招かれざる者3
兵糧攻め開始から半日、コノハはあることに気がついた。
「みんな……外側の防壁が消えてる!」
『脱出不可』の壁がいつのまにか消えていた事実に、
閉じ込められていたメンバーが歓喜の声を上げる。
しかしそれは単純に喜んでいいものではなかった。
防壁1枚の維持を放棄したということは、
それだけ敵の魔力回復速度が速まったということでもある。
王妃はまだ諦めていない。
何か反撃を仕掛けようと企んでいるのだ。
「まったく、妙な成り行きになったものだな……」
黒騎士団団長ジークは眉間にシワを寄せ、己の現状を嘆いた。
できることならば主君の元へ駆けつけて味方になってやりたいが、
今は敗北した身であり、勝利者の命令には逆らえなかった。
隣には娘のパメラが居り、お互いに目を合わせようとしない。
傍目から見て親子仲はあまりよろしくないようだ。
「父上……
格下と見ていた人間相手に完封され、
心身共に傷付いているのでしょう?
もう少し休んでいらした方がよろしいのでは?」
「何を言うか 愚かな娘よ……
心は傷付いたが、体は傷付いておらん!
……ひとつ言っておくが、純粋な強さならば確実に我の方が上だ
火薬などという卑怯な手に頼らず、正々堂々と戦っていれば
間違いなくこの我が勝利したであろうな」
「父上……
その純粋な強さとやらを『暴力』と呼んでいらしたのでは?
フィンは格上の相手に対し、工夫して戦ったから勝てたのです
その技術や戦術を『武力』と呼ぶのだと、いつだか仰っていましたよね?
『暴力では武力に勝てない』……まさに父上自身のお言葉ではないですか」
「ぬぅ……!!
それはそれ!! これはこれだ!!
男同士、一対一の決闘に火薬の使用など認めてたまるか!!」
「ああ、またですか……
都合が悪くなると、いつもそうやって屁理屈をこねる!
何が『一対一の決闘』ですか馬鹿馬鹿しい!!
彼は父上と戦う前に、30人近い黒騎士を1人で倒したのでしょう!?
先に大勢の部下をけしかけておいて、自分たちが負けたら
相手を卑怯者呼ばわりするなど、騎士として恥ずかしくないのですか!?」
「その時は相手の人数など把握しておらんかったわ!!
それがまさか、こんな人間の兵士に……!!」
ヒートアップする両者にフィンが割り込む。
「……親子喧嘩はそのへんにしといてくださいよ
それより手を動かしましょう、手を」
すぐそばで自分の武勇伝を語られてなんだか恥ずかしいし、
今は他にやるべきことがある。
フィンをはじめ、防壁を取り囲む者たちは全力で団扇を仰いでいる。
風の送り先は国王と王妃。もちろんただの風ではない。
リラックス効果のあるお香を焚き、その煙を敵陣に送り込んでいた。
敵は徹夜明けで、たらふく酒を飲んでいる。
ひとたび眠気に襲われれば逆らうことはできないだろうという算段だ。
だが、なかなか眠らない。
それもそのはず、敵にはあの薬があったのだ。
「朝っぱらから第2ラウンドいっちゃおうぜェーーーぃ!!」
「モーニング晩餐会の始まりフォオオオオーーーッッッ!!」
彼らは“夜の獣”を少しずつ酒に混ぜて飲み、床にこびりついた飯を食らい、
体力、気力、そして魔力の回復に努めた。
その姿を見て、誰が彼らを王族だと思えるだろうか。
今の彼らはただ本能に従い、貪るだけの獣だった。
「なんて恥ずかしい人たちなのでしょう……
あれがわたくしの両親なのだと思うと、死にたくなります」
目を背けたいが、そうもいかない。
王国の未来を担う身として、彼らの辿る結末を見届けねばならない。
あの両親のようになってはいけない、と戒めるために。
──そして、夜が来た。
夫婦はしぶとく、お香の効果を完全に無視して興奮状態を持続させていた。
「第3ラウーーーンッ!!
一周回ってアラウーーーンッ!!」
「イブニング晩餐会はアフタヌーーーンッ!!」
その元気さは傍目から見ても異常であり、
フィンは精力剤の常用を控えようと心に誓った。
ハイテンションの2人とは逆に、
ニックたちはそろそろ監視するのにも飽きてきた。
「……おい、黒髪の姉ちゃん
あいつら全然余裕じゃねーか
防壁の中にはまだ食い残しがあるし、
こりゃしばらく時間がかかりそうだな」
「それはまあ、長期戦なんで仕方ないかと……
ただ、こちらは新鮮で安全な食料を調達できるのに対し、
あちらには床に落ちた不衛生な残飯しかありません
餓死するよりも先に体調不良を訴える可能性が高いので、
この戦いはそこまで長引かないと思いますよ」
コノハもべつに命まで奪おうとは考えていない。
相手が根負けしてギブアップしてくれるのが理想だ。
しかし敵は世界征服を企んでいるクレイジー夫婦。
究極の選択を迫られる段になったら、その時は手を下すしかない。
生かすか、殺すか。
できれば長く生きて苦しんでほしい。
今まで苦しめてきた人たちの倍以上に。
エルフは腑に落ちなかった。
あの短気な王妃がおとなしく魔力の回復に努めている。
もう防壁の内側から攻撃魔法を連発してもいい頃なのに、
そういうそぶりは一切見せない。
おそらくあの男……国王が作戦を練り、それに従っているのだ。
今更呪いの霧を放ったとして、風の魔法には無力だと痛感しているはず。
考えられるとしたら起死回生の大魔法といったところか。
先程の戦いを見るに、王妃はどうやら氷属性の魔法を得意としているようだ。
ならば王妃の隠し玉は“凍てつく嵐”かもしれない。
攻撃力は皆無だが、広範囲の相手を凍結させる大技だ。
消耗が激しい割に持続時間はあまり長くないが、
逃げるための時間稼ぎとしては最適の魔法といえる。
それならばこちらは“炎の逆風”で対抗するまでだ。
魔法の強さも魔力量も、完全にこちらが勝っている。
魔法使いとしての才能も経験も、完全にこちらが上なのだ。
万が一にも負ける未来は無い。
あのクソ魔女を完膚無きまで叩きのめし、
どちらが上なのか今度こそわからせてやる。
エルフは意気込み、その時が来るのを待った。
──兵糧攻め開始から3日目の夜が来た。
国王夫妻は床に落ちた残飯で食い繋いでいたが、
特に腹痛を訴えることも無く、丈夫な内臓の持ち主だと証明された。
時折、皿に盛った排泄物を投げつけるという
最低な攻撃を仕掛けてくることもあったが、
この3日間、王妃が魔法を使ってくることは無かった。
そして彼らは“夜の獣”を全て使い切った。
もう後戻りはできない。
勝負の時が来たのだ。




