希望の海2
アリサたちが出港して初日の夜、海賊船と出くわした。
「バッキャロー!!
いきなり撃ってくる奴があるか!!
そこはまず『金を出せ』から始めろよ!!」
シバタは憤慨しつつも乗員を誘導し、船室へ避難するよう促した。
闇に紛れた奇襲ではあったものの、幸い死傷者は出なかったようだ。
しかし船体には大きな穴が空き、沈むのは時間の問題だ。
「おい船長さん!!
こっちも撃ち返さないとまずいぞ!!」
乗員100名弱が助かる方法はただ一つ、
海賊を返り討ちにし、敵の船を奪うことだ。
「申し訳ないが、この船に戦闘機能は無いんだ
なにせ急ごしらえで造った連絡船だからな……」
敵はこちらの数倍の大きさはある武装船。
対してこちらは移動目的だけの非武装船。
まともに戦って勝てるわけがない。
ならば、奇策を弄するまでだ。
「船長さん、白旗を揚げてくれ!!
俺たちは投降すると見せかけて敵陣に乗り込む!!
幸いこちらには近接戦闘のスペシャリストがいるからな!!」
言うまでもなくアリサのことだ。
彼女は自らの拳を突き合わせ、気力充分であることをアピールした。
アリサとシバタをはじめ、乗り合わせた30名ほどの獣人が戦う意志を示した。
彼らはユッカ目当てで旅についてきた屈強な男たちだ。
ユッカを守るためなら、その命さえも捧げる覚悟ができている。
シバタの作戦通り船長が白旗を掲げ、
海賊に対して投降の意思を伝えたのだが……。
「ヒャッハーーーッ!!
撃て撃て撃てーーーっ!!
皆殺しだーーーっ!!」
どうやら交渉の余地は無いようで、
問答無用に砲弾の雨が降ってきた。
こうなってはもう作戦どころではない。
逃げようにも船のダメージが大きく、舵が利かない。
「そうだ、君たちの仲間に攻撃魔法の名手がいたよな!?
あのエルフなら遠距離での攻防が可能なはずだ!!」
エルフのローズ。
精霊魔法の使い手で、一度はアリサを完封した腕前の持ち主だ。
「ヴォエエエェェッ!!」
しかし彼女は今、船酔いの真っ最中であった。
「この役立たずがあああっ!!」
思わず叫んでしまったが、彼女を責めても仕方がない。
とにかく今は生き残る方法を見つけなければならない。
海賊たちはこちらの船を確実に沈め、
全滅したのを見届けてから積み荷を奪うつもりだ。
それは略奪者の行いとしては正しいのだろうが、
やられた側にとってはたまったもんじゃない。
「くそっ!!
こうなったら最終手段だ……!!」
窮地に追い詰められたシバタは腕時計を少し弄ったかと思えば、
すぐさま乗員を一箇所に集めるよう船長に頼んだ。
その態度は非常に落ち着き払っており、
つい先程まで感情的になっていた人物とは思えない。
彼はほんの一瞬で冷静さを取り戻し、
この窮地を脱する策を練り上げたのだ。
さすがは革命の英雄といったところか。
アリサとは別のベクトルの強さを持っている。
頭脳とカリスマ性を。
乗員を掻き集めている間、シバタはコノハと相談していた。
コノハは戸惑う仕草を見せたが他に良い案が思いつくわけもなく、
シバタの作戦に乗る以外の選択肢は無かった。
「試したことないけど、やるしかないか……」
その作戦とは、コノハの不思議なカバンに全ての乗員を収納し、
無尽蔵の体力を持つアリサにハルドモルド港まで泳いでもらうというものだ。
例のカバンに容量の限界は無いし、食べ物が腐らないことからも
理論的にはどんな生物もそのままの状態で保管できるはずだ。
「問題はサイズだよなぁ……
ユッカちゃんくらいの大きさなら平気だろうけど、
この船には屈強な獣人たちが大勢乗ってるんだ
彼らをカバンの中に入れる方法はあるかな?」
「それなら大丈夫だと思います
四隅を切っちゃえば出入り口の面積が無限になりますから」
「大事なカバンなのに、いいのかい?」
「ええ、自動修復機能があるので翌日には元通りですよ
もしそんな機能が無かったとしても、私は同じ選択をしたでしょうけどね」
「君がいてくれて助かるよ
……しっかし、本当に便利なカバンだなぁ
どう? 俺の時計と交換しない?」
そう言い、シバタは腕時計をちらつかせるが、
コノハ的にはあまり興味を惹かれる代物ではなかった。
それに向こうから交換を申し出るということは、
こちらのカバンがそれだけ魅力的なのだろう。
おそらくあの時計には、時間を止める機能がある。
ただし、止まった時間の中で本人は動くことができないのかもしれない。
もし自由に動くことができれば、とっくに事態は解決しているはずだ。
できるのは思考のみ。そんなところだろう。推測だが。
「──船長さん、変なお願いで申し訳ないんですが、
今からあなたには、コノハちゃんの“所有物”になっていただきます」
「ええっ!?
それは一体どういう意味なんだい!?」
船長は顔を赤らめ、言葉の真意を探ろうとした。
突然10代の少女の物になれと言われて悪い気はしないが、
彼には妻子がおり、同じ船に乗り合わせている。
そういうプレイに興じられる状況ではないのだ。
船長は船の最高責任者として、全乗員の命を預かっている。
べつにいやらしい意味などではなく、船長の身柄さえ確保できれば
自動的に他の者たちもコノハの所有物扱いになり、
不思議なカバンに収納できるようになるという算段だ。
「わかった……
どんな命令にも従おう!!」
コノハは船長を手に入れた。




