許されざる者3
「……小僧、一体なんのつもりだ?」
フィンは背負っていた男から急いで距離を取り、広刃斧を構えた。
「ぐおっ!?
いきなり離れるな!
転ぶところだったろう!」
その男ジークは自力で踏ん張り、フィンを睨みつけた。
「いや、頭打ってたし、
一応医者に診せようかなと……
つうか目覚めるの早すぎだろ……」
あの戦いの後、階下に降りたフィンは
頭から壁に突っ込んで気絶するジークを発見し、拾い上げたのだ。
「なにゆえ敵である我を助けた……?
気を失っているうちに首を斬るなり、
火を着けるなりすれば確実に殺せただろう……」
「……さあね
アンタが殺そうとした少女の真似かもな」
正直トドメを刺そうとは思っていたが
あまりに滑稽なやられ姿を見せられ、
その気が失せたというのが真相だ。
だが、辱める必要は無い。
彼は格下と見ていた人間風情に敗北したのだ。
誇り高き騎士にとって、これ以上の屈辱があろうものか。
「ぬぅ……
やはり貴様、我が娘とは恋仲の関係にあるのだろう?
恋人の父に手をかけるなど、到底できぬことよな……」
「……は?」
想定外の発言にフィンは困惑する。
この人さっき「愚かな娘」とか「興味無い」だとか言っていた割に、
なんだかすごく娘を気にかけている感じがするし、絶対に興味がある。
……ああそうか、親子揃って不器用な性格なんだ。
フィンは一人、納得した。
医務室でも1人、目覚めるのが早すぎる存在がいた。
「くっそおおおおおぉぉぉっ!!!
負けちまったあああぁぁぁ!!!」
医者はその驚異の生命力を目の当たりにし、
「信じられない」という気持ちと、
「医学的に興味がある」という気持ちと、
「まだ寝てろ馬鹿」という気持ちが同時に混在した。
「……まだ寝てろ馬鹿!」
重症患者にかけるべき言葉はこれだろう。
本来、彼女は動けるはずがないのだ。
象をも一瞬で昏倒させる麻酔を投与し、手当てを終えたばかりだ。
内蔵に損傷は無いものの肋骨は折れたままだし、
頭部や背面の傷は塞がっていない。
絶対安静だ。……絶対安静だ!
「つうか、ここどこだよ!?
オレが気ぃ失ってる間に変なコトしてねえだろうな!?
仲間たちに今すぐ会わせろ!! さもないと……」
医者は今にもベッドから飛び出しそうな少女を落ち着かせ、
黒騎士たちはもう敵ではないことを告げ、現状を説明してくれた。
アリサは最強の戦士に敗北し、城の堀へと落下した。
奇跡的に救助が間に合い、一命を取り留めた。
フィンは1人で黒騎士団を打ち負かし、今は団長と交戦中。
他の仲間たちは今、会場で国王と王妃を追い詰めている頃だ。
「ん……んんんっ……!?
王妃って、あの蛇女のことか!?
なんでこの国にいんだよ!?
セバンロードの牢屋にいるはずだろ!?」
それについては黒騎士が捕捉した。
ただし世界征服の思惑までは知らず、
なぜか釈放されたという事実だけを伝えた。
「こうしちゃいらんねえ……
この国にゃアル・ジュカから働きに来てる奴らが大勢いんだ
そいつらまで石にされちまったら、今度こそ本当に終わりだぞ」
アリサは単に現在国内にいる労働者たちを心配しただけであるが、
その発言はなかなかに的を射ていた。
もしまたこの国で石化騒ぎが起これば他国からの信用を失い、
完全に見捨てられてしまうだろう。
“やっぱり石の魔女はまだ生きてました”となれば、
そんな危険な場所には留まりたくないのが道理だ。
誰も石化解除薬の材料を生産しなくなる。
そうなったらもう本当に一巻の終わりなのだ。
アリサは両刃斧に手をかけた。
「……おい、それをどうするつもりだ?」
「どうするって、そりゃ……
こいつで魔女の首をぶった斬ってやんだよお!!」
打倒魔女を意気込む少女に対し、医者は涼しく拒絶した。
「やめろ」
涼しいなんてもんじゃない。
その眼光は冷たい怒りに満ちており、
今までに感じたことのない威圧感を放っていた。
「……私は命を救おうと努力してきたんだ
それがどんな命であれ、な……
お前は私に救われた身だろう
命の恩人をがっかりさせないでくれ」
医者の使命。
彼はただ、それを果たそうとしているだけだ。
──晩餐会の会場では一方的な戦闘が行われていた。
案の定、王妃は防壁の内側から魔法攻撃を仕掛け、
外側にいるニックたちは身を守るのに精一杯だった。
なぜ逃げなかったのか、疑問に思うだろう。
彼らは逃げられなかったのだ。
不可視の防壁は2重に用意されており、
王妃たちを守る内壁は『侵入不可』、
ニックたちが閉じ込められた外壁は『脱出不可』という構造だ。
2つの壁に挟まれた彼らに選択肢は無く、
ただひたすら王妃からの攻撃に耐えるしかなかった。
「いい加減、死んでおしまい……!」
王妃の指先から無数の氷の結晶が放たれる。
個々の威力は大したことないが、
一度に広範囲を攻撃できるので逃げ場が無い。
じわじわと全滅に追い込む算段なのだろう。
「……やいやいやい!!
この嘘つき夫婦どもが!!
『誰も命を失わない』だの『一滴の血も流さない』だのぬかしてたろうが!!
俺らを殺す気満々じゃねーか!! なぁにが『世界一優しい侵略』だ!!
おい、貴族の連中よぉ!! 本当にこんな奴らの味方する気なのか!?
こいつら、いざとなったらテメーラのことも切り捨てる性格だぞ!?」
ニックが必死に訴えかけるも防壁の中にいる貴族たちは鼻で笑い、
狭い空間で逃げ惑う彼らを酒のつまみに、夜会の続きを楽しんだ。
そして王妃はなかなか倒れない侵入者たちに痺れを切らし、
今までよりも強力な魔力を練り込んだ大きな氷柱を発生させた。
「ホアアアアァァァッ!!!」
氷柱が向かう先は、足を怪我しているブレイズ。
前後にも上下左右にも、どこにも逃げ場は無い。
絶体絶命。
そんな状況でも、彼には一つだけ救いがあった。
仲間が死ぬ姿を見ずに済んだ。
パーティーの前衛として一番危険なポジションを担ってきたのだ。
自分が最初にやられる覚悟なら、とうの昔にできていた。
あとはニックがどうにかしてくれる。
そう信じている。
彼は目を閉じ、運命を受け入れた。
『火炎よ、爆ぜろ……!』
突如、2つの大火球が氷柱に向かって発射され、
標的に着弾したそれは爆発し、氷柱は粉々に砕け散った。
命拾いしたブレイズが目を開けると、
そこには見覚えのあるエルフが立っていた。




