怪物3
アリサを襲った黒いニョロニョロは“闇の獣”と呼ばれ、
太古の昔からその生態が謎に包まれていた存在らしい。
調査しようと潜水した者たちは例外なく突然死したようだ。
それが今、死の原因を突き止めることができたのだ。
感電死。
なんと素晴らしいことだろうか。
これからは絶縁体の防護服を用意すれば調査が可能になるのだ。
未知の事象を探究する者たちにとって、これほどゾクゾクすることはない。
「あれだけの数の“闇の獣”が一斉に電気攻撃を仕掛けてきたら、
僕は一体どうなってしまうのだろうか……ゾクゾクするよ」
「死にますよ」
アンディ王子は刺激を求めているようだが、
おそらくネリが言ったように死は避けられないだろう。
生命力の高いアリサだこそから死なずに済んだのだ。
他の者にはあの攻撃を耐えることはできないだろう。
そして、その不死身ともいえるアリサでさえ死に至らしめる攻撃を、
“闇の獣”は既に仕掛けていたのだった。
「おい、君……
なんだかさっきより顔色がおかしいぞ!?
これはまさか…………毒なのか!?
……素晴らしい!! “闇の獣”は電気だけでなく、
毒まで持っているのか!! これは新発見の連続だぞ!!」
「ちょっ……そんなこと言ってる場合じゃないでしょう!!
治療の邪魔になるから、さっさとそこをどけぇ!!」
ネリは王子を蹴り飛ばした。
朦朧とする意識の中、アリサは思考した。
奴らに襲われた後、体全体がピリピリしていたが、
それは電気攻撃を受けた影響だと思っていた。
しかし、このピリピリは奴らに噛みついてから感じ始めた症状だ。
聞いた話によると、毒を持つ魔物はいないそうだ。
だとすると、やっぱりあいつらは生物なのか……。
──アンディ王子の船がハルドモルド港に到着し、
現地では大変な騒ぎになった。
王子一行は船旅の疲れを癒すべくその晩は港町で過ごし、
帝国の民から手厚い歓迎を受けた。
ミルドール王国が今どんな状況なのか知りたかったが、
それは母国へ帰還してからでもいいと思い、
心ゆくまで酒と食事、歌や踊りを楽しんだ。
翌日、彼らは王国へと馬車を走らせ、
王国と帝国を結ぶ大平原で凄惨な光景を目の当たりにした。
見渡す限りの石像たち。
それはかつて、魔女討伐に立ち上がった100万の帝国兵であった。
王子は息を呑み、改めて打倒魔女を誓った。
彼らはまだ知らない。
魔女の正体も、それが既に倒されたことも。
夜が訪れ、一行は野営の準備に取り掛かった。
「僕も手伝うよ」
「やめてください、邪魔なので」
王子は軽くあしらわれた。
たしかにテントの杭打ちは下手だし、
川の水を汲む体力も無いし、火も起こせない。
たしかに邪魔かもしれない。
だからといってそんな言い方をされては、
上の者として黙っているわけにはいかない。
「ネリ……もう一回言ってみろ」
「あなたは邪魔なんですよ」
「もう一度だ……!!」
「だから邪魔しないでもらえますかね
今、調理中で忙しいんですよ
見てわからないんですか?」
「もっと僕を罵ってくれ……!!」
「しつこいんだよ!! この変態がっ!!」
ネリから尻を蹴飛ばされ、王子はひとまず満足して食事を待った。
上陸から3日後、彼らは懐かしの母国へと帰還を果たした。
ミルドール王国。
10年以上前に石の魔女の呪いによって約8千人が石にされ、
その中には王子の母親、王妃イルミナも含まれていた。
王子は石にされた人々を救う方法を見つけるため、
最高峰の魔法教育機関と云われる名門校、
エクストリア魔道学院へと入学する決意を固めた。
それから1年後、王子は必死に勉強したおかげで入学試験に合格し、
わずか8歳で家族の元を離れ、件の名門校で10年の歳月を過ごし、
この春、無事に卒業して戻ってきたという流れだ。
昨年、魔女が再来したとの噂を聞いてすぐにでも帰国したかったが、
国王からの便りには『まだ戻ってくるな』という内容が書かれており、
王子は更に勉学に励み、ついに解決の糸口を見つけることができた。
「お兄様、よくぞご無事で……!!」
ミルデオン城では、あまり記憶に無い妹のフレデリカが出迎えてくれた。
下半身は蛇。……そうだ、たしか母と同じく種族は蛇人だった。
彼女に付き従う騎士たちも、なんとなく見覚えがある。
自分と同じカメレオンマンの少女もいるが、その子は知らない。
フレデリカをあまり覚えてはいないが、自分の妹には違いない。
ここはひとつ、兄として優しい言葉をかけてやろう。
そんなことを考えていたが、妹は兄の帰還よりも、
解毒治療中の少女の方に関心を示したようだ。
「あ……アリサ様ぁ!?
一体どうしたというのですか!?
他の皆様はどこに……いえ、それよりも医者を早くここへ!!」
どうやら助けた少女は妹の知り合いらしい。
彼女を城まで連れてきて正解だった。
従者たちは帝国の医院に預けようと言っていたが、
王子は「王家御用達の医者なら最高の治療が受けられるはず」
と強引に押し切り、ここまで運んできたのだ。
彼女を助けたいという気持ちは当然あるが、
それ以上に、彼女は学術的に興味深い存在だった。
こんな偶然があるのだなと、王子は感心した。
──それからの数日で、王子は様々な真実を知った。
石の魔女は既に倒され、その正体が自分の母親だったこと。
父である国王が世界征服を企み、夫婦共々投獄されたこと。
アル・ジュカの内戦。財政難。実家が焼け落ちた件……。
アンディ王子はこの10年で、“禁断の書と呼ばれる書物にヒントがある”
という情報だけを得ることができたが、それもとっくに解決していた。
今までの努力は一体なんだったのか。
女の子に叩かれたり、罵られたりして感じる痛みは大歓迎だが、
こういう種類の痛みは求めていない。
王子は泣いた。