残されし者5
「ヒッヒッヒッ
いかがいたしましょう、陛下
使者によればミルドール王国の民はほぼ全滅、
国王も、大陸最強と名高い黒騎士団の姿も見当たらないとか……
もはや国としての機能を失い、陥落寸前といったところですなあ!」
「フン、考えるまでもない……
石の魔女の再来が事実であれば、
それはもうミルドール王国だけの問題ではない……
帝国騎士団を総動員し、悪しき魔女を炙り出すのだ……!」
「クックックッ
では、そのように……」
王国からの急報を受け、ハルドモルド帝国の皇帝は即断した。
300年の争いがあったとはいえ、それはもう過去の話だ。
同盟こそ結んではいないが、両国は友好的な関係にあった。
「──やったねキリエ!
帝国が味方になってくれたよ!」
「ああ、第一目標はクリアだ
次は北のアル・ジュカ公国へ向かわねばな
また平原を突っ切ることになる
タチアナ、振り落とされるなよ!」
「うん、急ごう!
王国の未来はボクらの手にかかってるんだ!」
鳥人タチアナは馬人キリエの背に跨った。
──石の迷宮中層。
通路にて石の兵隊の挟み撃ちに遭い、
アリサは前の2匹、パメラとフィンは後ろの1匹を担当した。
相手は人間の兵士を模した魔物であり、それほど大きくはない。
対人戦闘訓練を毎日こなしている2人にとって、
初戦の相手としては悪くなさそうだった。
「うおりゃあぁぁ!!」
アリサの両刃斧が空を裂き、まずは1匹の頭部を粉砕する。
後方では敵が先制し、石斧を振りかざして飛び掛かった。
盾役を買って出たフィンが歪んだ大盾で通路ごと塞ぎ、
振り下ろされた一撃に深い切り込みを入れられる。
石の雨とは比べ物にならない衝撃が全身に走り、
直撃すれば鎧も兜も意味を成さないことを理解した。
「ハッ!!」
盾の陰からパメラが斧槍を突き刺すが、有効打にはなっていない。
想像以上の攻撃力に押され、フィンは少しずつ後退させられた。
敵は人間の形をしているとはいえ、中身は石なのだ。
単純に硬くて重い。白兵戦では分が悪い。
そうこうしているうちにアリサはもう1匹を粉砕し、
意外と悪戦苦闘している2人の元へと駆けつけた。
「お〜い、こっちは片付いたぞ〜」
呑気に話しかけるが、2人には返事をする余裕が無かった。
突いても叩いても相手の勢いが弱まる様子は無く、
鉄製の大盾はもう原型を留めていない。
「しゃあねえなあ、オレが手本を見せてやるよ」
「……いや、少し待ってくれ!
試したいことがあるんだ!」
フィンは声を振り絞り、経験者の加勢を断った。
たった1匹。
この10年間、1日も欠かさず訓練を積んできたというのに、
たった1匹の魔物すら倒せやしないなんて悔しいじゃないか。
きっと団長も同じ思いをしているはずだ。
だからこそ、この最初の1匹は2人で倒さねばならない。
「団長、盾を頼みます!」
新しい盾を、ということではない。
何か思いついたのならやらせてみよう。
パメラは盾に持ち替え、防御役を交代した。
「膝の高さまで上げてください!」
そんなことをしたら足元を狙われる……と思ったが、
実際に攻撃を受けてみてパメラは気がついた。
敵は上半身にしか攻撃してこない。
魔物には知能が無いので、行動の選択肢が限られているのだ。
距離を空ければ飛び掛かり、あとは石斧を左右に振り回すだけだ。
絶対に上しか攻撃しないという保証は無いが、試す価値はある。
パメラは指示通り膝の高さまで盾を浮かせ、
床に伏せたフィンが隙間から敵の位置を確認する。
そして広刃斧を相手の足元に伸ばし、
タイミングを見計らって思い切り手前に引き抜いた。
すると見事、体勢を崩した石の兵隊は仰向けに半回転し、
受け身を取らずに背中を打ち、幾許かの細かい破片が地面に散らばった。
それだけで倒せるような、やわな相手ではないと重々承知しており、
フィンとパメラは各々の得物で少しずつ確実に敵の命を削っていった。
敵は天井を見上げながらも石斧を振り続け、
起き上がる術を知らなかった。
無力化された魔物は、もはやただの石の塊でしかなかった。
「くっ……!
もう少しで倒せそうなのに……!」
「ああ、仕方ない
私たちはよく頑張った
……アリサ、あとは頼む」
「おう、任せとけって!」
2人の武器は刃がボロボロに欠け、手は血豆だらけで、
体力も使い果たし、もう戦う力は残されていなかった。
「そ〜っらよっと!」
そんな、兵士と騎士が全力で挑んでも倒し切れなかった相手を
非常に軽いノリで、たった一発で始末する竜人の少女。
本来は魔法使いがいないとまともに攻略できないはずの迷宮を、
その圧倒的な怪力と底無しの体力だけで突き進む冒険者アリサ。
2人は妙なプライドを捨て、その後の戦闘は全て彼女に任せようと決めた。