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そして少女は斧を振るう  作者: 木こる
『嘆きの王』編
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招かれざる者2

「皆さんはサバイバルにおける“3の法則”というものをご存知ですか?

 人は空気が無ければ3分、適切な体温を維持できなければ3時間、

 水が無ければ3日、そして食料が無ければ3週間で死ぬそうです

 まあ、それは人間種族に限った話なので全員には当てはまりませんが……

 とにかく皆さんは今、完全に包囲されてる状態なんです

 厨房は制圧済みなので、皆さんへの水と食料の供給はありません

 魔女の味方なんてしてないで、さっさと降参した方が得策ですよ?」


コノハは防壁内の貴族たちに見せつけるように、

出来立てのチーズバーガーにかぶりついた。


実際、見せつけているのだ。

倒すべき敵は国王と王妃であり、その他大勢にはさっさと退場願いたい。

魔力解析の結果、招待客はどちらの防壁も素通りできると判明したので

こうして話術や食べ物で釣り出す作戦を実行しているのである。


防壁の外側にはユッカが連れてきた獣人軍団が配置され、

コノハたちへの食料提供と、招待客が出戻りしないように監視している。


王妃は魔力をほぼ使い切っており、防壁の維持だけで手一杯だ。

もし攻撃可能な魔力量まで回復したとしても、

宿敵のエルフが的確な妨害を行うだろう。


コノハの言う通り、国王も王妃も完全に包囲されているのだ。


正真正銘の『王手』がかかっている状態なのだ。




兵糧攻め開始から数時間、空はもう白んでいる。


酔いの醒めた貴族たちは現状の把握に必死であり、

彼らの記憶にあるのは『国王と王妃がより良い未来を築き上げる』という

ふんわりとした指針だけであり、優しい侵略云々については曖昧だった。


「うぅむ……よくわからないが、

 私はそろそろ屋敷へ帰らせてもらう

 貴族たる者、規則正しい生活を心掛けねばな」


ミートソースまみれの紳士が帰宅を宣言した。


「おい、待たんか……

 晩餐会(パーティー)はまだ終わっておらんぞ」


国王が引き止めようとするが、紳士の意志は固かった。


「お言葉ですが、陛下

 夜が明けてしまいましたので、夜会はもう終わりでしょう

 ……それに、私にも貴族としての務めがございます

 急いで帰宅し、身支度を整えねばなりません

 でなければ正午のティータイムに間に合わなくなってしまいます」


「ティー……!?」


この局面まで追い詰められ、国王はようやくある疑問を抱くようになった。


もしかしたら、こいつら役立たずなのでは?と……。



彼に連なるように1人、また1人と退場してゆく。

国王や王妃が呼び掛けるも、貴族たちは自身の務めを優先させた。


一緒に馬鹿騒ぎをするぶんには楽しい飲み仲間だが、

いざ劣勢となれば平気で見捨てる、性根の腐った連中。

他人の金で、国民の税金で飲み食いしておきながら、

国王と王妃を残して彼らは去っていったのだ。


せめて2、3人くらい義理堅い奴がいてもいいだろうに、彼らは全員去ったのだ。


会場には、国王と王妃だけが残された。



「……この、クソッタレえええぇぇっ!!」



国王は空の瓶を叩き割った。


破片が自身の頬を切り裂くも、痛みは感じない。

極度の興奮状態に加え、痛み止めの効果がまだ続いている。


薬の効果がいつまで持つかわからない。

医者を呼ぼうにも、防壁を取り囲む獣人軍団が通さないだろう。


ん、防壁……?



国王は“賢王”としての才覚をフル活用させた。



「イルミナ、外側の防壁を解除せよ」



突然のその提案に、イルミナは困惑するしかなかった。


「何を仰るのですか!

 あの壁は侵入者を逃さないための罠なのですよ!

 せっかく捕らえた賊どもを、みすみす見逃せというのですか!?」


「捕らえられているのは果たしてどちらかな……?

 奴らをよく見てみろ 全員に食事が行き届いているし、

 夜襲に備えて睡眠を取っている者たちもいる……

 もう既に長期戦の準備が完了したと見ていいだろう

 ……外側の防壁はもう、もはや意味を成していない

 お前は今、魔力の無駄遣いをしているのだ」


無駄遣いという単語に少しカチンときたが、

夫の言っていることはあながち間違いではない。



「イルミナ、残された道は一つしかない……短期決戦だ」



その言葉に、またしても困惑するしかない。

夫は魔術の素人。何も理解していない。


「短期決戦と言われましても……

 わたくしの魔力が残されていない以上、

 あの者らを排除する手段はありませんよ」


「それを利用しようと言っているんだ……!

 敵は今、完全勝利の一歩手前にいる!

 戦局において、最も油断が起こりやすい状態にあるのだ!

 奴らが勝利を確信したその瞬間、我らは行動に出る!

 そのために今は耐え、体力と魔力を温存するのだ!」


やはり夫はわかっていない……と思う暇も与えられず、

彼は懐から薬瓶を取り出し、こちらへ寄越した。


「……イルミナ、それを飲め

 味は酷いが、効果は保証する」


渡されたそれは一見、蜂蜜のような色合いをしているが、

ドロドロしてはおらず、甘い匂いもしなかった。


最近、夫が痛み止めの代わりとして服用している薬だ。

一応まだ3本あるが、1本だって無駄にはできない。


「その薬を使い切ってしまったら、あなたが困るでしょう

 わたくしはどこにも痛みなどございませんし、

 妙な気遣いはしなくても結構ですよ」


やんわりと断るが、彼はその手を引っ込めなかった。

どうしても飲んでほしいらしい。


「このまま何もしなければ魔力が尽き、

 防壁の維持ができなくなるだろう

 そして残念ながら、わしには戦う力が無い……

 この状況を打開するには、お前の魔法に頼るしかない

 何から何までお前に任せっきりだが、他に方法が無いのだ」



夫の懸命な説得に根負けし、イルミナはその薬を一気に飲み干した。



「……まっず!!」

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