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そして少女は斧を振るう  作者: 木こる
『竜と人と』編
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怪物1

何者かがアリサの足に巻きつき、海中へと引きずり込んだ。

アリサは敵の姿を目視しようとするが、夜の海では至難の業だ。

おそらく触手か何かだろうが、一体なんの生物だかわからない。


正体不明。

それが一番恐ろしい。


アリサは必死に海上を目指そうともがくが、

水中では踏ん張りが効かず、月が遠くなってゆく。


アリサは陸上生物。

酸素の供給が絶たれれば死あるのみ。

いくら体力があろうが、それは避けられない。


不思議なカバンから取り出したのは愛用の両刃斧。

一番手に馴染む武器であり、つきあいの長い相棒だ。


しかしこれが難しい。


陸上ならば手足のように扱えるそれが

水の中では勝手が違い、思うように振るえないのだ。


なるほど、これはいい鍛錬になる。

などと感心している場合ではない。


斧が通じないのなら、最後に信じられるのは己の肉体だ。


アリサは足に巻きついている何かを引き剥がそうと手を伸ばした。

しかし捕獲しようとしても、どういうわけか掴めない。

それは器用に手の中をすり抜けてアリサの腕や首に移動し、

彼女は更に深く、下へ下へと沈められてゆく。



アリサは噛みついた。


竜人の彼女には牙がある。

人間の犬歯とそこまで変わらない大きさだが、

この状況下では他に頼れる武器が無く、そしてこれが有効だった。


噛みつかれたそれはビクンと激しく反応し、

急いでアリサの腕から離れ、拘束を解いた。


これならいける。


確信したアリサは残りの触手らしきものにも噛みつき、

完全に解放された彼女は海面に浮上できたのだ。



「……ぶっはあああああぁぁぁっ!!!」



ああ、呼吸のありがたみよ。

ただ息ができることが、こんなにも幸せだったとは。


生の実感を取り戻したアリサは敵を仕留めるべく、大きく息を吸い込んだ。


奴はまた海中へと引きずり込むはず。その時がチャンスだ。

さっきとは違い、酸素は充分に蓄えてある。

敵の装甲は柔らかく、簡単に噛み千切れる脆さだ。


仲間の命を預かっているのだ。

こんな所で死ぬわけにはいかない。


返り討ちにしてやる。




アリサは迎撃の意志を固め、じっくりと海中に目を凝らした。

さっきは不意打ちで余裕が無かったが、今は敵の存在を把握している。


奴は必ずそこにいる。


すると何かの影がうっすらと見えてきた。

黒くて長い何かがうねうねと動いている。

それは何かの生物の触手だと思っていたが、どうやら違ったようだ。


その影はそれぞれが独立した個体であり、

何百、何千もの群れがアリサの足元を泳ぎ回っているのだ。


それだけでも背筋が凍るような光景なのだが、

月明かりに照らされた敵の顔は、もっと不気味な姿形をしていた。


大きく広がった円状の口中には無数の牙が生えており、

正確な数は不明だが、目が複数あるように見えた。

それはどう考えてもまともな生物には見えず、

アリサには未知の魔物としか思えなかった。


遠い昔に地上の魔物は一掃され、今となっては

迷宮か未開の地にしか生息していないと聞いている。

だが海という広大な領域は、それ自体が未開の地とも言える。

こんなにも不気味な魔物が棲んでいてもおかしくはないのだ。



アリサは考え直した。


敵が1匹、2匹と少数ならともかく、

これだけの数を相手に、ましてや不利な場所で戦うのは得策ではない。

こんな所で無駄に体力を消耗する必要は無いと割り切り、

それよりも敵の生息域から離れる選択をしたのだ。


逃げる。賢い判断だ。



しかし、敵は逃がしてくれそうにない。



「グォアアァッ!?」



アリサは再び攻撃を受けた。

ただし今回は、敵が体に触れた感触は無い。

突然、体全体に電気が走ったような感覚が突き抜けた。


……いや実際、電気による遠隔攻撃を受けたのだ。


大したことのない相手だと思っていたが、

これは考えを改める必要があるようだ。



「クッ……!!」



気がつけば今度は数匹の敵が尻尾に噛みついていた。

アリサは水中で尻尾をバタバタと暴れさせ、そいつらを振り払った。


どこから次の攻撃が飛んでくるかわからない。

これが数の暴力というやつだろう。


いや、数の力だけではない。

場所が悪いし、暗いし、行動を読めない。


巻きつきに噛みつき、電気による遠隔攻撃、

水中へと引きずり込む行為、群れを成して獲物を襲う習性……。

なんだか魔物にしてはやけに行動パターンが多く感じる。



もしかしてこいつらは魔物ではないのか?

さっき噛みついた時に血の味がしたし、ひょっとして生物なのか?


いや、それよりもこの場をどう切り抜けるかだ。

今回は大勢の命を預かっている状態であり、

ここで自分が死んだらみんなも助からない。


不思議なカバンの中から味方を呼ぼうにも、

誰を出すべきかという問題にぶち当たる。


戦闘力の低いユッカや泳げないコノハは論外。

シバタの強さは知らないが、おそらく電気攻撃に耐えられない。

それは獣人軍団にも同じことが言える。無駄に被害が増えるだけだ。



この状況を打開する方法が思い浮かばない。


夜の闇が全てを塗り潰してゆく。

アリサの思考、希望、そして月の光さえも……。

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