許されざる者1
「まったく……一体何があったんだ?
馬車にでも轢かれたのか!?」
医者からの問いに正確な答えを出せる者はいなかった。
誰も現場にいなかったので推測でしかない。
ただ確実なのは、最強の戦士が少女を半殺しにしたということだけだ。
「しかしまあ、この状態でまだ息があるとはな……
おい、手が空いてる奴は手伝え!」
わずかにでも医療知識のある者たちはその場に残り、
残りのメンバーは打倒国王を目指し、晩餐会の会場へと向かった。
「ハッピーニューイフォオオオオーーーゥ!!」
「今夜も飛ばしていくぜーーー!!」
「税金を食い尽くせーーー!!」
そこには地獄のような光景が広がっていた。
国王と王妃が率先して飲み、踊り、食い散らかし、
浮かれた貴族たちもそれに連なり、蛮行の限りを尽くした。
参加者たちは服が汚れるのも構わず暴れ回り、
床や壁には無意味にぶち撒かれた料理が散乱し、
ぐちゃぐちゃに踏み荒らされていた。
身分の低い従者は皿代わりに食材を盛られ、
中にはまだ生きているロブスターを乗せられ、
その嫌がる姿を笑うグループも存在した。
「……って、ちょっと待ってよ!
なんでこんな所に王妃様が!?
あの人、魔女なんだよね!?
ボクたちを騙した人だよね!?」
混乱するタチアナに、黒騎士が答える。
「国王陛下がセバンロードの役人と取引をし、
釈放されてしまったのだ……
どのような取引だったかは存じかねるが、
やはり、良いことではないよな……」
彼の表情は曇っていた。
騎士として王に忠誠を誓った身であれど、
主君の行いには思うところがあったのだろう。
「とりあえず、フィン殿が時間を稼いでくれている内に片づけてしまおう
幸い、国王を守っている者は誰もいない 今が絶好のチャンスだ」
「俺たちを監禁しやがったんだ!
同じ目に遭わせてやろうぜ!」
とうとうあの暴君に一矢報いる時が来た。
嫌々命令に従っていた黒騎士たちも、今ではこちらの味方だ。
目の前には打ち倒すべき敵、国王と王妃がいる。
あとは突き進むだけだ。
彼らの歩みを止めるものは何も無かった。
「……うおっ!?」
あった。
先頭を歩いていたブレイズは見えない壁にぶつかり、仰け反った。
「──あらあら、貴方たち……何をしているのかしら?
黒騎士団は会場の外を護衛しているはずでしょう?
それに、そこの無能な馬人と鳥人はたしか……
馬鹿な娘がお遊びで結成した、おままごと騎士団の一員だったかしら?」
一行を出迎えたのは王妃、石の魔女イルミナだった。
彼女が使える魔法は呪いの霧だけではない。
永遠の美を求めて魔術書を買い漁っていた頃に、
これは使えそうだと判断したものは吸収していたのだ。
これはその一つ。
“不可視の防壁”。
“魔力の防壁”に“魔法隠しの幻術”を組み合わせた、
彼女オリジナルの自動防護結界だ。
その効果は、『許可された者しか通過できない』。
「おいおい、マジかよ……
ここまで来てお預けとか冗談じゃねえぞ!」
……おい、鳥人の嬢ちゃん! 上から入れねえか!?」
指示を受け、タチアナは空中からのアプローチを試みた。
下からその様子を観察したニックは防壁の形状を推察する。
「球体型のバリアかよ……こりゃ下の階からでも無理だな」
会場は全方位、見えない壁によって守られていた。
黒騎士団がおらずとも、それだけで警備は充分だった。
彼らは無駄に会場周辺へ配置され、寒空の下に立たされていたのだ。
「──おやおや、なんとも懐かしい顔じゃのう……
たしか、あのハーフエルフの少女の仲間じゃったかのう
……そうか、そうか お主らも復活したのじゃな
このわしも嬉しく思うぞ ……では、もう下がってよいぞ」
安全な壁の中から暴君レオンハルトが挑発してくる。
国王と王妃は火酒をラッパ飲みしながら
ニタニタ、クスクスといやらしい笑みを向けた。
「ほらほらぁ、KINGがもう帰れと言ってんだ!
