旅立ち1
あれから1ヶ月、石化から復活した者の数は総勢3万人を超える。
ミルドール王国内では1万人ほどの国民が復活し、
そのペースはどんどん上がってゆく傾向にある。
錬金術士が開発した新型の治療薬の効果だけではない。
人口が増えたことにより、次に復活させる石像を探す手間が短縮されたのだ。
特に配達を生業とする者たちは貢献してくれた。
彼らは職業柄多くの人と接するおかげで、それだけ客の顔を覚えていた。
そしてもう1人、意外な人物が王国復興を捗らせた。
石の魔女イルミナ。
この国を滅茶苦茶にした張本人だが、
彼女の国民を想う心は本物であった。
『石の迷宮に石の魔力を与えて活性化させる』という実験を行った結果、
迷宮内に出現する魔物の数が急増し、治療薬の材料を大量に確保できたのだ。
その作業は彼女にしか実行できない。
今後は定期的に、厳重な監視の下で迷宮の活性化が行われることだろう。
団長ジークを失った黒騎士団は副団長が繰り上がるのかと思いきや、
団員らの猛反発によりそれは阻止され、別の形に落ち着いた。
団長の娘パメラがその座を引き継ぎ、
彼女は親衛騎士団と黒騎士団、両方の団長を兼任することになったのだ。
ただしそれはあくまで形式的なものであり、
実際に黒騎士団の指揮を執るのは“特別一般兵兼自由騎士”であるフィンらしい。
彼の兄ジャスティンは複雑な心境だった。
知らない間に石にされて10年以上を過ごし、
あんなにも小さかった弟が今や自分より歳上であり、
背も抜かされ、トントン拍子に出世した挙句、恋人までいる。
あんな美人と付き合えて羨ましい。完全なる嫉妬だ。
かつて国王が優先的に復活させた上級貴族たちだが、
やはり彼らはなんの役にも立たなかった。
しかし彼らの従者は家事のプロフェッショナルたちであり、
石化から復活して困惑している人々の身の回りをサポートし、
一日でも早く元の生活に戻れるよう活動してくれている。
そうして支えられてきた者たちが人の優しさに触れ、
今度は他の誰かを助けたいという気持ちを呼び起こす。
この国では今、救済の連鎖が繋がっている。
確実に良い方向へと向かっている。
この国はきっと、もう大丈夫だ。
これでようやく安心して旅立てる。
アリサ、ユッカ、コノハの冒険者パーティーには
名も無きエルフが加わり、これからは4人で活動することになる。
「なんでだよ……」
アリサは頭を抱えた。
そのエルフとは3度も戦った間柄なのだ。
肋骨を折られた経験があるし、仲良くできそうにない。
コノハも頭を抱えた。
こちらが禁断の書を手にしている以上は下手な真似はしないと思うが、
やはりまだ敵サイドの人物という認識であり、信用するのは難しい。
笑っているのはユッカだけだ。
ムショ暮らしの経験がある仲間ができてよほど嬉しいのか、
件のエルフにベタベタまとわりついて離さない。
「ああ〜〜〜っ!!
うっとおしいんだよ、このクソネコ!!
わたしはただ禁断の書を取り返したいだけで、
あんたらと仲良くする気なんて全っ然無いんだからね!!」
エルフがユッカを拒絶しようとする度に“嘘発見器”が反応を示す。
「有罪──」
もう間違いない。
彼女は仲間が出来て嬉しいのだ。
「おい黒髪ィ!!
そのポーズやめろ!!
なんだかムカつくんだよ!!」
「無罪──」
新たな仲間に不安しか感じないが、とにかく受け入れてしまった。
こうなったらもう腹を括るしかない。
「ねーねー、いつまでも『エルフさん』のままじゃ変だよね?
本当の名前を覚えてないなら、あたしたちで考えてあげようよ!」
「はあ!?
余計なことすんなクソネコ!!
自分の名前くらい自分で考えられるっての!!」
否定するエルフだが、内心では喜んでいるようだ。
たしかに名前が無いと不便だし、
また誰かの免許でなりすまし行為でもされたら困る。
これからはこのパーティーの一員なのだ。
彼女が罪を犯せば、その仲間も同じ目で見られることになる。
自分たちの評判のためにも、リスクは排除しておいた方がいい。
「う〜ん、名前ねぇ……
『クソエルフ』でいいんじゃねえの?」
「ふざけんなクソ竜人!!
まともに考える気が無いならあっち行ってろ!!」
その通り、アリサにはまともに考える気が無い。
今からでも加入を取り消してもらいたいという気持ちでいっぱいだ。
「ええと、じゃあ女の子らしく、
花の名前とかつけてみようか?
なんか好きな花とかある?」
コノハの無難な提案。
彼女もあまり深く考える気は無く、
さっさと適当に決めてしまいたいだけだ。
「花ねえ……
わたしの可憐なイメージに合う植物といえば、薔薇かしらね」
エルフはサラリと髪をなびかせ、自惚れた発言をのたまった。
「おめえのどこが可憐なんだよ……
でもまあ、薔薇ってのはいいかもな
石の薔薇の正体は魔物のうんこだったし、
クソエルフのイメージにはピッタリだろうよ」
「まだ言うかクソ竜人!!
もっかい魔法で痛めつけてやろうか!?」
「あぁん!? やんのかコラァ!?
おめえの魔法は攻略済みなんだよ!!
痛めつけられんのはおめえの方だろうが!!」
早くも仲違いする2人の間に、コノハが割り込んで仲裁する。
「はいはい、そこ喧嘩しない!
お互いに苦手な相手なのはわかるけど、
そうやって挑発し合ってたらいつまでも変わらないよ!
険悪な空気のパーティーにはしたくないし、
相手を傷付ける発言は控えようね!」
リーダーから怒られてしまった。
どうせなら楽しい旅にしたいという意向は理解できるが、
このエルフとはどうにも相性が悪すぎる。
誰かを騙して利益を得ようとする、その姿勢。
アリサにはそれがどうしても受け入れられない部分だった。
「──とりあえず、『ローズ』って名前はどうかな?
私の故郷で、薔薇の別名なんだけど……」
なかなか良さげな響きだ。クソエルフにはもったいない気もするが、
他に案も浮かばないし、本人も満更でもなさそうなのでこれで決まりだろう。




