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そして少女は斧を振るう  作者: 木こる
『嘆きの王』編
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火花3

アリサはかろうじて生きていた。


「おい、急いで担架持ってこい!」


つい先程まで敵対していた黒騎士たちが率先し、

ボロボロに傷付いた少女の救助にあたる。


「早く医者に診せないと死んじまうぞ!」


「……来たぞ! 担架!」


「1、2の3!」


手際良い連携でアリサは担架に乗せられ、城内へと運ばれていった。


「あ、あの……私も……もっと、暖かい場所へ……」


「ぁああ!?

 そこに焚き火があんだろうが!!」


副団長は邪険にされた。


ここまで部下から嫌われているのは、

日頃の行いの悪さが招いた結果なのだろう。


こんな副長になってはいけない。

ミモザはそう心に留めた。




晩餐会には稀代の名医が控えているそうで、

国王を蝕んでいた“魔女との戦いで負った傷”を完治させた腕前だそうだ。


その時点で胡散臭い人物ではあるが、

今一番近くにいる医者は彼しかいない。


フィンたちは会場へ急いだ。



「──おい貴様ら、なんのつもりだ?

 我以外は全員、城門へ向かえと命じただろう」



見上げるとそこには黒い壁……ではなく、

鋭い眼光でこちらを見下ろす巨漢が立っていた。


「あ、いえ、団長!

 我々はこの少女を救助しようと……」


ジークは担架に乗せられた少女をギロリと睨みつけ、

軽くため息を吐いた後、豪快に笑い出した。


「ガッハッハッ!!

 やはり生きていたか!!

 あの高さから落ちて、まだ死なぬとはな!!

 降りてきて正解だったわ!!

 今度こそ確実にあの世へ送ってやろう!!」



アリサが殺される──


そう悟ったフィンは盾を構えたまま、

ジークめがけて突撃していった。


「うおおおお!!」


ジークは実につまらないものを見る目で、

闇雲に突っ込んでくる人間に対して呟いた。


「遅い」


しかし、フィンは油断しなかった。


背後からの攻撃を跳躍でかわし、

手放した盾が身代わりとなって吹き飛び、

ジーク自身への反撃として返ってきた。


「ぐおぉっ!?」


予想外の反撃に、ジークは動揺を隠せなかった。


ダメージは無い。

だが確かにこちらの攻撃を見切り、反撃までされたのだ。


たかが人間風情に。



動揺したのはジークだけでなく、その部下たちも同じだった。

彼らは団長の驚く姿なんて初めて見たのだ。



「走れえええええ!!」



黒騎士たちはハッと我に返った。


今は死にかけの少女を救うことが優先だ。


たとえ彼女が団長の敵だとしても、

自分たちは今、ミモザに懐柔された身なのだ。

『なんでもするから助けてください』と口にした以上、

その約束は守らねばならない。


あとで団長からキツいお仕置きを受けるだろうが、

冷たい水底に沈んでゆく恐怖に比べればまだマシだ。


「うおおおおおおおっ!!」

「行け行け行けえええ!!」

「全力疾走おおおおお!!」


ジークは更に動揺した。


部下たちがここまでやる気を出したことなんて、一度もなかったのだ。




結局ジークは団員を妨害することなく、

アリサは医者の元へと運ばれていった。


それよりも今、彼の興味はこの場に残った兵士の青年にあった。


「……貴様、名をなんと言う?」


「フィンだ

 特別一般兵という、よくわからない立場にある」


ジークはこめかみを指でトントンと叩き、その名前を思い出した。


「ああ、中止になった復活祭で見たことがあったぞ……

 たしか我が娘と抱き合っていた小僧だな」


「……誤解しないでいただきたい

 娘さんとはそういう関係では、断じてない」



黒騎士団団長ジーク。


彼は親衛騎士団団長パメラの父でもある。



「フン、貴様があの愚かな娘とどんな関係だろうが興味無いわ

 それよりも、我が妙技をあのような形で攻略してくるとはな……」


「娘さんから要注意だと聞き、練習したんでね

 リザードマン特有の“尻尾攻撃”への対処を……」


そう、尻尾攻撃……アリサの出鼻を挫き、

完膚無きまでの敗北へと導いた妙技。


人間以外の種族はほとんど尻尾を持っているが、

リザードマンはその中でも尻尾の扱いに長ける種族だと云われている。


“切られても再生する”だけではないのだ。



「ああ、今日はなんと良い日だろうか

 強き心身を持つ少女と、鍛錬熱心な若き兵士と出会えたのだ

 惜しむらくは、その2人が敵として相見(あいまみ)えたことか……

 騎士として、陛下に仇なす者はこの手で始末せねばならん

 ……安心しろ せめて苦しまぬよう、一撃で葬ってやる」


ジークは重刃斧を構えた。



フィンは癇癪玉(かんしゃくだま)を放った。



それはジークの眼前でパン!パン!と破裂し、

完全に油断していた彼は光と音にやられ、

一時的に視力と聴覚を奪われる結果となった。


「……こ、この馬鹿者があああ!!

 武人同士の立ち合いに火薬を持ち出す奴があるかあああ!!」


怒り心頭のジークだったが、フィンはあくまでも冷静な立ち回りに努めた。

これをチャンスだと思って踏み込めば、逆にやられてしまう。

リザードマンの武器は尻尾だけではない。


ジークは長い舌を出し入れし、周囲の匂いを口の中へと取り込んだ。


彼らは嗅覚に優れているのだ。



フィンは決して近づかず、液体の入った瓶を投げつけた。



「──フンッ!!」


ジークは目や耳に頼らずとも、瓶の軌道を正確に読んで叩き割った。

その中にあった液体が彼の全身にぶち撒かれ、鎧の中にも流れ込む。


「むっ、この匂いはまさか……!?」



「油だ」



フィンが癇癪玉を取り出す匂いを感じ取り、ジークは焦った。


それは、どんなに威力が低かろうと火薬なのだ。

全身油まみれの今、少しでも火に触れれば一気に燃え広がるのは確実。

跳ね返そうにも、癇癪玉に触れた時点で引火するだろう。

斧にも油がかかってしまった。鎧の着脱には時間がかかる。


助かる方法は一つ。城の堀に飛び込むしかない。



「むおおおおおおおおおおッッッ!!!」



ジークは駆け出した。

フィンはこの瞬間を狙っていたのだ。


「ハッ!」


足払いが決まる。


「うおっ、おっ、むおおおあああぁぁっ!?!?」


彼の巨体は壁を破壊しながら、ゴロゴロと階段を転がり落ちていった。

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