招かれざる者4
「──イルミナ、今だ!!」
「ええ、あなた……!!」
石の魔女イルミナは、満を持してその魔法を使用した。
“魔力の防壁”を。
展開と同時に既存の“不可視の防壁”を解除し、
新規の防壁だけに魔力を集中させる。
防壁の外にいる敵を攻撃する必要は無い。
会場を包み込むようなサイズも必要無い。
国王と王妃、ただ2人を守れればそれでいい。
魔力の消耗を最小限に。それがこの作戦の肝だ。
そしてイルミナは立て続けに次々と防壁を展開してゆき、
連結させたそれは“防壁の通路”とでも呼ぶべきだろうか。
2人だけが通れる幅と高さの通路を作り出し、
彼らはその道を走っていった。
通り過ぎた防壁は即座に消し、魔力を回収して次の生成に回す。
もちろん外部からは『侵入不可』なので通行の邪魔はできない。
彼らは今、無敵だった。
やられた。
コノハはこの展開を予測していなかった。
いや、できなかった。
頭が良いと思われている彼女も、一皮剥けば普通の女の子なのだ。
“自動翻訳”や“自動計算”などの便利な特殊能力のおかげで
周囲からはすごく頭の良い人物に見えているだけで、
本質的には寸胴で足の短い、少し言動が痛々しい少女にすぎないのだ。
よりによって、機転が利くニックがいない時を狙われた。
よりによって、魔法に詳しいエルフが大きないびきを立てている時を狙われた。
国王はこちらが油断する瞬間をずっと狙っていたのだ。
「ユッカ!
追いかけて!」
どう対処するのが正解なのか、すぐには思いつかない。
とりあえずは足の速いユッカに追跡させるのがセオリーだろう。
そのユッカを私の能力で追えば、いつでも位置を把握できる。
そして特に指示を出さずとも、ユッカの跡を獣人軍団が追従してくれた。
「誰かそのエルフ起こしてーーー!!」
『魔法対決なら絶対に負けない』と豪語していた女。
肝心な場面で寝ていたが、それでも現在の最大戦力には違いない。
フィンさんは優しく起こそうとしたが、今はそんな場合じゃない。
少し強引な方法で起こさねばならない場面なのだ。
そして黒騎士団団長のジークさんが思い切り張り手をかまし、
件のエルフはそのまま気を失ってしまった。
ダメだあの人、力加減ができないタイプだ。
どうしよう、魔女と渡り合える戦力を失ってしまった。
私は悩んだが、何も名案なんて思いつかない、
「……コノハ殿!
私たちも急ぎ、王妃殿下の跡を追う!
それでよろしいか!?」
なんか親衛騎士団団長のパメラさんが確認を取ってきたけど、
どうしよう、私、いつのまにか総大将みたいなポジションになってる……?
冗談じゃない。
私は目立ちたくない。
とりあえずパメラさんには無言で頷いておき、
親衛騎士団の全員が追跡班に加わった。
「コノハさん!
我々はどうしたらいいですか!?」
黒騎士団のザコたちが問い掛ける。
いや、あんたたちの団長そこにいるでしょ……?
「フハハハハ!!
なんなりと命令するがよい、小娘よ!!」
なんで偉そうなの、この人……!
「……皆さんも追跡をお願いします!」
もうヤケクソだ。
とりあえず、とりあえず、とりあえず追跡。
凡人の私にはそれしか思いつかなかった。
──医者は信じられないものを見た。
つい3日前には死にかけていた少女が、
もう自力で歩行なり食事なりできているのだ。
医者はその驚異の生命力を目の当たりにし、
「信じられない」という気持ちと、
「医学的に興味がある」という気持ちが同時に混在した。
「医学的に興味がある」
言葉に出さずにはいられなかった。
稀少種の竜人というだけでも珍しいのに、
なんだか彼女は、聞いていた特徴とは
まるで違う性質を持っているのだ。
レア種族の特例個体。
興味が湧かないはずがない。
「見かけは至って普通の少女なんだがな……
その生命力の高さは一体どういうことだ……?
