火花2
アリサは晩餐会の会場まで一気に駆け抜けた。
本来なら黒騎士団の連中が警備しているはずだが、
彼らは団長1人を残して全員が城門まで出動していた。
彼女を邪魔する者は誰もいない。
ただ1人、王の護衛として残った男を除いては。
会場まであと少しという所で彼は待ち構えていた。
黒騎士団団長、そして大陸最強の戦士ジーク。
縦にも横にもアリサの倍以上の体躯を持ち、
漆黒の全身鎧で顔は見えないものの口元は前方へと突き出し、
尻尾を防護しているので中身は獣人系の種族だと想像できる。
巨大な重刃斧を片手で握り、その眼光は鋭い。
言葉を交わさずとも両者はすぐに互いを敵だと認識した。
「どけよ、おっさん
怪我したくなきゃな……」
彼が退かないことなど百も承知だが、
一応は礼儀として警告はしてやった。
アリサは両刃斧を構える。
「それはこちらの台詞だ、小娘よ……
馬鹿な考えは捨て去るんだな
今なら見逃してやらんこともない」
ジークは構えない。
いつでもかかってこいという意思表示だ。
──アリサは地面を蹴り、飛び出した。
ジークは尚も構えず、敵の接近を許した。
「遅い」
次の瞬間、アリサの体は前へ向かっていたはずなのに後ろに倒れ、
顔面を丸太のように太い何かで攻撃され、壁まで吹き飛ばされた。
「がっはああぁっ!!」
幸い、頭は打たなかったが全身に強い衝撃が走り、
もう既に意識が飛びそうな状態だ。
この男、本当に強い。
「ほう……今の手応えからするに、腕力では貴様の方が上のようだ
しかし、技が足りん……それでは我を倒せんぞ」
アリサはふらふらと立ち上がり、歯を食い縛った。
何を食らったのかわからないが、最初の攻撃は背後からだった。
次は後ろにも注意して攻撃を仕掛けよう。
アリサは再び挑んだ。
さっきよりも速く、鋭く。
「ぅおらあああぁぁっ!!」
後ろ。後ろ。後ろ。
アリサは意識を後方に向けすぎたせいで、
前方への警戒がおろそかになってしまった。
「……フンッ!」
巨大な手がアリサの顔面を包み込み、
そのまま容赦無く地面に叩きつけられた。
大理石の床を壊してしまったが、
賊を排除するためだ。仕方がない。
ジークは追撃でアリサの胴体を踏みつけた。
「ぐほぁ……っ!!」
踏む度に激しい音を立てながら床が割れ、
骨を破壊する感覚を足裏に感じる。
蹂躙。
圧倒的な蹂躙。
最強の戦士の名は伊達じゃない。
アリサは為す術もなく踏みしだかれた。
「……しかし、まだ立ち上がる……か
まったく見上げたものだな
うちの団員たちにも見習わせてやりたいところだ」
アリサは斧を杖代わりに体を支え、息を荒くしている。
頭や背中、口から血を垂れ流し、目の焦点が定まらない。
もう戦える状態ではない。
通常ならば。
「……ぅおりゃあああああぁぁぁっ!!!」
すっかりと勢いの衰えた少女の攻撃。
勝ち目の無い戦いだというのに諦めない姿勢。
それを可能にする、驚異の身体能力。
目的達成のためには命をも捨て去る覚悟。
ジークは感動し、涙を流した。
「──だが、暴力では武力に勝てんのだ」
せめて最期は苦しまないようにと、
彼は最大限の敬意を表して重刃斧を振るった。
これをまともに食らえば死ぬ──
アリサは本能に従い、攻撃の手を止め、
残りの力を全て防御に回した。
ジークの重刃斧とアリサの両刃斧が激突し、火花が散る。
力と力の対決。
万全の体調ならば、アリサは踏ん張れただろう。
しかし、そうはならなかった。
頭を打ち、半分意識が飛んでいた。
完治した肋骨が、また折れた。
魔法とかいう、わけのわからない力に倒されたのならまだ諦めがつく。
だが、今回は純粋な戦士同士の打ち合いで負けたのだ。
彼女はダメージを受けすぎた。
肉体にも、精神にも。
無情にもアリサは吹き飛ばされ、
背中で城壁を破壊し、冷たい水の中へと落ちていった。
──橋の上ではフィンが善戦していた。
「ハッ!」
足払いが決まる。
「おっ、おっ、落ちる落ちる落ちる落ちたーーー!!」
城門を閉じた後、黒騎士から奪った盾を巧みに扱い、
堅実な攻防で13人を橋の下へと落とした。
圧倒的な体格差を持つ相手は幅の狭い足場まで誘導し、
油まみれの足を集中攻撃して11人を滑落させた。
「おい、あいつ本当に人間かよ……」
「たった1人で俺らをやっつけちまうなんてな……」
水中から回収された黒騎士たちは、
焚き火の前で体を震わせながら観戦した。
初めは彼を馬鹿にしていた者たちも
ここまで一方的な結果になると、認めざるを得ない。
「あいつ……強いな」
黒騎士たちは、黙って頷いた。
気がつけば最後の1人。
ずっと命令だけして、その場を動かなかった副団長。
「たった1人の兵士なんぞにやられおって……
まったく、なんと不甲斐ない連中だ」
フィンは広刃斧を構える。
「待て、人間よ
私は負けを認める……降参だ」
「えっ」
思わず声を漏らす。
部下たちは戦って負けたというのに、
自分の番が来たらあっさりと白旗を振る。
なんと不甲斐ない男だろう。
「……副団長!! そりゃないですよ!!」
「アンタいつも命令ばかりで偉そうなんだよ!!」
「俺らと同じ苦しみを味わってくださいよー!!」
「落ーちーろっ!! 落ーちーろっ!!」
団員たちからも嫌われているようだ。
フィンはジリジリとプレッシャーをかけ、
崖っぷちまで追い込まれた副団長は提案してきた。
「……なあ、こうしよう
自分で飛び込むから、突き落とすのはやめてくれ
私は高い所も、冷たいのも、泳ぐのも苦手なんだ
とにかく心の準備がいる それをわかってほしい」
しかしフィンの歩みは止まらない。
心の準備など、させてなるものか。
敗北した黒騎士たちは、副団長が落ちる瞬間を今か今かと期待している。
その時、反対側の城壁が勢いよく壊れる音と
その後に何かが堀へ落ちた音が聞こえてきた。
──アリサだ。血を流している。意識が無い。
魚人のミモザは特殊な感覚器官を備えており、
いち早くアリサの緊急事態を感知することができた。
ミモザは力強く尾ビレを動かし、現場へと急行した。
「む、向こうで何かあったようだ……
ここは一時休戦して、様子を見に行かせてもらえないだろうか?
私は黒騎士団副団長という立場ゆえ、国民の安全を守る義務──」
「早く落ちろ」
フィンは命乞いする副団長を一蹴し、
「ひぃやあああぁぁぁあぁあぁ……っ!!!」
彼は救助者のいない水中へと落ちていった。
「Yeah !!」「ざまぁみろ!」
「よくやった!」「ありがとな!」
下では男たちの歓声が上がった。