ノーウェルカムの連中はドブの水でも飲んでろ!」
「ここの料理は全部俺たちのもんだ!
そんな欲しそうな顔しても恵んでやんねーよ!
貴族の家に産んでくれなかった両親を恨むんだな!」
便乗した酔っ払いたちによる見当違いな罵声。
どうせ、考えあっての発言ではない。
気にしない方がいい。
「……やいやいやい!
いい気になってんじゃねえぞクソジジイ!
こんな壁があろうと関係ねえんだよ!
テメーとテメーの妻の正体、洗いざらい話してやっからな!
ここにいる連中だけでなく、大陸中の全員にだ!」
ニックが啖呵を切ると国王は首を傾げ、更に挑発してきた。
「はて……わし、なんか悪いことしたかのう……?
怪我したオークを保護してあげただけじゃろう?
あのハーフエルフの……名前はなんといったか……まあいい、
彼女には質問をしていただけじゃし、閉じ込めたりしておらんぞ?」
この男、この期に及んでシラを切るつもりらしい。
ここには監禁された被害者が2人と、加害者に協力した黒騎士たちがいる。
その黒騎士たちはこちらに寝返り、もう国王の言いなりにはならない。
それでも国王は強気だ。
王妃が構築している防壁に守られ、気が大きくなっているのだろう。
「……貴様らがなんと証言しようと、
これから復活する者たちは反対のことを言うじゃろうな
しかし今日中に運べと大臣に命じたはずなんじゃが、まだ来んのか
やれやれ……無能な部下を持つと苦労するわい」
国王は大きくため息を吐き、空になった酒瓶をぞんざいに投げつけた。
それは防壁の外まで届き、ニックの手前の地面で割れた。
床に落ちていたベリーを試しに投げ返してみたが、
こちらからの投擲物は壁に弾かれてしまうようだ。
敵は防壁の内側から一方的に攻撃できる。
なんと理不尽な構図だろうか。
「一つ忠告してやろう……
王妃の正体をバラすつもりなんじゃろうが、
そんなことをしても無駄じゃぞ?
貴様らが恥をかくだけじゃから、やめておいた方がいいぞ」
国王から謎の忠告。
だがニックはそんなのお構いなしに、
こちらが可能な唯一の攻撃……真実を伝えることを選択した。
「ハンッ!
往生際が悪いんだよ!
……え〜、ご来場の皆さ〜〜〜ん!!
そこにいる王妃の正体は、石の魔女でーーーっす!!!
その女こそが、この大陸を恐怖に陥れた元凶でしたーーーっ!!!」
ニックに続き、仲間たちも真実を叫び出した。
「……その通りだ!!
我々黒騎士団が保証する!!
国王陛下は王妃殿下を魔女だと知りつつ、
無関係なエルフの少女に罪をなすりつけようとしたんだ!!」
「ボクは見たよ!!
帝国の人たちが、王妃様を囲んでたんだ!!
今思えば、あれって魔女だと疑ってたんだよ、きっと!!」
「俺たちは監禁された!!
ロクな食事も与えられず、毎日殴られた!!」
「絵本に書かれたことは嘘ばかりだ!!
10年前のも!! 最新のやつもだ!!」
その後も彼らは国王と王妃の悪行を口々にし、
会場にいた貴族や従者たち、そして件の2人は黙り込み、
言いたいことを全て吐き出すのを静かに待った。
「……ぷふっ」
「くっくっくっ……」
「はっ……はははは!」
「ひゃーっはっはっはっはっはっはっ!!」
そして、会場は爆笑の渦に包まれた。