは酷というものですぞ
そもそもアリサ殿の体力についてゆける者がいるかどうか……
鎧を着込んだ状態で泳げる者が、一体どれだけいると言うのだ?」
王国を2度も救ってくれたアリサには感謝の気持ちが、
そして3度も死にかけたことには罪悪感が込み上げてくる。
それは大臣はもちろん、パメラとて同じ気持ちだ。
パメラはそれを重々承知の上で、泳ぐという選択をしたのだ。
「大臣殿、ご心配には及びません
これは彼女に無茶をさせようという話ではありません
今回動くのは私が選出する、ごく数名の少数精鋭部隊です
万が一この作戦が失敗に終わったとしても、
王国の戦力に影響を与えることは一切無いでしょう」
作戦の失敗……それはつまり、死を意味する。
国民のため、王女のため、そして自らの誇りのために命を懸ける。
彼女はそれだけの覚悟を持っていた。
「泳いでもらうのはアリサではなく──」
パメラが指差した先に、大臣たちが注目する。
当の本人は指されたことに気づかずキョロキョロするが、
やがてそれが自分のことだとわかると、大声で叫んだ。
「ちょっ、えぇ……アタシィぃぃ!?!?」
親衛騎士団副団長ミモザ。
水中に於いて無敵とも言える身体能力を誇る種族、魚人。
彼女には覚悟ができていなかった。




