誰が為に2
医務室の外からフィンが呼び掛ける。
「おい、王子がこっちに向かってくるぞ!
もしかしたら入ってくるかもしれない!」
把握した医者(庭師)は素早くカーテンを閉め、
コノハは不思議なカバンを切り裂き、その中にシバタを収納した。
そして彼女もカバンの中に飛び込み、それはベッドの下に隠された。
アリサは複雑な心境であった。
窮地から救い出してくれた王子一行は命の恩人であり、
アンディは変態ではあれど、悪い人物ではないように思えた。
乗員は全員無事だということを伝えてあげたいのだが、
コノハもシバタも、まだ彼を信用するのは早いと判断したのだ。
その2人だけではない。
王子の妹、つまりはフレデリカ王女も同じ意見だった。
まだ幼い頃に離れ離れになった兄。
彼について覚えていることは少なく、
正直、どう接していいものかわからない。
あの国王と王妃の息子なのだ。
慎重にならざるを得ない。
リーダー同士で話し合った結果、
とりあえず海賊の件が片づくまでは様子を見るという形に落ち着いた。
「やあ、アリサさん
すっかり顔色も良くなって安心したよ」
「お、おう……」
アリサは花束を渡され、どうしていいかわからない。
それが見舞いの品だということは理解できるが、
どうせなら食べる物が欲しかった。
アンディはふと皿に乗ったリンゴに目をやると、眉をしかめた。
どうやら彼にもそれが羽虫に見えたのだろう。
少しの沈黙の後、鬼人の青年がこちらをジロジロと見ていることに気づく。
先日上陸したという、王子の友人だろう。
『魔女に支配された大陸』などというデマに惑わされず、
近海に海賊が出没することを知った上で駆けつけてくれたのだ。
彼が来たおかげでこの大陸には今、2隻の武装船がある。
海賊船“黒い死神”と比べればスケールはガタ落ちするが、
それでも貴重な海戦の手段だ。
「ん……?
おめえ、なんでそこの変態王子が困ってるってわかったんだ?
この1ヶ月、大陸の外に出た奴は誰もいねえんだろ?
こっちから連絡する手段は無かったはずだ」
不意打ちで変態と呼ばれ、アンディはゾクリとした。
それはいいとして、アリサの疑問は尤もだ。
王家の船以外には小型の漁船しか残されておらず、
とても大陸間の移動に耐えられる代物ではない。
フレデリカと帝国陣営が協議した結果、
国民の不安を煽らないように海賊の件は伏せておき、
事態が解決するまでは漁船の活動範囲を狭めるということになった。
そんな状況でアンディを助けに来た彼は、かなり不自然に思えた。
するとアリサが怪しんでいるのを察したのか、
鬼人の青年は懐から少し黄ばんだ紙札を取り出した。
赤い模様で枠を囲っているが、文字らしき物は書かれていない。
「こいつは俺の一族に伝わる“呪符”ってやつだ
鬼人ってのは普通の魔法を扱うのは苦手だが、
こういう珍しい術式はなぜか得意なんだよな
……まあ実際に使ってみりゃわかるか
そこに何か文字を書き込んでみてくれ」
アリサは呪符を渡され、何を書こうかと悩んだ。
「べつになんだって構わねーぜ?
特に意味の無い文字列や、なんだったら絵でもいい
で、書いたもんは俺に教えずにそのまま破り捨ててくれよ」
妙な注文だが、彼は何かを見せたいのだ。
アリサは適当に頭に思いついた単語を書き込み、
言われた通りに呪符を破った。
すると呪符は青い炎に包まれ、驚いたアリサはすぐに手放した。
医者は急いで水を取りに行こうとしたが、
彼が背を向けるよりも早く火は消え去り、そこには何も残らなかった。
「フッ……ぶはははは!!
なんだよお前、下品なもん書きやがって!!
あまりにもくだらなさすぎて、逆に笑っちまうよ!!」
突然笑い出した鬼人に、アリサは再び驚く。
彼女は確かに呪符に『うんこ』と書き込み、
それを彼には伝えずに破り捨てたはずだ。
遠く離れた相手に言葉を送る魔法。
それならば友の窮状を知ることができた説明がつく。
「……俺はグレンだ、よろしくな!」
アリサは差し出された手に応えた。
フィンは円卓に海図を広げ、海賊の被害に遭った座標に印をつけた。
そして南の大陸と、いくつかの近隣の小島にも印をつけ、線で結ぶ。
「海賊はおそらく、この小島のどこかに潜伏しているものと思われます
惜しみなく砲撃してきたということから火薬の在庫が充分なのか、
南の大陸に出向いて補給する手段があるのでしょう
殿下も察しているとは思いますが、敵船が1隻だけとは考えにくいです
討伐隊の結成よりも、まずはこちらの船を増やすべきかと……」
「そうだね……それなら造船技師をもっと復活させる必要がある
復活させる人の優先順位を調整することになるけど、
待機中の人たちから同意を得られるかなあ……」
フィンは少し安心した。
アンディ王子は下々の話に耳を傾け、正常な判断を下せる。
それは上に立つ者として当然の資質ではあるが、
彼の父親、レオンハルト国王はそうではなかった。
自分の決断こそが全て。そういう人だった。
少なくとも彼は、父親のような暴君ではない。




