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そして少女は斧を振るう  作者: 木こる
『嘆きの王』編
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つないだもの2

国王と王妃が投獄されてから数日後、

石の広場には多くの野次馬が押し寄せていた。


ただでさえ数万体の石像が並べられている中、

その隙間には世紀の瞬間を目にしたい者たちで溢れ返っていた。

もはや足の踏み場も無い状況。

彼らが石像を倒したりしないか、不安は尽きない。


そんな中、フィンは決断したのだ。


彼の兄、“首無し兵士の像”を試薬の実験台にすると。


「おい、本当にいいのかよ

 もし薬が効かなかったら、おめえの兄貴は……」


「ああ、わかってる

 失敗したら即死だろうな

 ……だが、それでいいのかもしれない

 俺の兄ジャスティンにどれだけの覚悟があったかは知らないが、

 彼は兵士として民のために戦うことを誓った身だ

 それなら、今こそ体を張って証明してもらおうじゃないか

 完全なる石化治療薬の効果を……!」


フィンの決意は固い。


彼の家族も同意しており、

期待と不安の入り混じった面持ちで見守っている。



首無し兵士の像に、自宅で保管していた頭部が乗せられる。

だが10年も野晒しにされていたせいかピッタリとは合わない。

細かい欠片が足りないのだ。


しかし錬金術士の話では大部分が残っていればいいらしく、

ちょっとした欠損なら自動的に再生するらしい……たぶん。


フィンは兄の頭部をできるだけ正常な角度になるよう固定し、

治療薬を塗り込む作業には親衛騎士カチュアが抜擢された。


「くっ……!

 なんで私なんだ……!?

 前にもこんな役目を押しつけられたような気がするぞ……!?」


カチュアはもう忘れているようだが、

彼女は以前にも試薬を塗り込む経験をしていた。

その時は元副長のセシルから押しつけられた仕事だったが、

今回はフレデリカ王女直々の人選だ。


この作業はスピード勝負。

手先が器用で小柄な体格のカチュアは、この作業に最適だった。


以前よりも遥かに強力な治療薬を扱っているのだ。

全身に塗り込んでいる最中に復活されては困る。

もう最初から石像の頭から薬液を被せ、

それを素早く全身に行き渡らせるという方法を取った。

彼女の小さい手なら、見落としがちな隙間にも届くのだ。



そしてカチュアはやり遂げた。

全身をぬるぬるにしながら、件の石像に試薬を塗り切ったのだ。


そして思い出した。

あれから随分と経つのに、セシルからの詫びが無いことを。


カチュアは眉をしかめた。






──実際の時間にして数十秒の待ち時間だったが、

それを見守っていた者たちにとっては数分の出来事にも感じられた。


首無し兵士の像に異変が起きたのである。


頭のてっぺんから足元に向かって変色、変異し、

今まで石だった部分が砂へと変わり、地面に落ちてゆく。

錬金術士はその光景を見て何かを閃いたようで、

石像の足元に駆け寄り、せっせと砂を回収していた。


ついさっきまで石像だった男は突然、首を押さえて苦痛の表情を浮かべた。



よかった。


即死していない。



「くおぉっ……!!

 痛ってえええぇぇ!!

 なんだこれ、寝違えたか……!?

 さっきまでなんともなかったのに……!!」



フィンの兄、ジャスティンがここに復活した。


今の彼はもう首無し兵士の像ではない。

ちゃんと生きている、首あり兵士だった。

一時は家族からも生還を諦められていた彼も、

完全なる石化治療薬のおかげで首の皮一枚繋がったのだ。


「ジャスティン……!

 よかった! 本当によかった……!」


「私たちがこの日をどれだけ待ち望んだことか……!」


「えっ……ちょっ、親父!? お袋!?

 なんでここに……って、え、なんだこの状況!?

 ここどこだよ!? なんでこんなに人いんの!?」


彼もこれまでの例に漏れず、石像だった頃の記憶は無い。

だが、彼の両親にとってはそんなことは関係無かった。

困惑する息子に号泣しながら抱きつき、当の息子は更に困惑する。


「──お兄ちゃん!!」


妹のエリンが兄に抱きつく。

長男(ジャスティン)ではなく、次男(フィン)に。


彼女は抱きつく相手を間違えている気がしないでもないが、

とにかくあの家族は再会を果たせたのだ。

失ったと思っていたジャスティンを取り戻せたのだ。



「おかえり……兄貴」



「え……お前誰だよ?」



フィンが話しかけるも、それが自分の弟だとは思うまい。

それもそのはず、石になってから10年以上経っているのだ。

今ではすっかり弟の方が年上であり、あの頃とはまるで別人だ。


そこにいたのは幼く頼りない弟などではなく、

強い意志と優しさを瞳に宿した、一人の男だった。


ジャスティンの意思などお構いなく、

彼の復活を見守っていた観衆たちは最大限の祝福を送った。


「なんだよこれえええぇぇぇっ!?」


ジャスティンは叫んだ。





──何はともあれ、石化治療薬はその効果を証明したのだ。

これからは体の一部を失った石像たちも、

パーツが残っていれば完全復活を遂げることができる。


それはまさしく希望だった。


これまでに石化した人々は、誰も死んでいないのだ。

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