火花1
「おい、お前……
今なんつった……?
門を見張るしか能が無いだと?
……人間風情が舐めるなよ…………この、下級兵士があぁっ!!」
黒騎士の1人は頭に血が上り、フィンに襲い掛かった。
当のフィンは自らの過ちに気づき、
だが冷静であった。
斧を振り上げた黒騎士に急接近し、
振り上げた腕を押さえ、足払いを掛け、
黒騎士は橋の下へと投げ飛ばされた。
落ちる先は城の堀。
真冬の水の中だった。
「ひぃっ……ひぃああああぁぁぁっ!!
冷たいっ!! 寒い……!! ほぁああぁぁ!!」
バシャバシャと暴れる黒騎士に何者かがまとわりつき、
彼の行動を封じ込んだ上で、耳元で囁いた。
「ねぇ、このまま溺れて死ぬのは怖い……?
それとも助かりたい? ……だったら、アタシの言うコト聞いてくれる?」
魚人であるミモザは水中に於いて無敵とも言える身体能力の持ち主だった。
如何に屈強な男であろうとも、彼女の拘束を逃れることはでない。
酒には溺れるが水には溺れない。
やる時はたまにやる女。
それがミモザだ。
「た、助けてください!!
なんでもしますから!!」
黒騎士を1人、懐柔させた。
橋の上に残されたもう1人の黒騎士は迷った。
この場に留まり戦うか、応援を呼びに行くか。
彼の過ちは考えたことだった。
本能に従い、すぐさまその場を離れるべきだったのだ。
そうすれば荷車から飛び出したアリサに蹴り飛ばされることはなかった。
「ひぃやあああぁぁぁ!!
水が冷たいぃぃぃ!!
死ぬっ……死んじゃうよおぉぉ!!」
溺れる彼にミモザがまとわりつき、
2人目の黒騎士を懐柔した。
計画とは違ったが、とにかく無事に第一関門を突破できた。
「皆さん、すみません……
キリエさんが馬鹿にされて、ついカッとなってしまって……」
フィンは感情任せに勝手な行動に走ったことを反省した。
それは仲間たちも納得している。仕方のないことだった。
そして、キリエの顔が赤らむ瞬間をミモザは見逃さなかった。
これは面白い展開になりそうだ、と直感が囁く。
「……んで、どうするよ?
仲間の悲鳴を聞きつけた連中がすぐにでも駆けつけるだろうよ
たしか復活した黒騎士は全部で30人だっけか……残り28人だな」
「ヘッ、ビビってんのかアリサ?
あんな奴ら、お前とブレイズのパワータッグでコテンパンよぉ!」
「俺、怪我してるんだけど……」
こちらの人数は7人。
キリエとタチアナは非戦闘員。
ミモザは水中担当で、更に雨天下の今は陸上でも絶好調らしいが
そもそもの戦闘技術を身につけていないので戦列には加えられない。
ニックは頭脳担当で身体能力が低く、ブレイズは足が折れている。
結局のところ実際の戦力はアリサとフィンだけだ。
「俺たちもいるぜ!」
寝返った黒騎士が2人。
だがブルブルと震えており、役に立ちそうにない。
「こうなったらもう仕方がない
敵の増援が到着したら、
君はまっすぐに王の元まで突っ走ってくれ
ザコの相手は俺が引き受ける」
「おいおい……おめえ1人で30人近くとやり合う気か?
例の薬のせいで気分が盛り上がってんだろうけど、
一旦落ち着いた方がいいんじゃねえのか?」
アリサが心配するのも無理もない。
彼女は去年、フィンの戦いぶりを見たことがある。
呪いの霧が撒かれた後、石の迷宮での戦いを。
彼はパメラと2人がかりでも石の魔物1匹すら倒せなかったのだ。
正直、弱いと思っている。
「いや、その時の印象で語られてもな……
君の強さや石の魔物の硬さが異常なだけだし、
こう見えて兵団の対人戦闘訓練では
そこそこ良い成績を残していたんだ」
「ホントかぁ〜?
オレがクソ騎士どもをぶっ飛ばして、
おめえがクソ王をぶちのめす方がよかねえか?」
「それこそ無理だろうな
王の側には必ず最強の護衛が付いているはずだ
黒騎士団団長ジーク……大陸最強の戦士と呼ばれる男だ」
そうこうしているうちに重金属製の足音が聞こえてきた。
もうあれこれと考えている暇は無い。
「おい、何があった!
さっきの悲鳴は……むむっ!?
あのゴブリンは陛下が慰霊の杜で監禁していた奴ではないか!
一体なぜこんな所にいるんだ!?」
「ああ、無関係なハーフエルフの少女に魔女の濡れ衣を着せるため、
人質として捕らえた2人の内の1人か!
国民に真実を知られてはまずい! 引っ捕らえるぞ!」
間抜けどもが自分たちの悪行をベラベラと白状してくれた。
後日、証言台でも同じ内容を供述してもらおう。
口が聞ければ、の話だが……。
「それじゃあアリサ!
ここは俺たちに任せて先に行ってくれ!」
「おう、くたばんじゃねえぞ!」
アリサは駆け出した。
黒騎士2人が互いの武器を交差させて立ちはだかったが、
そんな物でアリサの突進を止められるはずもなく、
「あひゃ〜〜〜!!」「落っこちるーーー!!」
2人のザコは吹き飛ばされ、真冬の水の中へと沈んでいった。
「くっ……誰かあの小娘を止めろーーー!!」
副団長らしき黒騎士が命令するが、
城門の内側に隠れていたメンバーがそれを妨害した。
「いっせーのー……せっ!!」
「ハアアアァァァッ!!」
ブレイズとキリエが渾身の力で門扉を押し込み、
タチアナは黒騎士たちの上空を羽ばたき、
ニックから預かった油を振り撒いた。
ゴゴゴと重い音を立てながら閉まる城門。
黒騎士たちが慌てて押し返そうとするも、時すでに遅し。
「くそっ!
油のせいで踏ん張れない……!」
「おい、挟まれるぞ!
諦めろ! 戻れ戻れ!」
黒騎士たちは締め出され、城門は閉ざされた。
「ひい、ふう、みい……
おいおいマジかよ、25人いやがるぜ
持ち場の概念とかねえのか、あいつら……」
「他にすることが無くて暇なんだろうなぁ
……それじゃあニックさん、後は俺がやります」
「おう、本当に大丈夫なんだろうな?
カッコつけて死ぬんじゃねえぞ」
「ええ、引き際は弁えています」
フィンは広刃斧を手に取った。