赦し4
「イルミナ
わしは間違っていたのかもしれんな……」
「そうかもしれませんね……
でもそれを言うのなら、わたくしも同罪ですわ」
やはりあの夫婦はおかしい。
『かもしれない』じゃなくて、そうなんだよ。
彼らが自分たちの罪深さを理解する日は来るのだろうか。
アリサは医者から器具を渡され、それを握るよう指示された。
どうやら握力を測定する物らしく、治療には関係無い。
まあ他にすることもなく暇なので、それを握り込んだ。
グググっと力を込めると2本の棒はピッタリとくっつき、
元の形に戻ろうとする力を拳の中に感じ、それを更なる力でねじ伏せる。
医者はその様子を感心しながら眺め、記録を取っていた。
治療には関係無い。ただの趣味だろう。
たしか、セバンロードの医者たちもこんな感じだったな……。
そういや里を追い出されてから1人も同じ種族を見かけたことが無い。
竜人……我ながら、よくわからない存在だとは思う。
「よう先生!
今日もアリサちゃんにつきっきりかい?
なるほどねぇ、先生は少女がお好みってわけか
夜の街じゃ全然、大人の店に行こうとしなかったもんなぁ」
やかましい男が医務室に入ってきた。
あれでも石化解除薬を開発した天才錬金術士らしい。
今は石化後遺症の治療薬を開発しているそうだ。
国王ではなく、未来の患者を救うために。
「なんなんだ、来て早々に人聞きの悪い……
私は彼女の体に興味があるだけだ
恋愛感情なんて持ち合わせてはいない」
「なあ、先生……言葉は選んだ方がいいぜ?
すっげえクズっぽい発言に聞こえたぞ、今のは」
「……それで、なんの用だ?
お前がわざわざここへ来たということは、
よほど重要な報告でもあるんだろうな?」
医者はあからさまに不機嫌だった。
趣味の時間を邪魔され、ご立腹なのだろう。
「まあ大したことじゃないけど、
試薬が完成したからここに置いとくぜ
俺はちょっくら街まで飲みに行ってくるわ」
……。
「いや……待て待て待て!!
試薬が完成したと言ったのか!?
それはつまり石化後遺症の治療薬のことか!?
そんな重要な報告をさらりと済ませるんじゃない!!」
慌てて医者が引き止める。
よほど飲みに行きたいのか、今度は錬金術士が不機嫌そうになる。
彼は「何を当たり前のことを」とでも言いたげな目で医者に返した。
「んまあ……まだ試薬だけどな
実際に使ってみなきゃわからんけど、結構自信あるぜ?
今、国王には痛み止めが効いてんだろ?
それじゃあ試薬の効果がわからんし、まずは時間潰さねーとな」
男は幸運だった。
王家の屋敷が焼け落ちたと聞いて関係者たちが落胆する中、
彼はそれを好機と捉え、研究室の焼け跡を探し回った。
あの場所には、素人にはわからない貴重な素材がいくつもあった。
普通ならそれを燃やそうなどとは考えないほどに高価な錬金素材が。
結果論だが、暴徒たちが屋敷に放火したことで
彼は治療薬に必要な材料を手に入れられたのだ。
“黒き灰”を。
あとはそれを既存の石化解除薬に混ぜ合わせ、
“夜の獣”の原液を加えたり、攪拌作業に緩急をつけるなどして、
他にも様々な工程を経て出来上がったのが件の試薬なのだ。
「俺は最初からこいつを作りたかったんだよなぁ
せっかちなクソ陛下が『解除薬が完成した』とか早まったせいで、
中途半端な治療薬が出回ることになってヤキモキさせられたぜ……」
男が言うには今までの石化解除薬は未完成品らしく、
これから世に送り出す物こそが真の治療薬だそうだ。
それは、石化後に体が崩壊した者をも治すことができるらしい。
理論的には“首無し兵士の像”も復活させられるとのことだ。
「新しい体がニョキニョキ生えてくるわけじゃないから、
取れちまったパーツは必要になってくるけどな
でもまあ、細かい欠片までは考えなくてもいいはずだ
大体の部分が残ってれば上手いこと修復してくれると思う……たぶん」
「たぶん、ってお前……
本当に効くのか? それは……」
「さあ?
それを確かめるための試薬だからな
まずはクソ国王の痛み止めが切れるのを待つしかねえよ」
錬金術は試行錯誤の学問、
実際に試してみないとわからないことがたくさんある。
アリサは見張りの黒騎士に声を掛け、
出て行ったメンバーを引き戻すよう頼んだ。
それからひと眠りしている間に仲間たちが医務室まで戻ってきており、
どういうわけだか邪魔なエルフが不服そうにコノハに従っていた。
なんか知らない間にユッカのお友達になったらしい。
何考えてんだあいつ……。
「ぐおっ……ぅあああぁぁぁぁぁっ!!
クスリを……早く薬をよこせぇぇぇっ!!」
それはともかく国王は今、痛みに悶えている。
痛み止めの効果が切れたのだろう。
あまりの激痛に汗と涙、その他の体液を撒き散らしながら暴れている。
試薬の効果を試すには絶好の機会だ。
「こいつを喰らええええぇぇぇっ!!!」
錬金術士は激しく叫び、だが穏やかに治療薬を一口飲ませた。
──待つこと数分。
国王の容態に変化が表れた。
「……おっ? おおおっ!?
なんだか痛みが……いや、痛みの原因が消え去ったような……!?!?」
今にも死にそうな表情を浮かべていた国王が、
まるで憑き物が落ちたかのようにおとなしくなり、再び涙を流す。
苦しみからの涙ではない。それはきっと喜びの涙だろう。
彼は自身に起きた異変を徐々に把握し、
気づけば自然と笑みが浮かんでいた。
薬物でラリっている時の笑顔ではない。
彼は今、心から幸せを感じているのだ。
“健康”。
それは何物にも代え難い、生きる喜びそのものである。
弱っている時には何よりも欲するものなのに、
調子の良い時には忘れがちな人生の宝物。
彼は今、生きていることに感謝していた。
「わしは…………自分を赦そうと思う」
そしてこの発言である。