赦し5
腰の痛みが消え去り、生きる希望を取り戻した国王は
純真な少年のように目を輝かせて「自分を赦す」と言い放った。
「いや……それはおめえが決めることじゃねえだろうが」
その男は一体、何を赦そうとしているのだろう。
妻の白髪をからかった件だろうか?
それくらいならまだいい。
夫婦間のちょっとしたイザコザだ。
勝手にやってくれ。
だが、パーティー三昧で国政がヤバい件、
錬金術士やニックとブレイズを監禁した件、
無実のサロメに魔女の汚名を被せようとした件、
黒幕のエルフに全部の罪を被せようとした件、
世界征服を企んでいた件……。
知っているだけでも、これだけの悪行が思い浮かぶ。
どれか一つだけでも到底赦せるものではないが、
この男なら「全部赦す」とか言いそうなのが怖い。
「わしは、これまでに犯した罪を全て水に流そうと思う」
本当に言いやがった。
「それは王様が決めることじゃないと思うよー!」
「ユッカちゃんの言う通りだ!!」
「水に流せるわけねえだろ!!」
「このクソジジイ!! 反省しろ!!」
獣人軍団のブーイングもなんのその、
どうも国王の耳には届いていないようだ。
彼は今、自分の世界に入り浸っている。
そんな世界に入り込める人物が1人。
「あなた……ああ、なんと立派な決断でしょう
自らの罪を受け入れ、それを赦そうだなんて……
とても勇気の要る行為だと思いますわ
いつの日か、わたくしも自分を赦せるでしょうか……」
「イルミナ……
お前が自分を赦せないと言うのなら、
このわしがお前の罪を赦そう……!」
「あなた……!」
やはりあの夫婦はおかしい。
「のう、誰か……
この部屋にセシルという者がいないか、
確認してもらえないだろうか?
大勢の者が立っていて全体を見渡せないし、
わしはこの通り、縛られて動けないのだ 頼む……」
国王の口から意外な人物の名が飛び出す。
なぜ、今、セシル?
まさか、この場であの件を打ち明けようというのだろうか?
国王と同じ種族で、父を知らないセシル。
なぜか国王から好待遇を受けていたセシル。
団長の倍近い給料を受け取っていたセシル。
今あのクソ夫婦はセンチメンタルに浸っている。
その流れで過去の過ちを洗いざらい打ち明け、
奥さんに赦してもらおうという算段だろうか。
これを見逃す手は無い。
「はいはーい!!
セシルならここにいまーす!!
今そっちに連れていきまーす!!」
「ちょっ……やめてくださいミモザ副長!
私はここにはいないと言ってください!」
どういうわけか国王のお気に入りであるセシル本人は嫌がっている。
国王が石化から復活して以来、2人の距離が遠くなった気がする。
何か顔を合わせたくない理由でもあるのだろうか。
「何をしている!
陛下が呼んでいるのだぞ!
さっさと行け! 待たせるでない!」
「なっ……カチュア!
もうあの男を敬う必要は無い!
状況がわからんのか貴様は!?」
ミモザとカチュアに押され、彼女は国王のいる方向へと進まされた。
いや、2人だけの力ではない。
フレデリカの指示により、残りの親衛騎士団員も加勢していたのだ。
みんなの力を一つにした結果、
セシルは嫌々ながらも国王と対面することになってしまった。
非常に気まずい。
私は陛下の石像を1人で運ぼうとして、うっかり倒してしまった。
彼を苦しめていた腰痛の原因はきっとそれだろう。
この秘密は墓場まで持っていくつもりだ。
陛下はなぜか私に優しくしてくれるが、
口を開けばボロが出そうだったので、あれから距離を置いていた。
「おお、セシルよ
こうして面と向かって話をするのは、
随分と久しぶりのように感じるぞ……」
「えっ!?
そ、そうでしょうかね……?
私はほら、復興とかで忙しかったので……その、王国の……」
敬う必要は無いと言っておきながら、
いざ自分が話すとなるとそうもいかない。
この人はたしかに悪いことをしたかもしれないが、
父のいない私をまるで実の娘のように可愛がってくれた男なのだ。
尊敬するなと言われても、それは無理な話だ。
「そうかそうか、たしかに忙しそうだったものな……
いつも走り回っていて、声を掛ける暇も無かったわい
それに比べ、フレデリカときたら地下室に入り浸って遊んでばかり……
これもわしが甘やかして育てたツケというものかのう
お前の勤勉さを少しでも見習わせてやりたいところじゃ」
やはりこの人は優しい。
それに、私の仕事ぶりをちゃんと評価してくれていた。
どこぞのパワハラ無能王女とは違う。
ああ、この人が私の父だったらよかったのに……。
「ところでセシルよ
お前、わしの石像を倒したのか?」
。
んんんーーーっ!?!?
「へっ、陛下!?
と、突然な、何を言い出すのですか!?
そそ、そんなことあるわけないじゃないですかー!!」
まずいまずいまずい。
やばいやばいやばい。
陛下のこの真顔、絶対に何か確信してる感じのやつだ……!!
「のう、セシル……
もし仮にやらかしていたとしても、
わしはお前を責めるつもりは無い」
「……へ?」
「「「 ……は? 」」」
親衛騎士たちは他の話題になるのを期待していたのだが、
セシルが国王の石像を倒したかどうかの話題でも
それはそれで面白そうなので、まあ許せた。
あのしどろもどろな態度から察するに、
セシルがやらかしたのは確実だろう。
しかしどうだ、国王は彼女を責めないと言ったのだ。
ここまで露骨に甘やかしているのを見るに、
いよいよ国王の隠し子説が濃厚になってくる。
「わしはむしろ感謝しておるのじゃ
他の誰でもなく、このわしが痛みに苦しめられたという事実にな
もし後遺症を患ったのがわし以外の者だったら、
ここまで早く治療薬は完成しなかっただろう
きっと今後、多くの者が同じ苦しみを味わうことになっただろう
……だが、その心配はもう無くなったのだ
愛する国民が苦しむ姿を見ずに済んで、わしは幸運じゃ」
突然の国民愛してますアピール。
それで減刑されるとでも思っているのだろうか。
白々しい。
誰もがそう思う中、コノハは違う理由で眉をしかめた。
この男、“嘘発見器”に引っ掛からないのである。