赦し1
国王と王妃の野望は潰えた。
今、二人は魔封じの縄で縛られ、医務室で治療を受けている。
彼らのダメージ源はアリサに殴られた部分だけではない。
“夜の獣”を乱用して連続で徹夜した挙句、
不衛生な残飯で食い繋いできたツケが回ってきたのだ。
下痢や嘔吐を繰り返し、もう出す物が無くなった彼らは
脱水症状に見舞われ、ベッドでうなされている。
部屋には王女や大臣、黒騎士団、親衛騎士団、特別一般兵、
そして戦いに参加した冒険者たちが勢揃いし、
今回の騒ぎを起こした二人をどう扱うべきか悩んでいた。
「狭めえんだよ!!」
アリサが怒鳴るのも無理もない。
今、この部屋には50人近い人数が集結しているのだ。
普通に動けているので忘れがちだが、彼女は重症患者で絶対安静の身だ。
こんなに騒がしい環境では落ち着いて眠れやしない。
ただでさえクレイジーな夫婦と同室で不愉快なのだ。
もう少し配慮してくれてもいいと思う。
「──た、大変です!!
王家の屋敷が全焼したとの知らせが今……!!」
そして更に騒がしくなる。
王家の屋敷が燃えたとは、そりゃ大事件だ。
……大変だろうけど、今はとにかく静かに休ませてほしい。
「全焼って、そんな……!
姫様の部屋もですか!?
あそこにはアタシが姫様に提供した、
『愛と略奪の狭間』シリーズ全巻が収められていたのに……!
今となっては入手困難な初版本だというのに……!」
ミモザがうるさい。
つうか、王女相手になんて物を読ませてるんだ。
「残念ながら全て焼け落ちてしまったようです……
しかし金目の物はあらかた持ち出されていたので、
もし犯人を捕まえることができれば、
それなりに家財を取り戻せるかもしれません」
空き巣の仕業か……。
盗むだけじゃ飽き足らず、放火までするとはタチが悪い。
犯人、捕まるといいな。
「そうですか……
わたくしたちの思い出の場所が焼け落ちてしまったのですね」
フレデリカが表情を曇らせ、
親衛騎士団の面々は何も言えなくなる。
どうにかして王女を励ましたいが、
騎士たちは涙に言葉を詰まらせてしまう。
そんな彼女たちを励ましたのは、
他ならぬ王女自身だった。
「……まあ、仕方ないですよね
形ある物はいつか壊れてしまうものです
それがたとえ王家の所有物であっても、例外はありません
屋敷は失ってしまいましたが、わたくしたちの思い出は消えません
それに気づかせてくれたのですから、
この火事には感謝すべきなのかもしれませんね」
ああ、なんて強い人なのだろう。
そして優しく、美しい。
この王女の騎士になれて本当に良かった。
彼女たちはそう思った。
セシル以外は。
「そんな、困る……!
あの場所には私の全財産があったんだ!
父を探す手掛かりになると思って持ち出した、母の日記もあったんだ!
それが全部燃えてしまっただなんて……私は一体どうすればいいんだ……!?」
彼女は膝を折り、頭を抱えた。
親衛騎士団の異分子セシル。
彼女は団員たちから嫌われていたが、
さすがにこの状況を笑うことはできない。
彼女は父を知らずに育ったと聞く。
その境遇に同情したであろう国王が連れてきた存在なのだ。
同じ種族の国王が。
リザードマンの亜種、カメレオンマンである国王が。
団員たちは彼女の父親が誰なのか、もうとっくに察していた。
だが、確証を得るまでは黙っていようと示し合わせていた。
──夜になり、50人近い団体はようやく医務室から去ってくれた。
彼らは焼け落ちた屋敷の調査へ向かったようだ。
これでようやく静かに体を休められる。
そう思っていたのだが、やはり邪魔が入る。
「イルミナ
お前には話しておかねばならんことがある」
「あなた、どうしたのですか?
急にかしこまったりして」
医者の腕が良いばかりに、
クレイジー夫妻が元気を取り戻してしまったのだ。
もしまた悪巧みするようであれば、その時は半殺しでは済まないだろう。
「わしらが初めて喧嘩をした朝を覚えているか?
その時のことを、わしは今でも後悔しておる」
「そんな昔の話を、今ですか?
まあ、他にすることもないので構いませんが
……ええ、もちろん覚えていますとも
忘れもしませんわ
あなたはとても嬉しそうに『白髪発見〜♪』と
まるで町の悪ガキの如くはしゃいでいらしたわね
それはもう、小躍りしながら『ヒャッホーウ』とか奇声を上げて、
わたくしの心を全力で弄ぼうとしたのを覚えていますわ」
「え、いや、そこまでだったか……?
……まあ、とにかく今では反省しておる
わしの軽率な発言がお前を傷付け、
お前は永遠の美に執着するようになり、
邪悪なエルフに唆され、魔女になり……そして今、
夫婦揃ってベッドの上で拘束される結果となってしまった
……全てはこのわしが招いた悲劇だったのだ
本当にすまなかった」
…………。
……え、そんな理由で?
アリサと医者、監視役として残った数名の黒騎士は困惑した。
「あなた……わたくしはもう気にしていませんよ
たしかにあの時は気分を害されはしましたが、
それが全ての元凶だとは思っていません
わたくしは毎日鏡で自分の姿を見ていますし、
いずれは自分自身で気づいたことでしょう」
「それでも謝りたいのだ……!
別居してからの3年は別荘へ出向いても追い払われ、
その後の10年間、お前は石像になっておった!
わしが目覚めた時にはお前は牢屋の中で1年過ごし、
ここ最近は晩餐会の準備で忙しく、そして今!
ようやく落ち着いて話せる時間ができたのだ!」
理由はくだらないが、その些細なことでこの男は15年近く悩んできた。
赦しを得たいのに、謝る相手がそこにいない。
それは一体、どんな気持ちだろう。
喉に小骨が刺さったような心境……という表現で合っているだろうか。
あとでコノハに聞いてみよう。
……魚が食べたくなってきた。
以前コノハに出してもらった鮭フレークが無性に食べたい。
あれなら喉に小骨が刺さる心配は無い。
たしかショーユとの相性が絶妙だったんだよなぁ……。
その後、ショーユを一気飲みして死にかけたけど。
「……あの頃のわしは、ある悩みを抱えておった」
おっと、まだ国王の過去話は続くようだ。
「国を治める者としての重責からなのか、
頭髪だけでなく全身の体毛まで白く染まっていってな……
まだ老人と呼ばれるほどの年齢ではないのに
見た目だけが年老いてゆき、わしは焦っていた……
そんな時、お前にも白髪が生えているのを発見し、
わしはつい喜びを隠すことができなかった……
最愛の妻と同じ時間を過ごしてきたという、その喜びにな」
その言葉を聞き、王妃は目を見開き、涙を流し始めた。
泣き顔を隠したかったのか腕を動かそうとしていたが、
今は魔封じの縄で縛られており、それは叶わなかった。
年端も行かぬ少女のように泣きじゃくる王妃に感化されたのか、
国王も我慢していた涙を流し、医務室は二人の泣き声で満たされた。
ハタから見るとお互いを想い合い、愛し合っている夫婦なのだが、
こいつら二人とも世界征服とか企んでたんだよなぁ……。




