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そして少女は斧を振るう  作者: 木こる
『竜と人と』編
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怪物2

「えっ……?」


気がつけばそこは暗闇、月の光さえ届かない暗黒の空間。


そんなはずはない。

アリサは夜の海にいて、空には雲一つ無かったはずだ。

月と星の光が急に消えることなどあり得ない。


アリサは月のあった方向に目を凝らす。

すると、暗闇の原因が判明した。



海中の怪物に気を取られている間に、

彼女の背後には一隻の船が迫っていたのだ。



脳裏をよぎったのは海賊船。

せっかく連中に気づかれないように泳いできたのに、

怪物に構っていたせいで追いつかれてしまった。


アリサはそう思ったが、真実は違った。



「おおーい!!

 大丈夫かー!?

 今、引き上げてやるからなー!!」



老齢の男がそう呼び掛けた直後、船の上が慌ただしくなったように感じる。

どうやら救助の準備をしているようだ。きっと彼らは海賊ではない。

そう信じて、彼らの救助が開始されるまでアリサは怪物を追い払い続けた。






絶体絶命の危機から救い出されたアリサは、すぐさま医務室へと運ばれた。

噛みついてきた怪物を強引に引き剥がしたせいで皮膚はズタボロになり、

多くの血を失い、頭はふらつき、視界が霞む。


「なんかオレ、医者の世話になってばかりだよなぁ……」


そう愚痴をこぼすが、彼女は幸運だった。

ここ数年、大陸間の貿易がストップしていたにも関わらず、

彼らの船はこのタイミングで都合良くハルドモルド港へ向かっているというのだ。


こんな偶然があるだろうか。



それがあるのだ。



彼らは行商人ではなくミルドール王国の住人であり、

数年ぶりに母国へと帰還している途中だった。


彼らは魔女の脅威から逃れるために国を出たわけではなく、

むしろその逆で、王国を救う方法を探しに外の大陸へと進出した者たちだった。


その代表として、カメレオンマンの青年がアリサの見舞いに訪れた。



「やあ、大変な目に遭ったみたいだね

 でも無事なようで安心したよ

 ……あ、僕の名前はアンディ

 一応ミルドール王国の王子なんだけど、

 あんまり自覚が無いから、かしこまらなくていいよ」



アンディ王子。フレデリカ王女の兄。

王位継承権第一位。言うなれば次期国王の立場にある人物。

世界征服を企んだ国王と王妃が牢にぶち込まれている以上、

実質的に彼がミルドール王国の最高権力者と言っても差し支えない。


彼は遥か東の大陸にあるという魔法教育の名門校を卒業し、

故郷のミルドール王国へと向かっているのであった。


だが彼には本当に自覚が無いようで、なんだか王族らしいオーラを感じない。

あのイカれた両親のようなギラつきを持ち合わせてはおらず、

フレデリカのような高貴さも無く、とにかく平凡な青年に見えた。



「おや、この傷痕はまさか……!

 ……ねえ、君!

 もしよければ、もっと詳しく観察させてもらってもいいかなあ!?」



前言撤回だ。


彼は平凡な青年などではなく、

セバンロードの医者たちや国王専属の医者……いや、庭師か。

あの連中と同じく、知的好奇心に溢れた人種なのだろう。


彼、アンディ王子はスケッチブックを取り出し、

素早く描き終えると、それをこちらに見せて尋ねてきた。


「君を襲った怪物は、こんな姿をしていたかい!?」


そこには黒くてニョロニョロした生物が描かれており、

特徴的な円状の口内に無数の牙。もはや間違いない。

それはまさにアリサを襲った怪物の姿と完全に一致していた。


「やっぱり……!!

 あの幻の“闇の獣”がすぐ近くにいるんだ……!!

 こうしちゃいられないぞ!!

 ネリ!! 急いで防水服の準備をしてくれ!!」


なんだか知らないが、その怪物は学術的に貴重な存在なのだろう。

アンディ王子は目を輝かせ、自ら調査に向かうつもりらしい。


ネリと呼ばれたメイド服の兎人(ワーラビット)は眉をしかめ、反論した。


「馬鹿ですか!?

 王子は泳げないんだから、じっとしててください!!」


どうやら彼女はアンディ王子の侍女のようだが、

上の者に対してはっきりと物事を言える度胸の持ち主のようだ。

まだ会話を交わしてはいないが、好感が持てる。


アリサはネリに加勢した。


「おい、やめとけ!!

 あいつは噛みつくだけじゃねえぞ!!

 巻きついてくるし、電気で攻撃もしてくる!!

 海の中に引きずり込まれたらどうしょうもねえぞ!!」


「あっ、そういうことは言わないでください!!」


加勢したつもりだが、当のネリからダメ出しを食らってしまった。

一体何がいけなかったというのだろう。


アンディ王子を見ると、彼は目を見開いて口角が上がっていた。

彼は今、ワクワクしているのだ。


「王子は痛みを快感として受け入れるタイプの人種なんです!!

 それが苦痛であればあるほど悦んでしまうんです!!」


「はあっ!?

 なんだそりゃ……ただの変態じゃねえかよ!!」


「そうなんですよ!!

 だから、王子を悦ばせる発言は控えてください!!」


アリサにとって、痛みはただ痛みでしかない。

世の中にはそれを快楽にできる者がいるとは聞いていたが、

実際に遭遇するとは思ってもみなかった。


気持ち悪い。


なんて言ったら余計に悦ぶのだろう。やめておこう。



「素晴らしい……!!」



王子は両手を広げ、天井を仰ぎながら感動していた。

どうすればいいのかわからない。これほど恐ろしいものはない。



「君……これは世紀の新発見だよ!!

 今まで“闇の獣”の調査に向かった学者たちが

 1人も生きて帰ってこなかった理由が、君のおかげで解明できたんだ!!

 電気……そう、電気だ!! 水中で感電したせいで動けなかったんだ!!

 そうか、それで……だから調査を進めることができなかったんだ……!!」



ああ、どうやら彼は自分の性的嗜好ではなく、

学術的な発見に興奮していたようだ。

そういう理由ならまあ、理解できそうだ。



「その電気がどれくらいの強さなのか確かめてくるよ……!!」



前言撤回、アンディ王子はただの変態だ。

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