是非とも隅々まで調べてみたいものだ
お前が死んだら、解剖してもいいか?」
医者は好奇心を抑えられなかった。
誰だって急にそんなことを言われたら困惑するし、
それはアリサも例外ではなかった。
「ちょっ……なんだよいきなり!
おっかないこと言ってんじゃねえよ!
……って、死んだ後の話か
まあ、それならべつに構わねえや」
本人の了承を得られた。
医者は思わずガッツポーズを決めた。
その時。
医務室に2人の男女がなだれ込んできた。
言わずもがな、国王と王妃である。
彼らは、特に国王はだいぶ焦っているようで、
顔色は悪く、額からは大量の汗を流し、目は血走っていた。
「──おい、医者ァ!!
すぐに痛み止めをくれええェ!!
3日間、例の薬で騙し騙し耐えてきたが、
もう限界が来とるんじゃああァ!!」
「今は緊急事態につき、ありったけ出しなさい!!
わたくしたちはこのまま逃亡がてら、
西側諸国の制圧に乗り出そうと思います!!
とりあえず10日分の薬があれば、ひとまず充分でしょう!!」
見舞いに来てくれた仲間たちから
彼らが世界征服を企んでいるという話は聞いていたが、
今、確かに「西側諸国の制圧に乗り出す」と口走っていた。
とうとう馬鹿げた侵略計画が動き出したのだろう。
だったらここで止めるまでだ。
「……なあ、あいつら半殺しにしてもいいか?」
「命を奪わない程度なら、まあいいだろう」
医者の了承を得られた。
アリサは拳を固め、深く息を吐いた。
そして大きく息を吸い込み、
敵のいる方へとゆっくり歩き出した。
本調子であればまっすぐ駆け寄りたいところだが、
今は歩くだけで精一杯なのだ。
少女が苦しそうな表情をしながら近づいてくる。
その光景に、国王は思わず目が止まった。
自分と同じく彼女も痛みに耐えているのだろう。
だが、少女の目は明らかに敵意を放っており、
どうやらこちらに攻撃を仕掛けようと考えているようだ。
「むぅ……
あの少女、この防壁が目に入っておらんのか?
今は魔法隠しの幻術を使っておらんのだろう?」
「ええ、当然ですわ
魔力の消耗を抑えるため、無駄な幻術は切り捨てました
たしかあの娘は、魔法には疎いのだと聞いています
きっと防壁の効果もわかっていないのでしょうね」
夫婦は今、守られていた。
魔力の防壁に。
そう、純粋な魔力に。
アリサに純粋な魔力は通用しない。
そんな壁は、無いも同然なのだ。
夫婦がその事実を知る由も無く、
アリサはごく自然に防壁を通過してきた。
「「 えっ 」」
目の前には竜人の少女。
侵入不可能なはずの、無敵の壁を難なく突破してきた少女。
国王も王妃も想定外の出来事にただ驚くばかりで、
自分たちが今、無防備である事実に気づくことができなかった。
アリサは間髪を入れず、王妃の横っ腹に拳を叩き込んだ。
「コッ……!?
ホ、オオォ……ッ!!」
彼女は声にならない叫びを医務室に響き渡らせ、
汗や涙、その他の体液を撒き散らしながら、床の上でのたうち回った。
骨や内臓を壊した感触は無い。
アリサは医者の手を煩わせまいと、
これでもかなり手加減をしたのだ。
続いて標的は国王へと切り替わる。
彼は倒れた妻を前に慌てふためき、医者に向かって何か叫んでいた。
すぐ近くに敵がいるというのに、彼の注意は完全に妻に向いていた。
この男は「もう限界が来ている」と言っていた。
ほんの少しの痛みにも耐えられないだろう。
アリサはさっきよりも弱く、国王の横っ腹に拳を叩き込んだ。
「ヒァッ……!!
カッ、ハアァァ……!!」
彼は打たれた部分を押さえながら後ずさりし、
壁にもたれかかり、ズルズルと座り込んだ。
呆気ない幕引きだが、
ともあれアリサは阻止することができたのだ。
世界征服の野望を。