つないだもの3
アリサは監獄を訪れていた。
「997! 998! 999! ……1000!」
檻の中では巨漢が激しいスクワット運動をこなし、
今日は真冬日だというのに、彼の足元には汗溜まりが出来上がっていた。
全身を硬い鱗で覆われたその男は元黒騎士団団長のジーク。
騎士道の探求者であり、アリサの怪力を技でねじ伏せた男だ。
罪を犯したのは国王と王妃だけではなかった。
黒騎士たちはただ上からの命令に従っただけとはいえ、
錬金術士やニックとブレイズを不当に監禁し、
彼らに粗末な食事を与えたり、時には暴力を振るったのだ。
その行為に加担した黒騎士たちは全員処罰されるべきだが、
ジークは責任者として部下の罪を全て自分が背負うと宣言した。
「なあ、おっさん
べつに一人で全部抱え込まなくてもいいんじゃねえか?
リザードマンの寿命って知らねえけど、懲役150年はさすがに長すぎんだろ」
怪訝な顔を見せるアリサだったが、
ジークはそんなのお構いなしに、床に両手を突いて腕立て伏せを始めた。
「なんだ小娘、種族の寿命も知らんのか
我々のような“獣人”に属する亜人は、人間の寿命とさほど変わらんぞ
エルフやドワーフなど“妖精”に属する者たちは
何百年も生きられるみたいだがな」
「へえ、そうなのか
……って、それじゃおっさん一生牢屋の中じゃねえか
本当にいいのかよ、それで……」
またしても怪訝な顔になるアリサを、ジークは不思議がった。
「小娘、もしかして貴様……
我を気遣っているのか?
一体なぜだ?
我は貴様を亡き者にしようとしたのだぞ」
「なんでって訊かれてもなぁ……
オレにもわかんねえよ
ただまあ……誰かの罪を押っ被せられたり、濡れ衣を着せようとしたり、
その手の話にはもうウンザリしてんだよなあ……
やっぱそういうのって悪いことした本人が背負うべきじゃねえか?」
「ほう……
貴様はもっと乱暴者か思っていたが、
なかなか純粋な気質の持ち主のようだな」
これは褒められているのか?
アリサは判断に迷った。
ジークが腹筋を鍛えながら申し出る。
「……小娘よ、一つ助言を与えてやろう
貴様は強い戦士だが、決定的な弱点がある」
面と向かって弱いと言われ、いい気はしない。
だが、アリサはそこを突かれて負けたのだ。
今後も同じ思いをしたくなければ彼の話を聞いておくべきだろう。
「貴様の弱点……それは『防御技術の無さ』だ
いかにずば抜けた耐久力を持っていようとも、
相手の攻撃をモロに食らい続ければただでは済むまい」
耳に痛い忠告。言われてみれば確かにその通りだ。
エルフに負けた時も、ジークに負けた時も、似たような状況だった。
一度でも相手に主導権を握らせるとその後に為す術がない。
勝っても負けても一方的な展開。
今まではそれでなんとかなってきたが、
これからはそうも言っていられない。
アリサはパーティーの前衛として、
非力なユッカとコノハを守る立場にいるのだ。
敵にすぐやられてしまうような戦士に価値は無い。
防御力の向上は彼女自身も気づいていた課題だった。
「それじゃあ……どうすりゃ防御が上手くなるんだ!?」
「強い防具を身につけろ!!」
「ええぇっ!?」
ジークからの返答は至ってシンプルだった。
なにかこう、回避の極意だとか教えてくれるのかと思いきや、
装備品を更新することを勧められて肩透かしを食らった気分だ。
「貴様は考えるよりも先に体が動くタイプであろう
そんな奴に細かい技術をあれこれ仕込んだところで、
実戦でそれを発揮できなければなんの意味もないわ
ならば小難しいことは抜きに強力な装備に身を固め、
本能のまま暴れるのが貴様にとっての最適解と言えるだろう」
強い装備でゴリ押す。
非常にわかりやすいし、それなら実行できそうだ。
「おっさん、他にも教えてくれよ!
もっとこう、必殺技みたいなやつをさあ!」
「必殺技だと……? 甘えたことをぬかすな!!
そういったものは日々の鍛錬で自ら磨き上げる技術なのだ!!
他人から教わり、一朝一夕で身につけられるものではないと思え!!」
怒られてしまった。
それも当然だ。
彼は檻の中にいようとも、今まさに『日々の鍛錬』をこなしている。
見ているだけでも相当きつい運動だとわかるそれを、
おそらくは毎日欠かさず続けてきたのだろう。
彼に負けたのは必然だった。
積み上げた経験の差が違うのだ。
アリサが去り、鍛錬が一区切りしたジークは
休憩がてら彼女のことを考えていた。
あの少女はおそらく意図的に体を鍛えた経験など無いのだろう。
しかしそれでも、この自分が本気で殺そうと踏みつけたのに、
彼女は肋骨を折るだけで済んだ。
あの小さな体には自分よりも大きな力が、
説明のつかない強力な何かが秘められている。
その力の根源を探り当てることができれば、
きっと今よりも強くなることができるだろう。
それを助言してやればよかった。
その時は腹筋しながら会話していたので気が散っていたし、
本当に言いたいことは後から思いつく不器用な性格なのだ。
今度来た時に、それとなく伝えよう。
ジークはそう心に留めた。




